次々に流し込まれていくそれは澄んだ透明、又は琥珀色、更には赤だの白だの……とグラス一杯に注がれた酒が無くなっていくのをなまえは黙って見ていた。今夜の場所はニューセレナ、桐生が昔から通っている店で、今ではすっかり飲み以外でも馴染み深い場所となっている。そんなニューセレナの個室に通され、三人で飲んでいた。自身をソファーの中心として、左隣には桐生が、反対に右隣には真島が、次々に酒瓶を空にしている。初めはこのような場ではなかった。桐生も真島も大人しく飲んでいたのに、気付けば二人して酒を煽る姿になまえはすっかり青ざめていた。

「ふ、二人とも、あんまり無茶な飲み方しないでくださいよ、」
「なまえの心配には及ばねえ、俺は無茶してるつもりはない」
「かァ〜!桐生ちゃんはホンマになまえちゃんの前やとカッコつけやなァ〜!」
「兄さんこそ、普段ワインなんか飲み慣れてないのに、そんなに煽って大丈夫なのか?」
「馬鹿も休み休み言えや、この俺がワイン如きで酔う思うたら大間違いやで」

 まあまあ、と仲裁に入るのはみょうじなまえで、桐生と真島の共通の知人だった。今回はひょんなことから飲みの場に誘ってもらい、ニューセレナで珍しく酒を嗜んでいた。桐生の行きつけであるこの店には数回ほど連れて来てもらったことがあるが、個室に通されたのは初めてで少し緊張していた。すると、どこからともなく真島が来店し、そのまま一緒に雪崩込む形で飲むこととなった。桐生は難色を示したものの、まさか抜け駆けやないやろなァ?と真島に詰められたところで了承せざるを得なかったのが今回の背景だ。

「せや、なまえちゃんはどうや?気分悪うないか?」
「え?……ええ、私はゆっくり飲んでるので、」
「どこぞの誰かさんみたいに無茶な飲み方しとったら、体が持たんからなァ」

 そのまま自分のペースで飲んだらええ。と革手袋が頭上に伸びてきたかと思えば、それが頭に触れるよりも先に肩を抱かれていた。ぐい、と左隣の桐生の方へと引き寄せられ、不意に桐生を見れば、どこかほんのりと赤い顔で、しかし、穏やかそうな瞳が自分を見下ろしていた。右隣から伸びていた革手袋は着地先を見失い、歯痒さに手のひらを強く握り締めている。革と革の擦れる音が僅かに聞こえてくるのは、真島が桐生にしてやられたと感じているからだ。

「なまえ、あまり気安く触らせない方がいい。特に真島の兄さんは何をするか読めないからな」
「ほぉん、ほんなら桐生ちゃんのは何やねん」
「俺か?俺のは、うっかりだ」

 悪かったな、となまえの肩に置いていた手を下ろし、自身に引き寄せたなまえを解放する。真島は先程の桐生の言い分に納得がいっていないようで、今度は真島がなまえの肩を抱き寄せた。桐生の額に、より深い皺が刻まれていく。なまえも今度は真島を見上げると、桐生と同様にうっすらと赤らんでいる顔で、優しげに隻眼が自身を見下ろしている。

「なんで俺やとあかんのや?桐生ちゃんもああ見えて、結構嫉妬深い男やからなァ」
「いつもなまえは兄さんに振り回されているからな」
「それはお前も同じやろが」
「案外、嫉妬深いのは俺じゃなくて、兄さんの方なんじゃないか?」

 今の見たか、なまえちゃん。……おお、怖っ!と真島は抱き寄せたなまえに密着するように抱き着く。互いに互いを煽っては終わりどころが見えないでいる。なまえは先程から二人に情緒だとか、内心を掻き乱されてばかりで気が気でないのだ。なまえからして見れば、桐生も真島もただの知人と言うよりかは、もう少し特別な、他者とは一線を画すような相手だった。

「なまえ、嫌なら兄さんから離れた方がいい」

 桐生一馬とは、なまえが上京してきてすぐに打ち解けた相手だった。慣れぬ神室町の歩き方を親切に教えてくれ、何かと気にかけてくれる有り難い存在だ。困っていることがあれば、相談に乗ってくれるだけでなく、場合によっては解決まで導いてくれるほどに頼れる男だった。

「なまえ、桐生ちゃんの言うことなんぞ聞かんでええ」

 真島吾朗とは、桐生との交流を経て知り合った。桐生曰く、何かと喧嘩がしたくてちょっかいをかけてくる相手で、なまえも何度かその場面に出会したことがある。もしかしたら、この関係もその延長線なのかと問い掛けたことがあったが、真島によってそれは完全に否定されてしまった。

「あの、二人とも酔ってますよね……?もうお冷もらいませんか、」

 なまえの言葉に二人は同時に噛み付く。酔っていないときっぱりと言いのけた二人は、再び空のグラスに手当り次第に酒瓶を傾けては、酔いの回った据えた目で互いを牽制しながら、一杯、一杯を着実に飲み下していく。なまえはと言えば、いつでもママを呼べる準備だけはしておこうと、自身のグラスをテーブルに置き去りにして、二人の様子を真隣で見守っていた。
 桐生は自分のペースを崩さず、しっかり一杯ずつ飲み干していく。グラスを傾けた時の斜め上に向く横顔の、男性らしい骨格がやけに色っぽく見えてあまり直視出来ない。真島は不規則なペースで酒を煽るように飲み干していく。勢いよく流し込んだ口元の酒を手荒に腕で拭う姿は真島の豪快さを表現しており、その飲みっぷりには度々目を奪われてしまう。

「本当にもうそろそろ、飲むのやめませんか……?」

 初めはやいのやいの言っていた二人が次第に無口がちになり、なまえはいよいよ生命の危険を感じて二人を止めに入る。桐生も真島もすっかり鼻の頭を赤くして大人しく酒を煽っているが、もう限界だろう。手にしたグラスを下ろすように手を伸ばせば、真っ先に強く引き寄せられた。臀部に置かれた手は右隣へ作用しており、なまえは無口な真島の姿に心配が勝っていた。

「真島さん、大丈夫ですか」
「のぉ、なまえ。なまえは結局、どっちがええんや」
「ど、どっちって、何がですか?」
「なまえ、いつまでもどっちつかずってのは良くねえ」
「き、桐生さんまで、」

 焦れったそうにしている二人の声が一人の女を板挟みにして逃がさない。両者共に自分達が飲み干した酒のように、一人の女を独り占めしてしまいたいのだ。しかし、女にそんな素振りがないから困ったものだ。桐生も真島もなまえに対して、知人や友人などの他人めいた関係ではなく、もう少し踏み込んだ仲になりたいと秘めている。だが、酔いが回って威厳のなくなった獅子は猫同然だ。なまえは酔っ払った二人をどのようにして上手く躱すか、考えていたのだから。

「桐生さんはいつも私が困ってると助けてくれますし、すごく頼りになります」
「お前を見てると、何でか助けてやりたくなっちまう。もう子どもじゃねえってのにな、」
「でも、私だってたまには桐生さんの役に立ちたいって思ってるんですよ」
「なまえ、」

 だから、もう飲むのやめましょう?ね?と桐生の酔いに細まった瞳を見つめて話せば、桐生はしっかりとなまえの話に耳を傾け、頷いて見せた。赤くなった頬で頷く桐生が大人しいということもあり、不思議と可愛く見えたのは内緒である。

「真島さんも」
「俺には桐生ちゃんみたいなんはないんか?」
「真島さんはいつも私の味方をしてくれます。どんなにおかしな言い分でも、なまえちゃんは正しいんや!って」
「あったりまえや、なまえちゃんが阿呆な悪さするはずないやろが」
「そうやって信じてくれるから、私も真島さんのこと大切にしたいんです」
「……なまえちゃん、」

 真島も桐生に続いて、小さく頷く。同様に大人しくしている真島もまた不思議と可愛く見える。これでようやく今夜が終わるのだ。長かった、しかし、この二人と一緒に過ごせたことはとても楽しかった。自身を挟んで桐生と真島が対立しても、時には意気投合して話が弾むこともあった。寂しい気持ちもあるが、今日はこれでお開きとなる ──── 。

「なまえ、それで結局どっちを選ぶんだ」
「せや、なまえちゃんの気持ちは痛いほど、よう分かった。せやけど、肝心の答えをまだ聞いてへんで」

 はずだった。猫同然だと思っていた獅子は、やはり獅子としてなまえの隣に鎮座しており、真ん中の猫の行方を知りたがっているのだ。

「二人きりになれないか、なまえ。兄さんがいるんじゃあ、大事な話も出来やしねえ」
「アカン。桐生ちゃんと二人きりになってもうたら後が大変やで、なまえちゃん」
「兄さんは一体何を考えているんだ?二人きりになるのに、やましいことなんてないだろう」
「それがただのおしゃべりならな。言うても、ここは神室町や。欲しいもんなら何でも揃うとる」
「……兄さんの方がやましいことを考えているんじゃないのか?」
「あぁ?俺は桐生ちゃんみたいにまどろっこしいことは言わへん。つべこべ言わずにホテル直行や」
「それで兄さんはなまえをどうするつもりなんだ?」
「楽しくおしゃべりするに決まっとるやないか」

 両者、互いに一歩も引かず、どちらかがなまえを手にするまでこの攻防は繰り広げられることだろう。しかし、なまえはこの攻防に巻き込まれて限界を迎えていた。ヒートアップしていく二人を止められる気がしない。もう少しで無事に今夜が終わるはずだったのに、まさか再び巻き返してくるとは思いもしなかった。どうやってこの場を切り抜けるか、懸命に頭を働かせていると突然何者かがこの部屋に飛び込んできた。

「おい、桐生に真島!お前ら、どんだけ飲んだら気が済むんだ!」
「……だっ、伊達さん!」
「みょうじもいたのか。そんなとこに座ってっと、厄介な目に遭うぞ」

 いいから、こっち来い。と手招きしてくれたのは、ニューセレナのママと生活を共にしている伊達だった。伊達は桐生と古くからの因縁がある元刑事で、その時々によって様々な職に就いていた。今はママの手伝いで店を任されることも度々あるのだと言う。

「全くみょうじの迷惑もちったぁ考えろ、」

 伊達真の登場により、なまえは無事にこの部屋を後にするが、残された二匹の獅子達は互いに顔を見合わせては、がっくりと大きく肩を落とすのだった。

「ホンマに一筋縄じゃあいかんなァ、なまえちゃんは」
「ああ。だが、そこが良い」
「魔性の女っちゅうやつか?」
「かもな」
「ほんなら、この先も厄介なことになるんやろなァ」
「どういうことだ?」
「この神室町には色んな奴が仰山おる」

 真島の一言に桐生の脳裏には数人の顔が浮かぶ。東城会を引っ張っていく若き六代目、真島吾朗の兄弟分、神室町の駆け込み寺と異名を持つ金貸しの社長、亜細亜街を縄張りとする警官……と挙げたらキリがない。つまり、この街の至る所にフラグのようなものが立てられており、いつでも自分達の脅威になり得る相手が何人もいるのだ。

「こらぁ、えらい苦労するで」
「仕方ねえ、そうなったらその時はその時だ」

 個室に取り残された二人は溜め息混じりに、最後の酒をグラスに注ぐと、控えめに乾杯と交わし、中身の全てを飲み干すのだった。



| you're my sweet bubbly |


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