付かず離れずの花輪喜平と同期



「こんなこともあるのね、」
「人の顔を見て笑わないでください」
「だって、怪我して私の所に来るなんて今までなかったから」
「私だって、この怪我には納得がいってません」
「……でも、良かった。今日も無事でいてくれて」

 花輪喜平は今回の任務で負傷を受けた。打撲、擦過傷など、一つ一つの怪我の度合いは酷くはないものの、エージェントとは違って体を張る局面に慣れていないことから、彼女のいる医務室へとやって来た。
 そして今、負傷した花輪を前にして自身の献身を割いたところで、花輪は反応に困っていた。しかし、目の前の医務員の女が花輪の無事を喜んでいることもあり、いつもならば小言のひとつでも相槌代わりに返しているところだが、今回ばかりは相手が悪い。

「全くみょうじさんのお人好しには呆れますよ」
「あら、本当のことよ。だって、あなたは私の数少ない同期なんだから」
「腐れ縁の間違いでは?」
「そんなことないわ、大切な私の同期よ」
「それはどうも」

 医務室で花輪の小難しい言葉をものともせず、自身のペースで話を進める彼女は、言葉通り花輪喜平の同期の女だった。組織に加入したての頃には花輪以外にも同期は数名ほど居たのだが、現在では花輪となまえの二人にまで減ってしまい、普段からそれなりに親しい関係を築いていた。傍から見れば、一方的になまえが親しく接し、花輪はそんななまえを憎めないと言った様子である。

「時々、みょうじさんの言葉選びには肝を冷やされます」
「どうして?」
「あなたは何でもかんでも明け透け過ぎる。もう少し慎重な会話を心掛けた方が良いかと」
「花輪さんは私のそう言うところが嫌なの?」
「い、嫌と言う訳ではありませんが、特別親しげにすることで他者に誤解を与えかねない」

 それに浮ついた話の相手が私では、みょうじさんも迷惑でしょうから。と至って真面目な顔で零す花輪に、なまえはぬるま湯で濡らしたガーゼを傷口の周りにやんわりと押し当てる。患部付近の血を拭えば、僅かに痛そうな顔をする花輪がこの時ばかりは人間臭い表情をするものだから、なまえも笑みを隠せない。

「素直ってそんなにいけないことかしら」
「時と場合によります」
「でも、私は花輪さんを見ていて、素直になろうって思ったのよ」
「やけに含みがある言い方ですね」

 自身の言葉を皮肉で返す花輪にもなまえは動じなかった。同期として長年の付き合いがあるなまえにとって、花輪の小言や皮肉めいたことには慣れていたのだ。いつから人は自身の素直さを切り捨ててしまうのだろうか。歳を重ねるにつれて皆、口少なになっては本心を上手く隠してしまう。そういう意味では花輪も、なまえも例に漏れないのだろうが、なまえはそうありたくはなかった。

「いつ、居なくなっても構わない人間だから、素直でいたいの」

 花輪はなまえの言葉の重みを知ると、それ以上の小言を言うことが出来なくなってしまった。大道寺という組織に属した人間が満足に寿命を全う出来るとは考えていない。二人だけの同期である自分達が皮肉にもそれを証明していた。しかし、駆け引きを必要としない対話術の危うさをなまえも知らない筈ではないと、花輪は顔を曇らせる。

「……滲みて痛い?」
「みょうじさんの考えを否定するつもりはありません。ですが、」
「本当は優しいのよね、不器用なだけで」
「ど、どうしてそうなるんです……!?」
「私とあなたの付き合いじゃない、」

 なまえが見せた、昔と変わらない屈託のない笑みが苦手だった。いや、苦手というより、この目に眩しく映る笑顔がどこまでも澄んでいて、青くて、綺麗で直視出来なかったのだ。それは数年経った今でも変わらず、花輪の視線を他所へと逃すきっかけとなった。女性的な細い首元、垂れ下がる細めのチェーンが控えめに光り、先端のペンダントトップに贈り主を知る。そのペンダントの贈り主は、花輪喜平自身だった。

「……まだそれを着けているんですね、」
「え?……ああ、これ」
「とっくに駄目になってもおかしくないと思っていたのですが、」
「大切に着けてるの。だって、あなたが私の誕生日にくれた、初めてのプレゼントですもの」
「言っておきますが、二度目はありませんよ」
「そう言う花輪さんだって、私があげたシャツ着てくれてるのに?」

 今日、着てるのがそうでしょ。となまえはうっすらと湿った手を拭い、花輪の襟元に触れる。そうだ、今、花輪が身を包んでいるのは、なまえから贈られたシャツだ。当時の彼女はペンダントのお返しだと言っていたが、実は一度受け取りを断っている。しかし、その際に見たなまえの悲しげな表情に、花輪は前言撤回、改めて受け取ることを選んだ。あまり乗り気ではなかった贈り物も、時が経ち、何気なく身に付けてしまえば、大切な日常の一部となるのだと気付かされたのはこの時だ。

「本当のことを言えば、既に不躾な話はいくつかこの耳に届いているんです」
「私と花輪さんのこと?」
「ええ。そんな与太話に気を取られていないで、自身の任務に集中していただきたいものです」

 やれ、みょうじなまえに男の影はあるのかだの、花輪喜平とはただの同期だから男女の関係ではないだの、みょうじなまえにその気があっても花輪喜平には気がない、だのと。好き勝手に憶測で物を言う周囲に嫌気が差す。それは恐らく、よりエージェント達と接する機会の多い医務員のなまえの方が面倒に感じているだろうに。すると、なまえは何かを思い出したかのように口を開く。

「そう言えば、この前も聞かれたの」
「全く、くだらない話です」
「しかも、あの吉村さんに」
「……吉村さんにですか?」
「花輪とお前、デキてんだろ?ですって。本当にいやらしい言い方するんだから、あの人」

 滅多にない苦々しい表情をするなまえに、花輪は自身らを取り巻く不躾な噂の拡大が想像以上に早いものだと知らされた。たかが同期二人を捕まえて、何を噂することがあるのか。花輪は次、自身にその話を持ち掛けてきた相手を叱責することを誓う。ふつふつとやり場のない怒りが湧き上がる中、突然医務室を訪れた人物がいた。

「あの、みょうじさん居ますか……?」

 どこか浮ついて聞こえるその声の主は、恐る恐る医務室の扉の隙間から中へ入ると、予想もしていなかっただろう先客の後ろ姿に固まっていた。

「おや、あなたはエージェントの……。どうされたんです?一見、ここに用があるようには見えませんが、」
「あ、いや、その、……みょうじさんに少しお話が、」
「私的な用事なら控えるべきでは?あなたが入ってきたのは医務室のはずです」

 花輪の鋭い言葉選びと尋問さながらの問い掛けに、下心で顔を見せたエージェントはすぐに医務室を出て行った。花輪の猛攻を傍で見ていたなまえは再び二人きりになった医務室で、笑いを隠し切れない。口元を手で押さえていると言うのに、なまえの肩は小刻みに震え、時折笑い声が漏れている。

「そこまで笑うことでもないでしょう」
「だって、あからさまに嫌そうな顔して追い返してくれるんだもの」
「みょうじさんの苦労を思うと、自然と追い返していました」
「ね、言ったでしょう。本当は優しいんだって」
「まあ、これでもたった一人の同期ですからね」

 それにこれ以上、みょうじさんの手を煩わせるのも申し訳ないので、なるべく私の方から釘を刺しておきます。
 花輪の申し出が嬉しかったのかなまえは一度頷くと、薬品棚から小さめの綿を少しと消毒液を取り出し、ピンセットで傷口の消毒を行うのだった。途中、何度も痛みに耐える花輪の姿を目の当たりにしては、人知れず喜びを噛み締めながら微笑みを隠す。

 火のないところに煙は立たない。果たして、この二人のどちらにも互いへの好意はないのだろうか。ただの同期と割り切れる関係ならば、花輪喜平はみょうじなまえの誕生日に二度目のプレゼントを贈りはしなかっただろう。みょうじなまえも、花輪喜平が無事に戻る度に食事に誘うこともなかっただろう。
 だが、同時にそんな二人の関係を焦れったく感じつつも、傍目から見ている人物がいた。花輪と同じ管理者である吉村だ。吉村の働き掛けにより、花輪やなまえに対して不躾な話を持ちかける者はいなくなったが、今度はまた別の問題が浮上する。それは、依然として双方向にならない二人の関係の行方だ。やはり、二人はただの同期で収まる関係なのだろうか。吉村の人知れぬ苦労も依然として平行線を ────。



| 依然として平行線を |


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