時間に追われる、その行為に終止符を打ったのは桐生だった。こんなもん、外しちまえよ。そう最初に口にしたのは、桐生の方からだった。なまえの腕から細身の腕時計を回収すると、自分のスーツに収め、真っ先に部屋の明かりを落とした。それからはあっという間だった、横になれるのならどこでも良いと言うように、その場で組み敷かれ、服を一枚一枚取り払われた。
「俺より時間の方がいいか?」
「桐生さん、何か拗らせてませんか、」
「俺が何を拗らせているんだ…?」
「それは…、」
言葉を遮る様に桐生の手が、スカートの隙間からなまえの太腿へと回された。体温の高い指先が太腿を内側へ這っていく感触に、体が微かに震え、その熱に伝染したのか、なまえの体もほんのりと熱を発し始める。
「そんな野暮なもん、今ぐらいは外しといても問題ねぇだろ、」
「…その、そういうことですか、」
「じゃあ、なまえは今からする行為に、どれくらいの時間がかかるのか知りたいのか?」
「…それは知りたくないです、」
「俺もだ、」
だから、こんなもん必要ねぇよ。と時計を収めたジャケットを脱ぎ捨てた桐生は、再びなまえの服を更に脱がし始めた。抵抗の色を見せるなまえの指先を掻い潜り、遂にその素肌が見え隠れする体に触れる、大まかな服は床に散らばっていた。
なまえの不服そうな顔が見えた桐生は小さく笑い、じゃあ、俺も脱がせてくれよ。となまえに言葉を落とす。落ちてきたそれを受け止めたなまえは一度頷き、桐生のものより細い指先で桐生のシャツのボタンに手を掛ける。一つずつ留められていたボタンが穴から外れ、左右に広がったシャツの隙間から覗く、引き締まった腹部が見えると、なまえはその手を止めてしまった。
「…もういいのか、脱がされるばっかりじゃ嫌なんだろう、」
「そうなんです、けど…、」
「なんだ、まだ慣れないのか、」
「早く慣れた方が、いいですか…?」
「そうでもねぇさ、」
俺はこっちの方がいい、と躊躇いがちな細い手を取り、その手のひらの柔らかな膨らみに唇を寄せる。口付けを施された手のひらに温かな吐息を感じ、更には口髭の硬い感触もそこにあった。
続きを頼む、と指先に呪いをかけられ、なまえは不思議と躊躇いが消えたそれで再び、桐生のボタンを外し始めた。スラックスに収められたシャツを引っ張り出し、今度は桐生の太い腰周りにある革ベルトに手を伸ばす。カチャカチャと金具が擦れる音を聞きながら、きちんと留められていたベルトさえも上手く外してみせた。
ここまでで良い、と桐生はなまえに跨ったまま、前がだらしなくなったシャツを脱ぎ、スラックスの留め具を外す。その一連の流れで、露わになっていく桐生の上半身を静かに見ていた。鍛えられ、引き締まった体を陰影が浮き彫りにさせる、穏やかに膨らんでは引っ込んでいく腹部になまえは熱を吐く。
「どうした、待ちきれないのか、」
そうではないと口は言う、しかし、目は言葉を否定する。桐生は暫くなまえの目から何かを読み取った後、鼻から息を逃がした。じゃあ、待ち切れないのは俺だけか、と嘲笑を挟み、なまえの世界を狭めるように、桐生はなまえに覆い被さった。
「俺は待ち切れなかったんだがな。…時計を何気なく見ていたなまえの、何かを考えてる横顔を見て、少しちょっかいをかけたくなったんだ。」
「だから、時計を…?」
「みっともねぇ話だが、なまえは俺と時間、どっちが大切なんだ。」
「それは、もちろん…、」
桐生さん、と答えたかったなまえの唇が動きを止めた。なまえの目の前で、桐生が穏やかに微笑んでいた。どっちなんだ、と再度問い掛けられる、なまえはやり直しと言うように、桐生さん、と口を開く。
穏やかな表情の口元が微かに緩む、桐生はわかっているくせにその口元のにやけを止められずにいた。嬉しそうな顔をしている桐生が嬉しくて、その緩んだ頬にキスをしてみれば、なまえの胸にもくすぐったくて嬉しいと弾む感情がやって来る。
「…嬉しいことしてくれるんだな、」
「私も、嬉しくて、」
交互に交わすことを約束しているかのように、今度は桐生の口付けが落ちてくる。長く留まらず、ほんの少し触れるだけ、唇の熱さを訴えるだけの無口なキスだった。次第に欲深さが顔を覗かせ、桐生の唇の熱が肌に長居するようになり、なまえの唇に一度触れてからは熱を口移ししていた。
受け渡される熱とお互いの意図せずにはみ出た声が、二人の欲情を掻き立てる。まだ体は触れ合っていない、しかし、こうして中で何かを繋げる感触が、融通の利かない理性を溶かしていく。途切れない口付けの間にただ思うのは、もっと長く、もっと深く、こうしていたいと言う時間を止められない弱さだった。
口付けの混ざり合う水音が、肌を這う水音と肌に触れるリップ音に変わる頃には、なまえも桐生も既に行為を始めていた。抵抗する姿はない、桐生の口唇が肌を、乳房を愛撫していく度にじわりと溶けだす快楽に身悶えている。
初めは優しく、少しして焦燥が見え、結果的には荒々しく這いずり回る唇や手のひらに期待が膨らんでいく。今にも破裂してしまいそうな浅はかな欲情を、早く桐生の手で握り潰してほしい。優しさが剥がれかかっているその愛撫になまえは告げる、私も桐生さんに触れていいですか、と。もう十分に解れた体が、今度は手付かずの体に触れたいと主張する。
桐生は口唇の愛撫を止めると何も口にせず、なまえの両手を奪い、酷く素直な熱を宿す自身に触れさせた。覆い被さっていた桐生は身を丸くし、なまえの首筋に顔を埋めては、任せていいか、とだけ言い残し、自身に触れているなまえの手を上から包み込む。手のひらから脈打つ感触が鮮明に伝わり、その桐生自身の帯びた熱やそれに悶えて硬くなった感触も、何もかもを手のひらで感じていた。
短い呼吸が短い間隔で繰り返され、なまえはそれを耳元で聞き、感じながら、両手に包まれたそれを扱くように手を上下させた。表面に浮き出た血管に脈動を感じ、硬さを増していく性器は更に血を滾らせ、桐生の声が小さく漏れる。なまえの両手を包んでいた桐生の手はいつの間にか離れ、その刺激に耐えるかのように握り拳を作っていた。体を震わせて切ない声は何度も出ていく、肉の擦れる音がする度に桐生の腰が微かに動く。
最初はなまえのペースで扱いていた桐生自身が、少しずつなまえのペースから外れ、気が付く頃にはまるで有りもしない肉壁を抉るように腰を動かしていた。目の前で何度も自分の両手を犯す光景がリピートされる、なまえは桐生の耐え難い欲求を満たしてやりたいとその手を止めた。お預けを食らったと思っていたかもしれない桐生は、なまえ、と続きを口にしたが、なまえもいつまでもただ濡れたままではいられないと感じていたのだ。
桐生さん、と呼ぶ、何かを欲するか細い声に、桐生はなまえの火照りを悟る。その声の意味を桐生は知っており、分かった、と返した桐生は体を起こし、なまえの上から降りると、いきり立った熱をそのままに、なまえの太腿を左右に広げた。なまえにも恥じらいはあったが、切なそうに求めてくれる桐生の姿を見てしまっては抵抗など出来ない、そう思えた。
開脚により晒された陰部の湿り気は、桐生を迎え入れる準備を既に済ませており、その飢えた自身をすぐに宛てがわれれば、それは躊躇い無く沈んでいく。何かが入ってくる感触に、今度はなまえが体を震わせた。ぴったりとくっついていた内壁に、それがゆっくりと割り込んで行き、お互いに深いところまで辿り着けば、体を駆け回る快楽に思考を麻痺させられた。
ずぷ、と難なく挿入される感触、相手のものしか感じられない熱、そこが酷く柔らかだと思う頭と、それが酷く硬いと思う頭が二つ。吐息が震え、体に入り過ぎていた力を抜く、大きく呼吸をし、それに耐えているなまえの表情が愛おしいと感じた桐生は、汗ばむ暖かな手で頬を撫でた。桐生の手つきの柔らかさに自然と表情が緩んでいき、なまえは瞳を閉じてその感触を確かめていた。
「…気持ちいい、です。桐生さんに撫でられるの、」
「そうか?…なら、もう少しこうしてやろうか。」
あ…、と言葉を濁したなまえは、突然何かを恥じらうように視線を泳がせながら、この続きもしたいです…、と酷く控えめな声音で桐生に告げた。桐生は頬に残した手のひらで、視線の行き先が定まらないなまえの瞳を自分の方へ合わせ、その二つを支配する。ぶつけられた視線に喰われたなまえは、視界を桐生の肌色で塞がれた。下腹部に緩やかな振動が伝わり、忘れかけていた肉の解れる感覚が体を走り回る。
震える口唇が喘ぎを口にする。その声が次第に大きくなっていけばいくほど、快楽に腰を砕かれてしまう。桐生は短い呼吸とピンク色の熱を抉り続けており、なまえはその度に与えられる快楽を積み重ねていった。痛い程に血が集まる自身を扱いたのは、緩過ぎずに桐生を咥える肉壁だった。
絡みつくと言うより、ぴったりとくっ付くように密着し、なまえの体の熱を直に伝えている。その肉壁を犯すように、緩急をつけ、とある箇所を重点的に責め、弱気で逃げ癖のある腰を掴んでは、ひたすらに押して引いての繰り返し。押しても引いてもなまえは喘ぐ。その声が耳に響けば響くほど、桐生の中の支配欲や独占欲が大きく膨らんでいくのだ。
止まらない、先を急ぐ体が、組み敷いた女の熱で、体で、絶頂へと向かっていくのを、止められない。どこを突いても返ってくるのは快感、逃れられないこの場所で桐生は出来ることなら、となまえへ思いを馳せる。
潤んだ瞳も、歪んだ顔も、紅潮する頬も、汗ばむ体も、全てを更に求め、更に犯してしまいたい。強過ぎる快楽は人を馬鹿にさせてしまう、その言葉の意味を理解するのと同時に、火を着けられた欲求はなまえの最深を求め続けた。
すると、嬌声に突如、悲鳴が混ざり始める。火照り過ぎた欲、蓄え過ぎた熱がなまえの中で暴発してしまいそうだった。つまりは絶頂の前触れであり、体の硬直、逃げ腰、顔を横に振る仕草、単音で短い間隔で上がる声の全てが桐生にそれを教えていた。
「…大丈夫だ、もうすぐ良くなる。」
しかし、煽られるこっちの身にもなってくれ、と言い放った桐生は、上半身を前のめりにさせ、なまえの苦しみを重ねた唇で吸い取る。舌を捩じ込ませてもなまえに遊ぶ余裕はない、それでも一方的に舌を絡ませ、最後の最後まで自分で覆い尽くしていく。直に手放される意識の最後まで、その光景が自分でありたかった桐生の口付けが始まった数分後に、なまえの体が絶頂に跳ねた。
小刻みに跳ねる体と、きつく締め付ける肉壁に誘われ、中途半端に終わってしまったキスを名残惜しく思いつつ、どこか絶頂へと駆け登る自分の貪欲さに苛まれながら、込み上げる限界に体を大きく震わせた。
歯を食いしばり、眉間に深く皺を寄せ、微かに喘ぎ声を漏らす。意図せず最奥へと精を放つ感覚が酷く気持ち良い、未だに収縮している肉壁の締め付けが気持ち良い、なまえの快楽に犯されて蕩けた表情と体が気持ち良い。まだ終わりそうにない吐精の快楽に塗れて、桐生は深く深く呼吸を繰り返した。
二人の頭の中に、今が一体何時なのかと言う野暮な疑問が浮かび上がることは無かった。ただ桐生は中途半端に終わってしまったキスをやり直すかのように、なまえのそれを三度奪っていった。
手放された意識がゆっくりと鮮明に世界を捉え始める。最後に見たのは桐生だけだったのだが、目覚めた視界にその姿はない。何かが軋む音が聞こえ、なまえは自分が今ベッドに寝かされているのだと気付く。体を起こしてみれば、まだはっきりとしない頭が情事をやんわりと思い出させる。肌が恥じらいに粟立ち、一人何をするでもなく、自分の手元を見ていると、不意に背後から絡み付く腕に襲われた。まるで覆い被さるように回された腕の中に置かれ、背後に居るであろう桐生の腹部の膨らみを背中に感じている。
「まだ起きるには早いぞ、今何時だと思ってるんだ。」
「何時なんです…?」
「さあな、時計でも見てみたらどうだ、」
「じゃあ、返してください。私の時計。」
それは無理だ、と後ろで桐生の微笑む声がする。なまえはその声が耳に心地良いと、桐生に背中を預け、眠いです、と呟いた。じゃあ、もうひと眠りするか、とベッドに倒れ込む桐生に体ごと攫われ、なまえも同じ様に沈む。大きさの異なる体が寄り添う中、一瞬にも永久にも感じられるこの夜を、二度目の眠りに落ちるその時まで、二人はただ瞬きだけを交わしていた。
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