大きなベッド、大きな画面のテレビ、お洒落な壁掛けランプ、ベッド横のローテーブル、浴室へと続く扉、そして、この部屋で一番気を使ってくれている灰皿と一緒に並べられた避妊具。なまえは内装を落ち着いた雰囲気でまとめておきながら、それがあるってだけで、折角の大人びた雰囲気が台無しになってしまうような気がしていた。


 真島となまえが訪れたのは、神室町のホテル街に位置する、何度かお世話になった事のあるラブホテルだった。きっとお互いにそう言う雰囲気を匂わせていたのだろう、大体二人がこう言った場所にやってくるのは、いつもそう言う時だけだ。二人はきちんとした関係の男女である、だから、今夜はたまたま場所が近かったここへやって来た。

 体の火照りは浅い、真島もソファーの背もたれに体を預けると、手始めに正面に位置するテーブルの上、テレビのリモコンを手に取る。たった一回、スイッチを押し込むだけで、液晶画面にこの部屋を反射させていたテレビ一面が肌色に染まった。真島はぼんやりとその肌色を見ていた、なまえはあまり好まないと目を背けていた。直接的な表現は大きく感情に干渉してくる、例えそれが性行為の映像であっても。

「なまえ、こっちや、こっち。」
「遠慮します、真島さんって本当に好きですね…、」
「…何言うとんねん、ここに来てる時点で俺もなまえも、ヤラしいこと考えとった頭やろ。」
「で、でも、私はあんまり、こう言うのは、」
「好き嫌いしたらあかん、我儘ばっかは許さへんで。」

 今日はいつになく強引な真島に腕を取られ、渋々その隣に腰を下ろす。臀部が柔らかな感触に包まれると共に、真島の腕がすぐさま絡み付いてきた。それは少し暖かい、あまり気にしていないだろう真島もやはり、肌色の暴力には勝てないのだと知る。

「せや、それでええ、なまえはえらいなァ、」
「…ありがとうございます、」
「すぐにでも抱いたらええんやろうけど、まだや。」

 今日の俺は辛抱強いでぇ、と面倒なことを口走る真島に、なまえは膝の上で握り拳を二つ作った。言いたいことは握り拳の数と同じ二つばかり。一つ目は、真島の言葉に折角の良い雰囲気が台無しで、たまには格好良く且つ綺麗に、事に及んでみたいと言う主張。二つ目は、真島の言葉の選択が酷いと言う主張。
 特になまえが引っ掛かっているのは二つ目の方で、真島はなまえが口にするのを躊躇うような言葉さえ、簡単に言ってのける。羞恥心、と言うものが無いのだろうかと隣を盗み見れば、にやにやと口角を持ち上げながら、ほお、だの、あかんなあ、だのと呟いている真島がいた。

 きっと、羞恥心は、微塵ほどにもない。臀部を撫でる手がゆったりとしている、真島は本当に自分の言葉通りにこれから行動していくのだろう。こちらの視線に気付いた真島は、ちゃんとテレビ見とけや。と撫で回していた手のひらでなまえのそれを掴んだ。
 肉付きの良い臀部のそれは、真島に好き勝手に触られる。撫でるだけじゃなく、先程のように掴んできたり、揉むように触れてきたり。その触り方にぞわぞわと体の表面を何かが走る、普段ならばすぐにでもその手を振り払えただろう。しかし、真島に見せられている肌色のせいで、そちら側のスイッチがいつの間にか押されていた。

 走る刺激に体が熱さを訴えてくる、何かを求めるように真島を見た。息を呑む、真島は既にこちらを見ていた。先程までのにやけた表情は無く、そこにあるのは、体の熱に目を細め、こちらをその煌々とした目で見つめる真島だけだった。
 瞳の奥を射抜かれる。どこかの回路をスパークさせる。手繰り寄せられるようになまえはその体を寄せた、しかし、一向に例の行為は始まりそうにない。浅はかに疑問を口にする直前で、真島が先に話した。

「言うたやろ、今日の俺は辛抱強い、て、」

 射抜く視線に仕留められたまま、曇った感情が滲む。真島はそれが面白くてたまらないのだろう。

「ほんなら、ちょっと遊ぼうや。」



 今、思えば、その提案に乗るべきでは無かった。互いに指と指を絡ませ合う、真島には似合いそうにない恋人繋ぎとやらも。どちらかがどちらかに跨ることなく、ただ隣に座ったまま、体だけを向かい合わせにして交わす、ただのキスも。不敵に笑みを浮かべながら、いつもの戯れのように顔に触れる手のひらも。撫で付けるように、多少荒さの残る髪を撫でる行為も。

 全てが健全でいて、良識の範囲内。冒険をしない、挑戦をしない、お互いに良い距離を保ちながら、それを現在、維持継続中。過度な接触すらない、衣服を剥ぎ取る手のひらも、火照る肉を確かめる指先も、支配を唱える唇も。状態異常になれない、体力ゲージも赤く点滅しない。

 淫猥であると主張出来るのは、垂れ流しになっているあの肌色のテレビだけだ。肉と肉が甘ったるく香り、互いに熱をぶつけ、濡らし、感じ、支配し、支配される。そして、絶頂を迎えた二人の余韻を映し出す、こちらの劣情を酷く揺さぶるように。喘ぎは高く甘く、少しだけ執拗い。
 何度も肌の上を目に見えない何かが走り去り、自分が酷く熱に犯されているのだと思った。吐息さえも溜息と勘違いしてしまう程、鮮やかに、欲情に散る。鳥肌が立つ、生々しい欲求に駆られている自分にも、そう煽るこの男の這うような視線にも、二人の静寂に漂う雰囲気にさえも過敏になれた。

「あかんなァ。そない顔してたら…、妙な勘違いしてまうわ、」
「勘違い…?」

 せや、と頷いた真島は、髪を弄んでいた指先で再び顔に触れたかと思えば、指先を輪郭沿いに這わせ、顎から喉元、鎖骨の間を通り抜けて、洋服越しに胸の谷間にも指を走らせた。そして、真っ直ぐ腹部へと下ろされる指先は、下腹部にてその歩みを止める。臍より下にある柔らかくて、ふっくらとしている、熱を閉じ込めたそこを真島は何度も撫でた。

「あの真面目ななまえちゃんがなァ…、目の前の男に抱かれたくて堪らんて顔しとんのや。…なァ?あかん勘違いしてまうなァ?」

 なんて恐ろしい事を口にしてくれる男だろう。心臓をその革の手に、しっかりと掴まれたような衝撃だった。本当に真島の口が悪いと思った、しかし、その言葉は真っ直ぐになまえの欲情を捉え、ぐっと深く鋭いものを押し込まれる。

「どないするつもりや、なまえちゃん、」
「わ、私は…、」
「なんやねん、」
「…このまま、ベッドに行きたい、…です、」

 決まりや、真島のその言葉に許されたのだ。



 体を横たわらせたのはなまえが先で、真島は碌に照明を落とさず、自身のジャケットを二人で腰掛けていたソファーに放り投げ、半裸の状態で今度はなまえの衣服を剥いた。
 まずはシャツを捲り上げ、腹部を露出させる。パンツスタイルであるなまえの下半身に手を伸ばして、ボタンを外し、ジッパーを下げてしまえば、それを脱がすのに時間は掛からなかった。すらりと伸びた脚は恥じらうように閉ざされており、そのなまえの羞恥が更に真島を煽る。

 真島の大きな手のひらは色白の素肌の上を滑り、その熱を受け流しながら、今度は中途半端に捲られたままのシャツを掴んでは、そのシャツをただの布切れ一枚に変えてみせる。脱がされた服はきっとあちこちに散らばっているだろう、それに二人の衣服がどこに置かれているかなんて、どうでもいい。二人の頭の中に我慢や抑制、理性と言う堅苦しい文字は既に無かった。
 なまえの下着姿を見下ろす真島は、どこか恍惚感を帯びたように口元を緩めて笑っている。その視線に体温が上がった、その視線に欲情の意味を知った、その視線に真島を強く欲する自分の貪欲さに気付いた。待つ女は今、焦らす男の体温が欲しい。

「今日はえらい可愛ええモン、着けとんなァ、」

 まるで女の子や、と零す真島に、なまえは突然恥ずかしさのようなものに襲われ、その身を隠してしまいたくて、端に寄せられたシーツを手繰り寄せた。真島は黙ってなまえのその行動を見つめ、何か思いついたのか、ベッドに一人、なまえを置き去りにする。
 真島はすぐ近くのローテーブルの上に置かれた花瓶から、たった数本花を引き抜いてはそれを手にしたまま、なまえの抱えたシーツを優しく剥ぎ、当然と言うように跨った。シーツを剥ぎ取られた事を問いかけず、なまえは何をするのだろうと自分に跨る真島の姿をただ見ていた。

「なまえは、確か…、ええ雰囲気っちゅうんが好きなんやろ、前もそないな事言うてたしのぉ、」

 せやったら、俺がそのええ雰囲気、作ったろうやないか、と手にした数本の花をなまえの前に差し出した。突然の施しに困惑しながら、受け取るべきなのだろうかと、腕を持ち上げた瞬間だった。


 なまえの目前で、その花は自らの花弁を散らしていた。ぶちっと何かが千切れた音がする、花の膨らみと茎は既に別々になってしまい、真島はその膨らみを一枚一枚、ご丁寧に剥がしてはなまえの胸元に散らした。そう、花は自らではなく、真島の指先によって散らされていたのだ。
 その光景を残酷だと思うだろうか、胸元や頬、髪に散らされる花びらを見て、色情に理性が潰された表情をしている真島を見て、道徳心は揺さぶられただろうか。欲に塗れた瞳から見た、それは、酷く幻想的で息を呑んでしまう程に、儚さを連れた美だと思えた。美に魅入られた瞳は告げる、道徳心は死んでしまった、と。

 それから残りの花を千切り、花びらを剥がしては落とし、時折なまえと目を合わせながらも、その手を止めることは無かった。そして、最後に残った花もまた同様に、革の指先が触れたが、なまえはどこか違和感を覚える。先程までの花達と違い、その一つだけ手付きが違うのだ。
 荒々しくて乱暴、花びらを剥がすのではなく、毟っている五本指の様をなまえは見ていた。その様子にぞくりと体が粟立つ、花びらが無残に散っていくその光景に何かを投影してしまう。


「…もうええやろ、十分、ええ雰囲気やった。」

 ばらばらに、くしゃくしゃに、革に蹂躙された花だったものは、なまえの胸の上に落とされた。花の香りがする、仄かに鼻を擽り、その香りが漂う部屋で、真島は獲物を捉えるような瞳でこちらを見ている。睨むように、首筋に刃物を宛てがうように、これから肉を食らうかのように。

「さ、もう焦らし合いは終いや、」

 花の残り香がする革手袋を外した真島は、なまえの腹部にその頬を寄せた。吐息が熱く素肌を焦がしていく、寡黙な唇から赤い舌を覗かせ、その赤は柔肌の白の上を這いずり回る。不規則で行先の分からない舌先は、次第に上へ上へと登り詰め、花びらを纏う胸元まで、肌を濡らしたまま這い続けた。

「…甘ったるい匂いやなァ、」
「真島、さん…、あの、」

 真島はなまえの胸元に顔を寄せたまま、胸元に散らされた花びらを一枚摘んでは指先で弄んでいる。無愛想な返事に、なまえは一旦視線を他の場所に逃がしてから、再び真島の射抜くような瞳を見た。

「…嬉しい、です、」
「嬉しい?…なんや、今日は妙なこと口走っとんのぉ、なまえちゃん。」
「雰囲気、…気にしてるってこと、覚えててくれて、」

 その、それが嬉しくて、と続けた色欲に染まったなまえの顔に、僅かな喜びを垣間見た。真島は弄んでいた花びらをくしゃっと丸めると、シーツの波に放ち、手持ち無沙汰になった手のひらでなまえの頬に触れた。


「あァ〜…!たまらんなァ〜!」

 奇声のような嬉声が部屋に響き渡る、なまえは胸元に沈む真島の表情に微かな狂気を感じ取っていた。欲に塗れた吐息が大きく吐き出され、胸元を熱く撫でる。留まらない熱はすぐに消えた、真島は背中に腕を回しているようで、きっと可愛らしいと褒めた胸の布を取り外してしまうのだろう。

「ホンマになまえちゃんはええ子や〜。その気にさせんのも上手い、男を気持ち良くさせんのも上手い…、それに何より、今一番ええ顔しとる、」

 せやから、その顔めちゃくちゃにせな、気ぃすまへんわ。たったその一文を言い残して、背後に蠢く指はブラの金具を外すだけでは終わらなかった。真島は体を起こし、なまえが閉ざしていた足の間に割って入ると、今度は臀部の方へと手を伸ばし、するりと薄布と肌の間に自分の指を滑り込ませた。
 決して荒々しさなど見せずに、丁寧に、焦らず、急かさず、片足を持ち上げて脱がしたそれも含め、胸を包んでいた下着さえも脱がした。

 身ぐるみを剥がされた後にあったのは、自分の胸元に置き去りにされた花と同じような光景だろうと思った。纏っていた衣服は脱ぎ散らされ、真島は今度はなまえの肌を、体を蹂躙する、しかし、それはなまえ自身も求めている事なのだと知っていた。焦らし合いは終いだと告げた、その言葉通りに真島は真っ先に自分の衣服を脱ぎ捨てると、なまえの熱が集中するそこへ熱を押し付けた。

「もう前戯なんぞ、いらんやろ。」

 熱が飢えた肉を広げながら、ゆっくりと沈められていく。その感触が熱と共に、なまえの口から喘ぎとなって出て行った。待ち続けていたそれを、いとも容易く受け入れる自分の体が、愛おしいと感じている。時間を掛けてゆっくりと調整をしていった、二人の体を駆け回る快楽は悪戯に感度を上げさせた。
 余裕が無いと口にしていた真島の顔が歪んでいる、切なそうで、苦しそうで、何かに耐えている声がなまえの耳に流れ込む。その声がなまえには甘ったるくて、体も嬉々として真島を受け入れ続けている。自分のものとは違う熱をその身に宿す感覚を、何度繰り返しても尚、愛おしさは変わらずに募っていくばかり。そして、遂に根元まで沈めた体も、それを包み込むように受け入れた体もうっすらと汗ばみ、共に呼吸も荒い。

「あとはもう喘ぐだけや、…好きにしとってええ、」

 その言葉をきちんと最後まで聞き終える前に、刺激が体を襲い始めた。腹部に収められた熱が前後へと抜いては挿入し、を繰り返している。その熱が触れる先になまえの弱点のような箇所があって、ほんの一度あからさまな喘ぎを上げれば最後、ずっとそこばかりを責められるのだ。
 大きくなっていく声を止める術を知らず、臀部を押さえ、性行為を続けている真島の手から、自分の手を引き剥がすと口元へと運んでいく。熱い唇に蓋をする、自分の腕が声を阻んでくれる、しかし、それを良しとしない男がいた。

 何度も中を刺激し続けては、獣のように吐息を散らし、お互いに弱いそれを打ち付け合う。敏感な肉がすれ違えばすれ違うほど、二人の体には大量の快楽が蓄積していった。塞いだ筈の腕を真島の両手が掴み、シーツの水面に押さえ付けられ、今の自分ではまともに名前を呼べない男を、喘ぎの間に呼んだ。水面は深く皺を寄せ、揺れ動いている。

「何も余計なこと考えんでええ。…はよ聞かせろや、辛くてしゃあない、苦しくてたまらん、ちゅう声を。」

「口に出してみぃ、…頭おかしなる程に気持ちええってなァ。」


 真島は今にも食らいつかんとした目付きで、こちらを見ている。胸元に浮かぶ花びらが一枚、シーツの水面へと落ちていく。心臓は熱く、いつもよりうるさい。こんな高鳴りを聞いたことは無い、こんな真島を目の当たりにしたことも無い、こんなに悦ばしいと解れていく肉の感覚を知ったことも無かった。

「とっても、気持ち良いです、…とっても。」
「…真面目ちゃんやなァ、」
「真島さんは、どうなんですか…?」

 俺か?と聞き返す真島は、まず初めに、阿呆か、と答えた。こないな事、言わんでも分かっとると思うてたんやけどなァ、真島は溜息を絡ませながら呟いた。

「意外となまえちゃんは抜けとるわ、ホンマに阿呆や。」

 気持ち良うなかったら、こないな事せぇへんで。それに自分の女抱かん男は大馬鹿や、と真島は再び、なまえの胸に顔を寄せたかと思えば、ふっと息を吹き掛け、まだ残る花びらを吐息で散らした。革の手中にある心臓が更に強く握り締められ、なまえは飢えを唇に感じ、押さえ付ける腕を避け、真島の体を抱き寄せる。物欲しそうな瞳をしていた、何もかも奪ってしまいたいと思う瞳もあった。

 唇を重ねれば、体は太陽の様に燃えた。吐息を閉じ込め、熱さえも逃がしはしない、その口付けに真島はなまえの体を揺さぶる。刺激が強くなっていると感じるのは、体に蓄積された快楽がもう間もなく弾けてしまうからだろう。切なく催促をする体に気付いたのか、真島も更に更にと奥深くを突いていく。
 単音になる嬌声、柔らかな肉体が次第に力んでいく様、快感に歪む女の顔に、真島の中の支配欲の満たされようはとてつもないものだった。しかし、何を思ったのか、真島は一度その身を引いてしまう。

 ずるり、と引き抜かれる様な感触、不意に喪失感に襲われる。長い時間咥えこんでいたものを失ってしまっただけで、ある程度刺激に慣らされた体がそれを狂おしく求め始めた。
 押し寄せていた快楽の波は砕け、白い海辺は荒い呼吸だけで静まり返る。打ち止めされる苦しみに、瞳は懇願していたかもしれない、すぐに真島の姿を捉えたのだから。まだ弄ぶつもりなのだろうと思っていた筈なのに、瞳が捉えた真島はどこか焦っている様で、余裕が感じられないまま、ベッド脇のローテーブルに荒々しく腕を伸ばした。

 手にしていたのは小さな正方形の包み、遠目でもそれが何か分かった。この部屋に来た時に、シックな雰囲気を台無しにすると決めつけていた避妊具の包みだった。ピリリと包装が破けていく音、焦燥していると思われる表情、そして、真島のとった行動の意味が、なまえの下腹部に暖かな熱を滲ませる。


「…何見とんねや、こないなとこ見るもんちゃうで、」

 なまえの視線に気付いた真島は苦笑しながら、再び熱の溢れるそこに二回目の挿入を果たす。一回目とは違う感情が顔を覗かせる、酷く愛おしいとさえ思える程の純愛に似た何か。限界に近い所にいたせいもあるだろう、それを受け入れるのは難しくなく、寧ろそれが無ければ…と縋り付くような思いだった。

 吐き出される声は咆哮に近く、なまえはようやく辿り着いた終わりに体を震わせた。体の至る所まで駆け巡る快楽の波を身動きできないまま、ただ受容する。しかし、真島はその体さえも、自分の快楽の一部であると言わんばかりに、なまえの体を介して与えられる刺激を貪った。
 収縮を繰り返す内側は熱い、ひたすらに熱い。その熱さと柔らかさに、芯を持った欲は緩急など意識せず、後少しで訪れる一線を越えるまで、最奥を突き続けた。

 どくん、と先程のなまえと同じ様に体が震える。熱の中で熱を吐き出す感覚に、なまえのものとは違う切ない声が静寂に呑まれた。二人の呼吸が整うまで、間を繋ぐように内なる鼓動と、ぼんやりとした視界に静寂が流れ、その中を二人の意識や体は揺蕩っていた。



***



 穏やかな波間にゆっくりと体を休ませたなまえは、隣に横たわる真島の顔を見つめていた。辺りに散った花びらを一枚掬って、力なく握り締めれば、沈黙していた真島が口を開く。

「取ってつけたようなもんやが、えらい気に入っとるようやなァ、」
「…真島さんにしては、その、素敵な事をするんだなって、」
「そない気に入っとるなら、あと一回くらいは都合したるわ。」

 そう話す真島の細まる目に、体が優しく暖まるのを感じていた。色欲とはかけ離れた感情のまま、なまえは真島と口付けを交わす。この愛おしさが彼にも伝わってしまえばいいと思いながら。
 気怠い疲労を引き摺った体が浮かぶ水面は深く息衝き、甘い余韻を漂わせながら、深まる夜をたった二人だけで過ごしていた。



| 革の手中に散る |


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