陽に透けるように淡いレースのカーテンが揺れている。強い陽射しを遮るようにとドレープカーテンも閉めておいたけれど、いつの間にかひらひらと窓際でエアコンの風に吹かれていた。ここ最近は陽射しが一段と強くなったような気がして、折角の休日でもこうして部屋で過ごしていたりする。無理をせず、涼しい部屋で冷たいアイスを食べながら、暑い季節の恩恵を実感していたなまえと、もう一人。

「ほんまにあっついのぉ…。」
「真島さん、なんて格好してるんですか。ジャケット脱がないでください。」
「何言うとんねん、暑い言うとんのに服なんか着てられへんわ。」

 ほんまなら素っ裸になりたいくらいや、とぼやきながら、あまり広くないフローリングに大の字に伸びている真島がいた。いつも着ている蛇柄はなまえのベッドの上で休んでいる。なまえは食べ掛けのアイスを齧った。シャリシャリとした食感と一気に体が冷えていく感覚が気持ち良くて、でも少し肌寒い、それが堪らなく好きだった。

「なまえ、俺にも一口。」
「じゃあ、起きて下さい。」

 すまんな、それは今出来へんねん。と真島は大の字のまま、動く様子がない。横たわった真島に近付き、その手に持っていたアイスを真島の口元へと寄せた。それはとても大きな一口だった、シャリ、と同じ音を立てて、アイスを頬張る姿に密かに微笑む。

「冷たい床に寝そべりながら食うアイスがうまくてしゃあないわ。」
「もう夏なんですね、」
「…海行きたいのう、」

 溜息を一つ、その後に力無く切なそうに呟く。真島はただ天井を見つめながら、ぽつりぽつりと言葉を吐き出している。言葉は泡のように上へ上へ、二人のぼんやりとした空想の海より上へと浮かんでは消えていく。

「いいですね、海。私も行きたいです。」
「せやろなァ、俺かて行きたいっちゅうねん…。」
「立派なもの入れてますもんね、」
「…せや、ほんまめんどいわ。」

 一緒に真島と寝そべっている胸元の蛇が少し切なそうに見えた。なまえはその場に座り込むと、何か言うでもなくアイスを齧った。すると、また真島の声で、もう一口くれや、と聞こえてくる。先程と同じようにまたアイスを口元に添えれば、二度目の大きな口で齧っていった。今まで天井を見つめていた真島が不意になまえの方を見やる。
 疑問符を浮かべながら頭を傾げると、珍しく革手袋のない真島の手のひらがなまえの毛先に触れてきた。指先で弄ぶように、何かを確かめるように、優しい触り方をしている。髪伸びたんとちゃうか。と口にする真島に、そうですね、と返すなまえ。似合いますか、と続ければ、まあな、と返ってきた。

 暫くは真島の好きにさせていたのだが、手元のアイスが遂に棒だけになってしまい、捨てに行かなければならないとその場を立った。後ろからは、海ええのう…と何度も繰り返し呟く声が聞こえる。確かに夏と言えば海、誰もがこの季節に一度は行きたくなるだろう。
 それは後ろで呻いている真島も、食べ終えたアイスの棒を捨てているなまえも同じだった。肌寒くなってしまった体を抱くように、真島の元へ戻っていると、今まで起きる気配の無かった真島が急にその体を起こした。その表情は明るく、何かを閃いたかのようだ。


「…わかったで!なまえ!」
「はい、何が分かったんでしょう?」
「こいつのせいで海入られへんのやったら、いっそのこと海買うたらええねん。」
「海を買う…?」
「せや。そしたら、なあんにも気にせず、好きに満喫出来るやろ。」
「…そもそも海って買えるんでしょうか。」
「そないなこと知るか、」

 でも、買えるんやったら俺も頑張って金貯めたろ!思うねんけどなァ、と本気か冗談か分からない真島の閃きをこっそりと調べてみる。『海 買う』と二つ言葉を並べて検索してみると、どうやら海は国の物らしく、購入は不可能だと記載されていた。残念な結果に真島を見れば何かを察した様で、あかんか…と項垂れる。もし買えるものだったなら、きっとこの男、海をも買ってしまうに違いない。

「無人島だったら買えるかもしれませんね、辺りも海に囲まれてるし、」
「…俺がそない馬鹿高い金持っとるわけないやろ、」
「じゃあ、また今度ですね。」

 どこか諦め切れずにいる真島の隣に腰掛けた。口を突き出して眉間に皺を寄せている、拗ねた子供のような表情をしていた。意外と海水浴に対するハードルは高いようだ。

「宝くじでも買うてみるか、」
「お、夢が膨らみますね。」
「せやろ。あほらし思うてても、大金が手に入るチャンスや。」
「当たったら何します?」

 我ながらありがちな話を振ってしまった訳だが、定番とも言えるこの会話の夢の膨らみ様が意外と面白く、なまえは好きだった。せやなぁ…と腕を組んで考え込む、なまえも同じように腕を組んではビッグドリームに思いを馳せる。美味しいものが食べたい、二人でどこか旅行に行ってもいい、けど、やっぱりとんでもなく美味しいものが食べたい。物欲よりかは食欲にその夢が膨らんでいく。
 真島は何を考えているだろうかとちらりと横目で盗み見る。意外と真剣な顔をしていた、一体どんな夢を描いているのだろう。

「俺は、…あかん、何にも思い浮かばへん。」
「え、真島さんの事だから、どかーんと一発かましたんねん!って、とんでもないお金の使い方をしそうだと思ったのに、」
「金で今更何買うたらええねん。」

 はぁ、とその大きな口から溜息が漏れた。

「海は国のもん言うて買われへんし、島を買うても持て余すだけや。」
「そんなセンチメンタルな顔して言わないで下さい。」
「なまえは何考えとったんや、」
「私は…、美味しいものの事を考えてました。」
「食いもんか。…もっと他に思いつくもんあるやろ。」

 いいんです、とそっぽを向く。想像の中ではなまえと真島が二人並んで、一緒に美味しいものを食べていたと言うのに。まるで私だけ食いしん坊みたいな言い方して、となまえは頬を少し膨らませた。

「しゃあないのう、今日は俺の奢りで焼肉連れてったる。せやから、機嫌直したってや。」
「…わたしはご飯に釣られません。」
「なんや、しょーもない意地張りおって、」

 そっぽを向いていたなまえの頭に何かが乗っかってきた。それは、がしがしと雑に頭を撫で回している、もしかしたら真島は少し困っているのかもしれない。またまたちらりと横目で覗く、真島は先程の真剣な表情をどこかに置いてきてしまった様だった。そこにいる真島は穏やかそうに笑っている、なまえの好きな表情をしていたのだ。

「真島さん、」
「お、機嫌良くなったんか。さっきまでそっぽ向いとったのに、」
「真島さんが好きな顔してたから、」
「何言うとんねん。ようそんなこと恥ずかしげも無く言えんのぉ…、」
「だ、だって、」

 嫌そうな口調であったものの、満更では無いその声音に、いじけていた胸の内が緩やかに暖かくなっていく。

「じゃ、じゃあ、真島さん、私のお願い聞いてくれますか。」
「俺にお願いするっちゅう事は、勿論俺にしか出来へんことやろな?」
「ええ、もちろんです。これは真島さんにしかお願い出来ない事なんです。」
「なんやねん、そのお願いは、」

 あの、と口にしたなまえは真島の耳元に顔を寄せ、ゆっくりと真島の鼓膜に語り掛けた。それは愛おしそうに、あなたにしか出来ないのだと説得する様に、そしてとても優しげに。

「私と今夜、花火をしてくれますか…?」

 囁かれた声は穏やかでいて、どこかどきりとする程に艶っぽく感じられた。いつもより控えめな声量で囁いているからだろうか。微かな吐息を耳元に感じてしまうくらいの距離の近さに、真島は自分の顔をなまえの方へ動かした。むにっとお互いの唇が意識せず触れてしまう。まるで、ぶつかってしまったかの様に居心地の悪いキスは、すぐに離れていく。


「…やっぱ、あっついわ、この部屋。」
「もう一本アイス食べます…?」
「せやな。今度は俺に丸々一本頼むわ。」

 はい、となまえは暑そうにまた寝転がる真島を置いて、冷蔵庫へアイスを取りに向かう。真島が何をしたかったのか、あまりの暑さに他の欲求に火が着いてしまったのかもしれない。でも、我慢出来たからアイスをあげようね、と密かに呟けば、後ろから、何ぶつくさ言うとんねん。と聞こえて来た。いいえ、何も。と返しながら、冷凍庫の中身を覗く。あ、とうっかり声が漏れてしまう、真島が何かを察する。

「…どないしたんや。俺のアイスは、」
「さっきので無くなっちゃいました…。」

 なんやとォ!と身を乗り出す様になまえの横まで来ると、何も入っていない冷凍庫に真島は沈黙する。今度はお互い丁度のタイミングで視線がぶつかる、いや、視線をぶつけたようで。ほんの少しの間を置いてから、ジャンケンポン!と二人、右手を前に出した。二人の手は同じグーを出していて、もう一度と二人手を前に出した。しかし、また二人の手はパーであいこだった。
 これではきりがないと、お買い物に行きますか。となまえが提案する。真島は、嫌や!と駄々をこねるが、なまえは、準備してきますから。と言い残し、洗面所へと行ってしまった。

 なんで、こない暑い日に外出なあかんねん、とぼやきつつも、しばらくの間ベッドに寝かせていた蛇柄に腕を通す。店のアイス買い占めたるわ、と真島もなまえの後を追うように、洗面所へと歩いていくのだった。



| カーテンの隙間、迫り来る夏の陽射し |


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