窓の外は夕暮れ。最近は暗くなるのが早くなった。風もいつの間にか肌を刺すように冷たく、帰路を急ぐ人々から温もりを奪い取っていく。しかし、道行く人が皆、帰路を急いでいるかと言われれば、そうではない。中には大きく膨らんだビニール袋をぶら下げる二人や高級感漂う紙袋をぶら下げた二人がいる。彼らの行先は一体どこなのだろうか。


 場所は変わって、とある部屋のキッチンとリビングに二人はいた。この二人は外に出ること無く、忙しなく何かの準備をしている。カセットコンロ、大きな鍋、お玉、人数分の取り皿、箸、予備のガスボンベ。時折、二人の楽しそうな声が部屋に響いて消える。

「真弓ちゃん、全部揃ってる?」
「うん、大丈夫。ちゃんとみんなの分、揃ってるよ。なまえの方は?」
「こっちは今から。全然時間には間に合うし、ゆっくりやろうかな。」
「じゃあ、私も手伝う。やることなくてつまらないから。」
「ふふ、いいよ。」

 キッチンに立つのはなまえと真弓だった。二人は和やかな雰囲気の中、談笑しながら手を動かしている。近くのダイニングテーブルには近所のスーパーで買ってきたと思われる、店名の印字されたビニール袋が四つほど置かれていた。そこからは見えるのは、白菜や水菜、長葱に大ぶりな椎茸、春菊と鍋料理には鉄板であり、欠かすことの出来ない食材ばかりが大量に買い込まれていた。真弓が用意していたもの、スーパーで買い込んできたもの。そこから関連されるのは鍋であり、何故大量に買い込んだのかを知るのは、これから数分後のこと。

「みんな、ちゃんと買ってきてくれるかな、」
「どうだろうね……。秋山さんと北村さん辺りは大丈夫そうだけど、問題は春日さんと辻ね……。」
「あれ、確かミツさんは来れないんだっけ。」
「うん。でも、途中からこっちに合流するって春日さんが言ってたよ。」
「じゃあ、もう一つくらいお皿用意しなきゃ。」
「ふふ、そうだね。でも、正直ちょっと不安。」

 どうして?と問えば、隣に並んだ真弓は困った顔で、だって、みんな飲むじゃない。と呟いた。あ〜、そうかも。と酒臭そうな数時間後を予想すれば、二人は苦笑する。女二人のキッチン。いつもの男性陣抜きでするおしゃべりには、真弓しか分からないこと、なまえしか共感出来ないことが飛び交う。その苦労も疲労も今夜、全部忘れてしまおうと二人は夜の為に準備を進めていく。
 そう、今夜は記念すべき、第一回、今年はお疲れ様!春日一味大忘年会が控えている。



 きっかけは街中に溢れる、『忘年会は当店で!』という店頭に貼り出されたチラシやメニュー表に潜む囁かな誘い文句。年末を控えたこの時期は忘年会が開かれることが多く、実際に今年の忘年会どうする?と言った話を耳にする、そんな季節である。そして、それは春日一味も例外ではなく。
 俺らも忘年会すっか!と言い出したのは春日、いいですね、それ。と賛同したのが秋山、忘年会か、悪くないな、としみじみ思ったのが北村で、俺、酒飲みた〜い、と個人的主張をしたのが辻、その他でわいわいしたのがミツ、真弓、なまえである。

「でもよ、店どうすっか。俺らに優しい値段だとは思えねぇんだよな……。」
「兄貴も俺らも金、ないっすからね。」
「ったく、悲しいことによ。あ〜あ、空から札束でも降ってこねぇもんかね。」
「それなら、俺がどこか良い店セッティングしましょうか?」
「待て、秋山。こちらには女性もいるんだ、せめて店を決めると言うなら、妙な店は勘弁してくれ。」
「任せてくださいよ、北村さん。この神室町で女の子も楽しく飲み食いが出来る店、ちゃんと知ってますから。」
「でも、俺、そんな良い店行けるような金ないよ〜。てか、これって全部秋山サン持ちなわけ?」

 辻の素朴な疑問に青ざめた人間が二人ほど。

「ちょ、ちょっと待って。こんな大人数の代金、全部秋山さんに払わせるの?!」
「俺は全然平気だけど、だめかな、真弓ちゃん。」
「そういうことなら私はパス。ごめんなさい、気が引けちゃってだめだよ。」
「私も真弓ちゃんと同じ。秋山さんだけに甘えるんだったら、みんなで適当な鍋でもつついてる方がいいなぁ、」

 なまえのその発言に閃いた人間が数名ほど。皆、頭上に!マークを浮かべている。やがて、その閃きは共通認識へと変わっていく。みんなで、適当な鍋をつつく。たったそれだけのことだったのだと、真っ先に口を開いたのは、春日でもなく、辻でもなく、秋山でもない。

「鍋か……、いいな。実家にいた頃、よく両親と鍋をつついたものだ。」
「なんだよ、北村。お前が乗り気なんて、珍しいじゃねぇか。」
「この寒い時期の鍋の美味さ、お前も知らないわけじゃないだろう。」
「まあな。じゃあよ、秋山の奢りはまた今度として。今年はみんなで金出して、どこか近場で鍋でもつつく忘年会としようぜ。」

 うん、それなら私も参加するよ。と真弓の言葉に、うっし!それじゃあ、早速、春日御一行の忘年会会場探しだ!と忘年会ムードの神室町で会場探しが始まった。

 それから一週間、各々が良さげな店を提案するものの、元々活気ある街のせいか、どこも予約でいっぱいだと結果は惨敗であった。キャンセル待ち、予約終了、早くて来年、キャンセルのキャンセル待ち、とここまで来れば、忘年会自体も考え直さなければならず、どうしようかと皆の思考に靄が掛かるばかり。
 しかし、このまま中止にしたくない気持ちから、なまえは一つ提案を持ち掛けた。それは自宅で忘年会をしないか、というものだった。これだけの大所帯、かなり部屋が手狭に感じてしまうかもしれないが、良ければ、と。会場を見つけられなかった春日達がその提案を採用しないわけがなく、忘年会会場はなまえの部屋ということになった。



***



「春日さん、ちゃんとジュースとかお茶とか買ってるかな……。」
「どうだろう、辻くんも一緒に行ってるんだよね?」
「あの二人じゃあ、あんまり信頼出来ないなぁ、」
「意外とこういう時はちゃんとしてくれるんじゃない?」

 そうだといいけど。と不安そうなため息を吐き、真弓はさっと手洗いを済ませ、テーブル上の袋から適当な野菜をいくつか取り出すと、なまえに手渡した。なまえはそれを水で洗い流し、まな板へと寝かせる。
 シャクシャク、と野菜が刻まれていく。なまえの手にした包丁は手際よく、水洗いした野菜を一口大に切り分けていった。

「北村さんと秋山さんはお酒、だっけ、」
「うん、やっぱり忘年会にお酒はつきものだ、って。」
「みんな、お酒好きだもんね。」
「でも、張り切っちゃって、変な衣装とか買ってこないといいんだけど……、」
「確か、去年のクリスマスはトナカイのコスプレしてたんだっけ。あれは意外だったよね。」
「何故か私まで巻き込まれちゃって、本当に大変だったんだから。」

 あの時の真弓ちゃん、すっごく可愛かったよね。もう、やめてよ。あの後、秋山さんから写真送られてきたもん。え?!なにそれ、私知らないよ!内緒ね、って秋山さんが。嘘でしょ、ちょっと携帯貸して。だめだよ、あれ気に入ってるんだから。なまえ。だーめ。
 ぷっ、とどちらかが吹くように笑えば、もう片方も同じように体を揺らして笑い出す。もう、あとでちゃんと消してよね。うーん、考えとく。と笑いも落ち着けば、また二人は忙しなく手元を動かす。


 忘年会を開くにあたり、会場は確保出来たが、それ以外のものは自分達で準備をしなければならず、それぞれ分担分けがされていた。まずは春日、辻でジュースやお茶、お菓子やつまみといった食料の買い出し。次に秋山、北村で酒の買い出し。真弓となまえは鍋の準備と食材の下ごしらえ担当である。ミツは手が離せない用事がある為、担当から外れてはいるが、こちらに来る時は何か手土産を持ってくると話していた。

 すると、不意になまえの携帯が鳴る。なんだろう?とタオルで手を拭き、テーブルに置き去りになっていた携帯の画面を見れば、秋山から『任務完了。もうすぐ着くよ』というメッセージが表示されていた。

「秋山さんからだ。」
「なんだって?」
「無事にお買い物が終わったみたい。もうすぐここに着くって。」
「そっか。じゃあ、どんどんやっておかないとね、」
「うん。……って、あれ?また秋山さんからメッセージが、」

 今度は何?と遂には真弓も手を拭き、なまえの真横にやって来ては同じ携帯画面を覗き見る。すると、更にメッセージが追加で表示されていく。『ごめん。ちょっと遅れるかも』、『春日さんと合流したから、一緒に向かうよ』、そして最後には、たくさんの袋を手にした春日と全く何も持たない辻の写真が送られてきた。その手に持っている袋はどれもぱんぱんに膨れ上がっており、白いビニール袋の中にはドン・キホーテの袋と思われる黄色いビニール袋もあった。
 なまえと真弓は顔を見合わせると、お菓子や飲み物を買いに行ったんだよね……?うん、その筈だけど……。と自分達の不安が的中してしまったことに苦笑する。

「……とりあえず、私達は準備進めちゃおうか。」
「そうだね。……うん、そうだね。」

 暗転する携帯を再びテーブルに置き去りにすると、二人は不安半分、好奇心半分を抱えて、まだ山盛りの野菜を一つずつ切り分けていった。



***



 なまえと真弓の準備が終わった頃、タイミングよく家のチャイムが鳴った。心当たりはある、きっと彼だ、いや、彼らだ。急いでキッチンを離れ、は〜い!と玄関ドアまで駆け寄り、ドアを開けると、そこには。


「よお、なんだかすげぇことになっちまってよ、」
「なまえちゃん、ただいま〜。」
「お疲れ様です、ボス!!!!!」

 両手にビニール袋をぶら下げた春日と手ぶらで身軽な辻。そして、辻の代わりに荷物を持っているのは部下である男達で、彼らは律儀に行儀正しく、辻の後ろで待機していた。更にその後ろから、……お待たせ。と秋山、まさか、こんなことになるとは……。と北村が顔を覗かせる。

「えっと、おかえりなさい。どうして、こんな大人数に……?」
「あ、いいよ、コイツらのことは気にしなくて。俺のお手伝いさんだからさ。」
「はい!ボスにこんな大荷物、持たせるなんてこと出来ませんから!!」
「は〜い、じゃ、それ、持ってっちゃって。」

 辻の号令の通り、部下である男達はなまえの家へ上がると、お邪魔します!と挨拶を忘れることなく、手にした袋を運んで行く。それに驚いた声が聞こえた後、真弓も玄関先にやって来ては、どうしてこうなったのかを春日に訊ねた。
 春日の話によると、最初は適当な店で揃えてしまおうとしていたのだが、最初に立ち寄った商店で貰った福引券で一等のビール券が当たってしまい、それならついでに酒も買っちゃおーよ、という辻の提案に乗って、買えるだけの酒を買い込んだそうだ。

「そ、春日サン凄いよね〜、ホントに一回で当てちゃうんだからさ〜。」
「すげえって思うんなら、ちったぁ手伝えっての。」
「だから、俺んとこのヤツ呼んだんじゃん。っていうか、俺と春日サンだけじゃ、運び切れないでしょ。」
「まあな。辻、アイツらにも酒何本かやってくれ。ここまで手伝ってくれたお駄賃だ。」
「っていうか、あの袋の中身、全部お酒なの!?」
「まあ、いいじゃねぇか、真弓。ちゃんとなまえと真弓の分もあるからよ。」
「春日さん達が酔っ払って困るのは、私達なんだからね。いい?飲み過ぎない、暴れない、迷惑かけない。わかった?」

 任せとけって、なあ?辻。そーそー、酒は飲んでも飲まれるな、ってね。本当にわかってるの……?と真弓は不安さを溜め息として吐き出す。その間に袋を全て運び終えた男達へ、なまえは適当な袋を一つ手に取り、どうぞ、と差し出した。男達は辻を見やり、次を待っている。はい、アリガトーは〜?と口にした辻に許されたのだと知ると、太い声のありがとうございます!が夕暮れ空に響いた。そして、事を終えた男達に、解散、おつかれ〜。と告げれば、お疲れ様です!と言い残して、彼らはその場を後にした。人が少なくなったところで、春日達にすっかり忘れ去られていた人物が二名ほど。


「ちょっと、ちょっと。みんな、俺たちのこと、忘れてない?」
「全くだ。だが、あの人数では正直、我々に気付かなくても、無理はない。」
「お、なんだ、北村いたのか。」
「ついさっき合流しただろう!」
「いや〜、ま、なんつうか、辻の取り巻きが賑やかでよ、」
「……わかった、もういい。それ以上言うな。」

 春日や辻、そして秋山と北村。皆、各々の買い出しを済ませて戻って来た四人になまえと真弓は、お疲れ様。と声を掛け、全員を部屋へと上げた。冷えた体の男四人の背中を見ながら、女二人は微かに笑みを浮かべていた。

「ったく、本当にみんなったら……、」
「ふふ、やっぱりみんなで集まるの、楽しいね。」
「そうね。みんななりに頑張って買い出し行ってくれたんだし、美味しい鍋作ってあげなきゃね。」
「そうだね。……あ、真弓ちゃんはお酒飲むの?」
「どうしようかな……、なまえは?」
「私?私は……、」

 飲んじゃおっかな、と答えれば、真弓も同じ顔をしており、じゃあ、私も付き合う。と勝気な笑みでこちらを見た。たまにはいいよね、と話しながら、先に上がった男達に続いて、二人も部屋へと戻って行った。