ぐつぐつと目の前で煮込まれている大ぶりに切られた白菜や椎茸、長ネギに豆腐、一口大のつくねや白身魚の切り身などが煮立つ鍋つゆに揺れている。鍋は大きいのが二つ、カセットコンロも二つ、器は七つ、その内出払っているのは六つ。湯気と共に食欲をそそる匂いが部屋の中を漂う。


 あの後、なまえと真弓は早速、鍋の用意をしにキッチンへ立った。春日と辻、秋山と北村は自分達が買ってきた品物の確認をしていた。まずは春日達が最初に寄った店の白いビニール袋には、なまえと真弓に頼まれたジュースや菓子類が買い込まれていた。ポテトチップスや煎餅、個包装になっているミニドーナツやバームクーヘンなどがある。そして次は春日が当てた商品券で購入したドン・キホーテの黄色い袋の中身を見れば、その殆どが見慣れた缶ビールと缶チューハイばかり。それに首を傾げたのは北村だった。

「なんだ、商品券を当てたと言う割には、ビールやチューハイばかりだな。」
「まあ、若ぇのもいるし、こういう時はビールとチューハイに限るだろ。それに秋山とお前が良い酒買いに行くだろうと見込んでな。」
「なるほど、それじゃあ春日さんの読みは当たってたってわけだ。」

 秋山が手にしていた紙袋から取り出して見せたのは、緑色の瓶だった。中にはたっぷりと揺れる無色透明があり、瓶に貼られたラベルを見れば、その瓶の中身が日本酒であることを知る。さらに紙袋の中身を少し覗かせ、まだあるのだと少年のような顔をして、これがまたうんまいんです。絶対、鍋に合いますよ。と囁いた。おお〜…!と男性陣の歓声が上がり、盛り上がりを見せる。

「しっかし、思った以上に買い込んじまったな。冷蔵庫に入るとは到底思えねぇぜ。」
「一体いくつ買ったんだ、春日も辻も加減を知らんのか。」
「だって、折角の一等だよ?ドーンと思い切って使った方がよくな〜い?」
「それにお前らも結構飲む口だろうが。真弓からも言われてたが、北村も秋山も辻も飲みすぎんじゃねぇぞ。」
「お前じゃ説得力がないが、そうだな、気をつけよう。しかし、春日。これはお前にも言えることだ。」
「はいはい、わかってるっての。」

 春日が袋の一つを手に取ると、ガラガラ、と何かが開く音がした。リビングにいる三人は一斉にその音のした方を見る。すると、辻がリビングの窓を開けて、それ、ちょーだい、と酒のたんまり詰まった袋を指差す。

「冷蔵庫が無理なら、入れないで出せばいいってコト。」
「おお!辻、冴えてるじゃねぇか!よし、秋山も北村もこれ全部ベランダに出すぞ!」
「まあね、俺意外とキレ者だからさ〜、」
「ほら、お前もそこに突っ立ってねぇで手伝え、キレ者なんだろ?」
「え〜、力仕事は俺の担当じゃないんだけど、」

 何言ってんだ、ちったぁ運べ。春日サンと秋山サン、北村サンがいれば、すぐ終わるでしょ。と窓際の攻防戦を繰り広げる。開けっ放しの窓から入り込んでくる冷ややかな風に気付いたのは真弓で、ちょっと寒いから窓閉めて。と賑やかになっているのをなまえはキッチンから眺め、今自分が手に掛けている鍋が出来上がるのを待った。真弓の言う通り、確かに外の風は冷たい。



***



 鍋から暖かな湯気が立ち上り、手狭な部屋の床に腰掛け、手元にはベランダで冷やした冷えたビール缶が今か今かとその時を待っている。箸も取り皿も人数分、まだ顔を見せてくれない彼の分はしまっておくとして、誰もが皆目配せ合う部屋の中で声を上げたのは。

「え〜、まあ、その、なんつうか。今年は色々あった年だったよな。正月には照の人助けの手伝い、雅の護衛だとか、連続爆破事件なんつうのもあったな。古牧のじいさんにも何かと稽古つけてもらったりよ。ミドリが神室町にやってきたり、カムロップが街で暴れてたり……ってのはいつものことか。」

 誰もがわくわくとした瞳で、時折笑みを零しながら、春日の話に耳を傾ける。嬉しいような照れ臭いような顔で、へへ、と笑いながら、春日は先を口にする。

「そんで、夏には和泉んとこで夏祭りもあったな。やっぱり祭りにゃあ褌と法被、そんでもって山車に神輿がねぇと始まらねぇよなぁ!なあ、ミツ……って、まだ来てねぇんだっけか。……ええと、それから真弓と真琴にはゆっくり羽を伸ばしてもらった訳だけどよ、来年の夏には全員で海に行きてぇよな。」

 すると、突然、来客の知らせが部屋中に鳴り響き、なまえは席を立つ。薄暗い玄関に灯りをつけて、扉を開けば、すんません、もう始まってますよね?と息を荒らげたミツの姿があった。ううん、今から、と部屋に上げると、こちらをリビングから覗いていた春日や秋山の顔が明るく綻ぶ。丁度、お前の話をしてたところだ、と北村の隣に腰を下ろし、ええ?変な話じゃないっすよね?と春日を見た。

「ミツが神輿担いでたの、盛り上がったよなって話だ。……本当に、本当に色んなことがあった一年だったな。今年はお前らと一緒にやれて楽しかったぜ。だから、また来年もよろしく頼む。」

 一年という歳月を長く感じるか、短く感じるかは人それぞれであるが、この場にいる誰もが思っていた。この一年、たくさんの出来事があり、時には苦しく、時には辛く、時には喜びを分かち合うようなことばかりだった。一人じゃなく、大切な仲間と一緒に。仲間の大切さ、ありがたさ、頼もしさ、何もかもを学んだ一年でもあった。だからこそ、来年も皆で様々な出来事に立ち向かっていこうと、春日は盛り上がる声音を抑えつつ、真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐに、仲間一人一人の目を見て、語り掛ける。その口元に浮かべるはカッコつけたがりな笑み。


「俺にはお前らが必要だ。そんで、きっとお前らも俺が必要だ。俺達全員で来年もぶっ飛ばして行けるよう、今日は飲むぞ!食うぞ!今年一年、お疲れさん!!」

 乾杯!と春日がビール缶のプルタブを引っ張れば、皆も続いてプルタブに指を掛け、自分の両隣、更にはその隣と缶をぶつけて乾杯と口にする。そして、煮立った鍋に手を付けるよりも先に冷たいビールを喉奥へと流し込んだ。喉を駆ける炭酸の爽快感とビール特有の苦味がどうしてか、いつもより美味い。その込み上げる爽快感を我慢出来ず、気持ち良さそうに声を上げる者や、お疲れ様とそのまま話に持ち込む者もいれば、控えめに流し込んだ後で早速、お玉に手を伸ばす者もいる。
 こうして、第一回春日一味忘年会は幕を開ける。



「なまえちゃん、俺のちょーだい、」
「え〜。辻くん、自分でやってよ、」
「そうだぞ、辻。みょうじにばかり甘えるんじゃない。」
「じゃあ、北村サンでもいいよ〜、」
「そういうことじゃないだろう。ったく、ほら貸せ。」
「じゃ、じゃあ、私の分も、」
「みょうじもか。まあ、しかし、鍋の用意をしてくれたんだ、いいだろう。ほら、皿を。」
「あれ?北村サン、なんか優しくない?」
「しーっ!辻くん、変なこと言わない!」
「お前ら……、」

 なまえと辻は北村に自分の取り皿を預けると、北村は世話が焼けると言いたそうな顔で、野菜、肉、魚とバランス良く取り分け、最後に鍋つゆを注いでいる。


「ベランダで冷やしたビールも美味いですね、」
「そういや、秋山が買ってきた日本酒はどうした?」
「ああ、アレですか。春日さん、もしかして早く飲みたくてうずうずしてます?」
「まあな。お前が買ってくるくらいの酒だ。絶対うまいだろ?」
「ええ、勿論。どうしましょう、もう開けちゃいますか?」
「いや、まだビールでいいな。うめぇ酒は後にとっとこうや。」
「そうですね。じゃあ、俺は鍋でもつついてますよ。」
「俺はこれ飲んだらにすっかな。」

 酒が美味いと水のように流し込む春日と秋山も、真剣な、けれどどこか気の抜けたような表情で、野菜や魚を口に運び、中身のたっぷり残ったアルミ缶を傾ける。温かさと冷たさを交互に楽しみ、二人によって次々とアルミ缶は開封されていく。


「うわ……!美味いっすね、これ……!」
「本当だ、すっごく美味しい。」

 鍋つゆを啜るのは真弓、魚の身をほぐし、味の染みた野菜と一緒に口に運んだのはミツ。体に染み渡る温かさと優しげな味、はふはふと食べ進めては美味しいと繰り返す。その頬はほんのりと赤く、瞳には小さな星が浮かび、キラキラと輝いている。鍋、鍋、少し間を置いてビール、鍋、鍋、と二人はどうにも箸が止まらないようで、膨らんだ頬のままでいることが多かった。

「そっちのお二人さんはよく食うな、」
「兄貴もいつまでも飲んでないで食べた方がいいっすよ。」
「ああ?マジかよ、そんなにうめぇのか。」
「それにここには野郎がたくさんいるんです。すぐになくなっちまいますって、」
「おい、秋山。お前が終わったら、次俺な、」
「はいはい、分かりましたよ。」

「真弓ちゃん、いい食べっぷりじゃん、」
「だって、すごく美味しいから。て言うか、みんなもどんどん食べないと、」
「確かに〜。こんだけ人居たらすぐにカラッポになりそうだし、」
「あれ、そう言えばお皿はどうしたの、」
「皿?ああ、今は北村サンとこ。なんか今日の北村サン、優しくてさ、」
「辻、お前はいい加減自分で取れ。」


 各々が自由に、好きにくつろいでいる部屋の中は、凍える冬を忘れさせ、暖かに、賑やかに、同じ時間が流れていく。二つも用意して作った大盛りの鍋も着々と減っていき、皆の胃袋を温めてくれる。心地よく回る適度なアルコールがいつもより陽気な気分にさせてくれる。
 春日と秋山はいつの間にか日本酒を開けては、くーッ!と嬉しい悲鳴を上げた。なまえと真弓はチューハイ片手に、今から甘いもの食べるかどうかの会議をしており、北村と辻、ミツも同様に酒を手にしては、少しだけ苦労話に花を咲かせていた。辻は軽く相槌を打ち、北村は苦労を口にする度に酒のペースが早くなり、ミツは互いの酒の残りを気にしつつ、次は日本酒だろうか、そうだ、日本酒がいい、と考えている。


「悪くねぇな、忘年会。」
「ええ、仲間内で集まって楽しく飯食って……。俺もこういうの、嫌いじゃないんですよ。」
「秋山がいると良い酒も飲めるからな。」
「任せといてください。俺にかかれば、神室町で美味い日本酒もワインもウイスキーも持って来れますから。」
「……本当にすげぇよな、お前。」
「春日サ〜ン、助けて〜、」
「あ、兄貴……!ヘルプっす!」
「なんだよ、……って、なんでまた北村泣いてんだ。」
「気付いたら話が盛り上がって、それでおかわり欲しいって言うから、お酒あげてたら泣き出しちゃってさ、」
「……辻、北村は泣き上戸だぞ。そんなバンバン飲ませんじゃねぇっての、」
「へぇ〜、意外〜、」
「ちょ、ちょっと、兄貴なんとかしてくださいよ……!」
「へへへ、実は俺もそれ去年のクリスマスにやってんだわ、」
「だから、なんすか〜〜!」
「うっうっ……、こうして全員で忘年会が出来て、俺は……、俺は……!お前達と一緒にやってこれて、本当によかったと思っているんだっ……!うう……、」
「なんかクリスマスの時よりも絡み方が酷くねぇか?」
「え〜まじ〜?じゃ、あとよろしく〜、」
「あ、おいコラ、辻逃げんな!」
「本当に俺は〜〜〜っ!!」
「わかった!わかったから、落ち着け!北村!」

 日本酒の揺れるコップを傾けて秋山は、春日、ミツが北村に強引にも肩を組まれている暑苦しい図を見ていた。はは、と漏れた笑みにつられて、なまえと真弓も笑顔になった。なまえ、ほっとこ。巻き込まれたら面倒だから。と真弓の言葉に笑みの余韻が残ったまま、うん、と頷いた。

「やっぱり、こういう馬鹿がなくちゃ。」
「俺も楽しいのは嫌いじゃないしね、」
「辻くんは止めなくていいのかい?」
「俺は男より女の子と絡みたいな〜、」
「それは同感だね。ってわけで、なまえちゃん、真弓ちゃん。俺らと楽しくおしゃべりでもしようか。」
「ふふ、喜んで。ね、真弓ちゃん、」
「しょうがないなぁ、」

 おっ、じゃあ、王様ゲームじゃん、と言い出した辻に、だめ。ときっぱり言い放つ真弓。ちぇっ、と残念そうに呟いた辻のへらへらした表情は曇る気配はなく、俺はアリだと思うな、と一言添えた秋山に、それはまた今度、となまえの一言がトドメを刺す。
 こうして、春日一味の忘年会はまだまだ盛り上がっていくのだった。