べろんべろんになった北村を連れて春日達はなまえの家を後にした。しかし、真弓だけは後片付けがあるから、と一人なまえ宅に残っていた。そして、今は二人きりの女子会の最中である。
「なまえ、今年も本当にお疲れ様」
「うん、真弓ちゃんも」
「やっぱりこう言う時じゃないと、一緒にゆっくり過ごせないし」
「今は落ち着いてるんだよね?」
「だから、春日さんも忘年会やりたかったんじゃないかな」
二人きり、間を挟むテーブルには余りの缶チューハイが二本とお菓子がいくつか置いてあるだけで、二人はおしゃべりを楽しんでいた。実は忘年会の後に女子会を開こうと誘ったのは真弓の方だった。誰にも言わないように秘密にしていたのは、混ざりたがる人物が何人かいると予想してだ。今夜は思う存分、気兼ねなくおしゃべりがしたい。
「じゃあ、一応やっときますか」
「そうだね。じゃあ、なまえよろしく」
「今年一年、よく頑張った!かんぱ〜い!」
「ふふ、乾杯」
それぞれ手にした缶チューハイをこつんと押し当て、二人は缶を傾ける。こうして、二人だけの女子会が密やかに始まったのである。
「今日のお鍋、すっごく美味しかったよね」
「真弓ちゃん、ずっと白菜食べてなかった?」
「だ、だって、染みてて美味しかったから」
「白菜おいしかった!私は椎茸が美味しかったなあ」
「どれも外せないからね。春日さん達はどっちかって言うと飲んでばっかりだったけど」
「みんな、お酒強いって知らなかった。辻くんがたくさん持ってきてくれたのに、少ししか残らなかったし」
北村さん以外はね。うん、ふふっ。クリスマスの時もあんな感じ。泣き上戸で絡むタイプだとは思わなかったな。やっぱりそう思うよね。
女子だけの内緒話は気が楽だと言わんばかりに、二人の口数は増えていく。普段、春日達と一緒にいて気が重いという訳ではない。ただ同性、特に親しい関係の子とするおしゃべりは特別なのだ。先にテーブルのお菓子を取ったのはなまえだった。
「初詣は和泉さんのとこかな?」
「うん、そうかも。ちゃんと挨拶しておきたいし」
「年末年始はいつも忙しそうだもんね。何か差し入れでも持っていこうよ」
「えっと、和泉さんって何が好きだっけ」
「確か、ちょっと前にね……」
なまえが少し前に和泉と和菓子で盛り上がったと話し、真弓は携帯を取り出し、『おいしい 和菓子』で検索をかける。饅頭、もなか、団子に大福、煎餅や羊羹と和菓子では外すことの出来ない選択肢が検索結果として絞り出された。あれが良い、これが良い、どれも美味しそうと二人は同じ画面を共有しながら手元のチューハイを傾けている。
「なまえとこうしてのんびり出来るの、本当に久しぶりだよね」
「うん、しかも今日はお泊まりだしさ。へへ、楽しいね」
「あ、見て。これ、美味しそう」
「神室町は美味しいものが多いから悩むね」
「うん。ちょっと歩いたら、美味しいご飯屋さんたくさん出てくるし」
ね、今度ご飯行こうよ。なに、突然。いいけど。あのね、結構前だけど真弓ちゃんが行きたいって言ってたとこ、行こうよ。……覚えてたの?うん、ずっと手帳に書き留めておいてさ。
なまえの行動が意外だったと言うように真弓は目を丸くしていたが、その後のなまえの理由につい破顔してしまう。
「……だって、たまには真弓ちゃんと一緒に居たいんだもん」
「なにそれ、」
「ずっと春日さん達と一緒でしょ?だから、良いなって」
「意外。なまえって、そんな嬉しいこと言ってくれる子だったっけ」
「ち、違うよ。別に、そういうのじゃ、」
「じゃあ、行こうよ。なまえがずっと覚えててくれたんだし、私も行きたい」
うん。と頷いたなまえの頬がなんとなく赤いような気がして、真弓は何かを誤魔化すようにチューハイ缶を傾けた。あんまりにも今日が楽しかったからだろうか。素直な言葉や感情がぼろぼろと溢れ出てしまう。しかし、それでも真弓もなまえに対して聞いておきたいことがあった。今、この話題だからこそ、もしかしたら聞けるのかもしれないと。
「ねえ、」
「なに?」
「なまえはさ、行きたいところないの」
「わたし?私は、」
「私だってなまえに付き合ってもらうばっかじゃ申し訳ないし、私もなまえの行きたいところに付き合いたいって言うか」
ほ、ほんと……?!となまえは子供のように嬉しそうな顔で身を乗り出してきた。確かになまえが言っていた通り、近江との因縁が始まってからは祖母のことや店のこと、なまえのことも後回しにしてしまっていた。共に戦う仲間である春日達とは様々な経験を積み、様々な局面で危機を脱し、互いの呼吸が読めるほどの仲になった。しかし、彼女とはどうだろうか。付き合いは彼女の方が長いのに、なまえの今行きたい場所や食べたいもの、何を考えているかまで読めなくなっていた。
彼女は、なまえは真弓にとってかけがえの無い友人だ。近江との戦いが始まると分かった頃には、事情を説明し、距離を置くことを話しておくほどに。理由は彼女をこの戦いに巻き込みたくなかった。彼女もきっとそれを望んではいない。だからこそ、距離を置くことを選び、彼女に近江の手が行かないように注意し続けていた。それが今、落ち着いた状況にある。ならば、すぐ隣にある彼女の手を取ってしまっても許されるような気がして。
「あのね、最近気になってるショップがあって」
「へえ、どんな?」
「結構、かわいいデザインの洋服が置いてあるんだ」
「いいじゃない」
「だから、真弓ちゃんと一緒にショッピングしたい」
「なまえ、優柔不断だから時間かかりそうだしね」
「そこは真弓ちゃんに聞くから、ちゃんと似合ってるの教えてね」
私の目は厳しいよ?だから、真弓ちゃんがいいんじゃない。ふふ、前に決めてあげたやつもお気に入りだもんね。うん、あれ本当にかわいいんだもん。
気付けば、手元に置いてあったはずのお菓子は空になっており、個包装の袋だけが残されている。最後のひとつに手を伸ばしたのは同時だった。少女漫画ならば、恋のきっかけになるような場面で、二人は数秒ほど見つめ合い、どちらともなく吹き出すように笑うのだった。
「いいよ、なまえ食べなよ」
「ううん、真弓ちゃん食べて」
「なんかこれじゃあ、私たち食いしん坊みたい」
「そんなことないでしょ。だって、お菓子だよ」
「じゃあさ、」
真弓が最後の一つを開けると、半分こ。と二つに割ったそれをなまえの口元にそっと押し寄せた。驚きを隠せなかった口元は、やがてその半分を啄み、近くの指先からそれを攫っていった。もぐ、となまえの片頬が僅かに膨らみ、残った半分は自分の口の中へ。おいしい、先程まで食べていたものより、そうだと感じるのは何故だろうか。
「もう、なくなっちゃったね」
「そうだね、どうしよっか」
「どうせ暇だし、ちょっと外出ない?」
「いいよ。行こっか」
二人は手元の寂しさも相まって、暖かな上着を羽織り、部屋を出た。肌を刺す寒さはより鋭さを増しており、既に部屋の温かさが恋しくなる。行き先を訊ねれば、近くのコンビニだと打ち明けたなまえの頭に白い何かが降り積もる。真弓はすかさず指先で白い何かに触れると、人肌の温かさで溶けていくそれを雪だと気付いた。
「雪だ」
「雪?」
真っ暗な空を見上げる。髪や肌に小さく積もっていく真白がくすぐったくて、気持ちがいい。しばらくはこの雪と戯れようかと考えていたのだが、徐々に量が増え、くすぐったいと形容しがたいほど降り始めた冷たさに、二人はもしかしてと顔を見合わせる。
「これから、強くなる感じ……かな?」
「私たち、コンビニに行きたかったんだよね?」
「遊んでる場合じゃないよ!真弓ちゃん……!」
「それは私のセリフ……!なまえ、急ごう!」
きゃあきゃあと遅い時間であることを忘れてはしゃぐ二人はしっかりと手を繋ぎ、近くのコンビニ目指して走り始めた。その間にも雪はしんしんと降り積もり、コンビニを出る頃の二人を足止めさせるのだった。持って来ていない傘を買いになまえと真弓は踵を返すことになる。