桐生一馬は今、神室町のピンク通りにあるキャバクラ『SHINE』を訪れていた。今夜、この時間帯に桐生を呼び出す旨のメールが真島組の西田から届いたのだ。以前にも似たような連絡を貰い、ここを訪ねた際には、真島扮するゴロ美というキャバ嬢に付き合わされた。今回も正直、嫌な予感がしている桐生はため息混じりに店内へと入っていった。
店に入ってすぐボーイの一人に声を掛けられ、手短に名乗れば、ああ、桐生様ですね。お話は伺っております。とすんなりフロアへと通してくれた。手際がいい、これもやはり真島吾朗が一枚噛んでいるからだろうか。疑わしい面持ちで通されたテーブル席につけば、キャストと思われる女性が話しかけて来た。疑いの眼差しをそのまま向けると、桐生は驚きに目を丸くした。そこに立っていたのは、予想していた筈のゴロ美ではなく、どこか顔に見覚えがある、そんな女性だった。
「なまえです。今夜はよろしくお願いします」
キャストが口にした名前に心当たりがある。知り合いに一人、同じ名前の女性がいるが、たまたまということも有り得る。首傾げに自分を見る視線に耐えられなくなったのか、キャストは桐生の隣に腰掛けると、どこか気恥かしそうな顔で桐生を見た。
「……ふふ、桐生さん。私ですよ、わたし」
「やっぱりか。しかし、何でなまえがこんな所にいるんだ」
「ちょっと訳ありで、体験入店と言いますか……」
「訳あり?」
ええ、あまりお話は出来ないんですけど。と困ったように笑うなまえが普段とは違って見え、話せない理由を無理に聞こうとは思わなかった。予想を裏切られたものの、相手がなまえなら、と桐生は早速メニューを手に取った。
「店に来たなら、何か頼まないとな」
「何にします?」
「そうだな……、なまえは酒大丈夫なのか?」
「ええ、飲めますよ。でもあまり強くはないです」
「なら、まずはシャンパンなんてどうだ」
「シャンパンって結構高いお酒ですけど、桐生さん大丈夫ですか……?」
「ああ、心配するな。折角、いい女がついてくれてるんだ、高い酒飲みてぇじゃねぇか」
「桐生さん、慣れてるんですね」
そんなことはないさ。と上手くかわし、なまえが呼び止めたスタッフにシャンパンとフルーツの盛り合わせを頼むと、なまえはほっと胸を撫で下ろしているようだった。その様子からまだ慣れていないのが一目で分かる。なまえから感じられる初々しさに、今日の嫌な予感は何だったのだろうと首を傾げる。
場所が場所なだけに敏感になり過ぎていたのかもしれない。気にしすぎもあまり良くないな、と桐生は気を取り直し、なまえとの時間を楽しもうとしたその時。桐生となまえのテーブルに近寄る人物がいた。突き刺さるような目に痛いピンクのドレスを着た、明るい色味の金髪をポニーテールにしたキャストと思われる誰か。
「はぁ〜い!お待たせぇ〜!桐生ちゃん本命のゴロ美とシャンパンやでぇ〜〜〜!」
ゴロ美と名乗るキャストはズカズカと大股でテーブルにつくと、何故かなまえと桐生の間に腰を落ち着け、手にしていたシャンパンの瓶を二つテーブルに並べた。桐生は嫌な予感が的中してしまったと言いたげな険しい顔をして、隣に座っているゴロ美から目を離せない。なまえはゴロ美の隣で苦笑しており、今日の体験入店の理由を悟った。ゴロ美……、真島が遂になまえを巻き込んで自身をつけ狙っていると知ると、先程までの和やかなムードは一転して、どんよりと重たい空気に変わる。
「……おい、なんでまたゴロ美がいるんだ」
「なんやの〜!桐生ちゃん、早速ウチに興味津々やないか」
「俺はてっきりなまえと飲めると思ってたんだがな、」
「あかんで、桐生ちゃん!確かになまえちゃんはイチオシの子やが、行き過ぎた感情でなまえちゃんと接するのはアウトや」
「行き過ぎた感情……?」
「せや。仕事とは言え、中にはキャバ嬢に本気で惚れ込む客っちゅうのもおる。まァ、こういう仕事にはつきものやから、しゃあないけどな、」
それでも、あかんモンはあかん。せやから、俺……ウチが桐生ちゃんから、なまえちゃんを守らな。とゴロ美は自分の腕をなまえの臀部に絡ませると、ぐいっと自分の方へと引き寄せた。
「ゴロ美の方こそ、なまえに行き過ぎた感情があるんじゃねぇのか」
「なんや、桐生ちゃん。ウチがなまえちゃんとくっついとんのが、そないに羨ましいんか?あ?」
「ゴロ美のそれは、行き過ぎた感情とやらじゃないのか」
「ちゃうなァ、これは女同士のスキンシップや」
女同士の……?と深く眉間に皺が寄る。ゴロ美という別人になり切ってはいても、中身はあの真島吾朗だ。女同士だと堂々と口にする真島の主張に桐生は納得がいかなかった。
「いや、それは違うだろう」
「あ、あの、二人とも……!桐生さんも、真島さんも落ち着いてください……!」
「せやで!お行儀がなっとらんなァ、今の桐生ちゃんは。文句があるなら、ここいらでイッパツ喧嘩でもして、白黒ハッキリさせた方がええなァ?」
「そのつもりはねえ、」
あァ?と喧嘩を買わない桐生にゴロ美が面食らっているのもお構い無しで、桐生は席を立つとなまえの隣に座り直した。今度はゴロ美の眉間に深く皺が寄る。桐生はなまえにもう少しそっちに動けないかと話を進めている。
「まじまさ……、ゴロ美さん、そっちに動けます……?」
「桐生ちゃんも考えたのぉ、」
「俺はこの席なら文句はない。ゴロ美との喧嘩もする必要はないってことだ」
「ええやろ、席詰めたろやないか」
「……あの、私が真ん中でいいんでしょうか、」
本来ならば両手に花、桐生を中心としてその左右になまえとゴロ美がつくのが一般的だが、初手からなまえと桐生の間にゴロ美が入り、それに不満を持った桐生がなまえの隣に座るという、実質『両手に花』状態になってしまった。
「ああ、俺はなまえが隣に居てくれるとありがたいんだかな、」
「ウチはなまえちゃんが桐生ちゃんに落とされんよう、傍におって注意せな。桐生ちゃんはこう見えて、遊び慣れとるからのぉ」
「……わ、わかりました。あの、お手柔らかにお願いします」
「フッ、これじゃあどっちが客かわからねぇな」
「なまえちゃんはこないな所、慣れてへんからなァ」
ええか、行き過ぎた感情見せたら、どないなるか分かっとるやろな。ああ、俺は俺なりに客としてなまえとの時間を楽しませてもらうつもりだ。……ほぉ、ええ度胸やないか。フッ、アンタとはとことんやり合う仲らしい。
桐生とゴロ美のまるで喧嘩のように好戦的な視線がなまえの前をバチバチと飛び交う。龍と般若に挟まれたなまえに出来ることは、近くを通りかかったボーイにグラスを三人分貰えないかとお願いすることだけだった。