八神はこれまでの三日間、なまえに何があったのかをそれぞれに聞き上げ、再びあまねの元を訪れていた。そして、二人の話題に上がったのは、勿論なまえに起こるだろう『災い』についてだった。あまねがなまえを見た時、『男』の影が見えたのだそうだ。そして、その影のせいでなまえは何らかの被害を受けることになると。八神は東達から聞き上げた『男』にまつわる話を説明したが、あまね曰くそれはただのきっかけでしかないと言い切られてしまった。ナンパの男達や宅配業者になりすました男、キャッチとして声をかけてきた男。それら全てが『災い』のきっかけなのだと。
謎は余計に深まっていく。今まで見てきた中で『災い』が連続する人物などいなかったこともあり、八神は彼女と共に過ごす今日に何かがあるのではないかと推測している。
「あまねさんに会って来たんですね、八神さん」
「うん。あれから色々あったし、一応話しておこうと思って」
「私も明日会うんです。ご飯を食べに」
「もしかして、結構仲良い感じ?二人とも」
「良き相談相手です。あまねさんは」
まあ、確かに自分の身に降り掛かるものとか見てもらえるしな。と一人考え込んでいると、話の続きを待っているだろう彼女と目が合った。
「それで、どうでしたか」
「う〜ん、なんかあんまり手応えないっぽい」
「そうなんですか……?!」
「今までのは、きっかけだって言ってた」
「きっかけ、ってことはこれから何かが起こるということでしょうか」
「そうかもしれない。だから、今日は俺がなまえちゃんの周辺におかしなことがないか、見させて欲しい」
よろしくお願いします。と頷いた彼女は私服のロングコートに身を包んでいた。昨日までは依頼が入っていた為、業務をこなしてもらっていたが、あまねの言葉もあり、彼女だけ今日は臨時休業だ。そして、八神はと言うと、そんな彼女のプライベートに密着し、『災い』の根源を突き止めようとしている。彼女にとってはオフの日なのだが、八神にとってはいつもと変わりない平日だった。出来ることなら、探偵と依頼人のようなさっぱりとした関係でなく、親しい関係でこの街を歩きたかったのが本音だ。だが、こんな日に限って、神室町はやけにサービス的なのだ。まるで街を往来する二人を盛り上げるかのように。
今日のなまえの予定はあまり多くない。突然、休みを貰えたこともそうだが、ここ最近は季節特有の寒さも相まって外に出る機会が減っていた。しかし、街角はささやかなイルミネーションで彩られ、予定のなかった者や仕事人には優しくない。
「それじゃあ、まずどこ行こっか」
「えっと、実は行ってみたいところがあってですね」
「行ってみたいところ?」
「ああ、でも、八神さんを付き合わせる訳には……」
「いいよ、気にしないで。俺がいるからって変に気使わなくていいから」
「……それじゃ、あの」
なまえが楽しげに口にしたのは、最近神室町でオープンしたばかりのVRサロン パラダイスについてだった。そこでは神室町を舞台とした仮想空間ですごろくが体験出来るという斬新かつ最先端なレジャー施設だ。八神は既に一度体験したことがあると、なまえと共に劇場前広場を目指した。偶然にも彼女の希望を叶えるような形となり、内心嬉しく思っていた。
彼女は海藤や東と違い、昔からの知り合いではない。かと言って、杉浦のように利害関係が一致した、合理的でドライな仲でもない。彼女は探偵業を営む八神隆之の下で働く、一従業員でしかないのだ。元々は赤の他人であった彼女が良好な関係でいてくれることが単純に不思議で、嬉しかった。普通の相手で、普通の女の子。自分の周りにいるのは良い意味で普通ではない相手ばかり。だからこそ、余計に彼女を気にかけてしまうのだろう。
「なまえちゃんも結構チャレンジャーだよね」
「そ、そうですか?でも、VRってちょっと面白そうだし」
「だとしても、一人で行くにはハードル高くない?」
「そんなことないですよ。神室町には面白い場所や気になる場所がたくさんあるので、よく一人で行ったりします」
「へえ、」
「まあ、一緒に行ける人がいたら一緒に行きますけど、一人でも平気ですね」
じゃあ、次から声かけて。そしたら、今日みたいに付き合うよ。ふふ、ウチは閑古鳥が鳴いてますもんね。……ほんとさ、こんなに頑張ってるのになんで仕事増えないんだろ。
真面目な悩みなのだが、八神の深刻な表情にふと笑みがこぼれる。なまえはそんな八神を励ますように声をかけた。和気あいあいとした雰囲気のまま、二人は歩みを進めていった。
***
店についてすぐなまえは八神の手を取り、受付へと降りて行った。遊び方や注意事項など一通り説明を聞き、なまえはお試しプレイパスを、八神は手持ちのプレイパスを三枚手渡した。ダイキュー専用のVRゴーグルを装着すると、仮想空間である神室町へと誘われる。見慣れない空間に目を奪われていると、自分の足元が崩れ落ちていき、落下していくような感覚に恐怖と興奮を覚える。そして、次の瞬間には見慣れた神室町の街並みが辺り一面に広がっていた。しかしながら、足元にはすごろくのマス目を思わせるサークルがあり、どこか電脳世界を思わせる風景になまえは目を輝かせた。
すると、突然、真四角のからだに可愛い猫耳を生やした、ナビゲーター的キャラクターが現れた。キャラクターの名はころにゃんと言い、きゃぴきゃぴとはしゃぐようなモーションを交えながら、初心者であるなまえのサポートに回ってくれる。知り尽くし、見慣れた街で真新しい体験をしている。そう思うと、サイコロを回す手は中々止まらず、次に自分が止まるマスで何が起きるのかを考えただけでも楽しさで満たされていくようだった。
「なまえちゃん、遊んでみてどうだった?」
「と……っても楽しかったです!」
「それは良かった」
二人は無事にショートコースをクリアすると、店の外へと出ていた。中にはまだ別のコースをプレイしているだろう人々がおり、なまえはまた近々遊びに来るそうだ。それまでにプレイパスをいくつか集めなければならないと話していたが、その手間すら面倒に思わないのだろう。八神は自身の持っているプレイパスの枚数を確認したくなったが、今はぐっと堪え、彼女の話に耳を傾けていた。
「私、ハマっちゃったかもしれないです……!」
「そんだけ楽しそうにしてくれるなら、着いてきて正解だった」
「あのキャラクターの、ころにゃんもすごい可愛いですし」
「知ってる?ころにゃんがゲーセンのUFOキャッチャーの景品になってるって、スタッフの子が言ってたよ」
え?!ほんとですか!と今にもゲームセンターに行きたそうな顔でそわそわとしている彼女に、丁度劇場前広場に近いし、あそこのゲーセン行ってみよっか。と甘い誘惑を唱える。すると、間髪入れずに元気な返事が返ってきて、八神は読めていた展開であっても笑みを我慢することが出来なかった。
浮き足立っていた八神の携帯がぶるりと震えた。バイブレーション、何かを受信した時に反応する機能だ。なまえに一言入れ、携帯を取り出してみると、画面には牛遊宴の店主であるキムからのメッセージが表示されていた。打ち込まれた文章の中で『京浜同盟』の文字が見え、事態が急変していく。京浜同盟の人間が血眼になって探しているという内容に、八神は自分の置かれている状況を不利だと思った。彼らに一度でも目をつけられてしまえば、彼女も八神隆之への報復の為に巻き込まれてしまうだろう。それだけはあってはならないが、大勢で詰めかけてくる彼らを彼女を守りながらやり過ごせるだろうか。それは決して現実的ではない。
「ごめん!なまえちゃん、予定変更!」
「え?ああ、私は大丈夫ですけど、」
きょとんとした顔が次第に不安を帯びていく。何かあったんですか?と訊ねてきた彼女に嘘をつく理由はない。今、自分達が置かれている状況、これから起こりうるであろうことを手短に話せば、なまえは真っ青な顔で頷いた。
まずはここに居続けることへの危険を回避したいと、八神はなまえの手を取り、走り出した。なまえも辺りを警戒しながら、人混みを八神と共にかき分けていく。だが、そんな慌ただしい二人は悪い意味で目立っていた。数の多い相手からすれば、目立った二人を見つけるのは容易いことだった。矢のように飛んでくる怒声に、八神が先に勘づく。
それからは二人の苦しい逃走劇が始まった。とにかく目についた角を曲がり、街のあちこちを縦横無尽に駆け抜け────、られたなら良かった。先に限界が近付いていたのは彼女で、八神もこれ以上連れ回せないと判断する。現在地は泰平通りのミレニアムタワー前。体力が尽きかけている彼女を励ましながら、天下一通り裏にある第三公園を目指す。第三公園には路地裏に通じる箇所があり、そこに姿を隠せればしつこい追っ手から逃れられるだろうと考えた。幸い、その路地も入り組んだところにある為、そう簡単には見つけられない筈だ。
なまえの息の上がった様子が心苦しいが、何とか辿り着いた第三公園の一番低いフェンスの前で立ち止まる。ビニールシートが掛けられたその先が目的地である路地裏だ。八神は自分が先に行き、後から来るなまえを受け止めると説明し、フェンスの向こう側へと飛び込む。そして、すぐさま合図を出すとなまえが慣れないながらも懸命にフェンスを乗り越えようとした瞬間、付近から怒鳴り声が聞こえてきた。この短時間で何度も耳にしてきた大勢の声に、なまえは慌てて乗り越えてしまった。まともな着地は不可能な姿勢だったが、八神は言葉通りになまえを受け止め、腕の中の彼女の無事を問う。
「なまえちゃん、大丈夫か……!?」
「は、はい……!八神さんは、」
物音や話し声を聞かれる訳にはいかないと、八神は彼女の口元に比較的優しく手を押し当てた。なまえも八神のとった行動に抵抗せず、ただ黙って大人しくその懐に収まっては、早く事が過ぎ去るのを待っていた。付近から物騒な声が聞こえなくなってから、ようやく二人は緊張から解き放たれたように話し始めた。
「な、何だったんです、あの人達は」
「実は俺、面倒な奴らに目つけられててさ……」
「いつもこんな感じなんですか……?」
「いつもと言えば、いつもなんだけど、今回みたいなのは稀かな」
「どうにかならないんでしょうか」
「今は、どうにかする為に踏ん張ってるってとこかな」
ごめんね。怖い目に遭わせちゃって。と八神の言葉になまえは首を横に振った。巻き込まれた立場だと言うのに、表情のどこにも一片の曇りはない。大丈夫です、私のことは気にしないでください。と笑いかけた。笑いかけたところで、二人はふと気付く。互いの距離がいつも以上に近いということに。急いで二人はその場に立ち、上手く適切な距離まで離れると、どこか気恥ずかしそうに互いを見た。
「えっと、もう大丈夫なら一緒に帰りませんか」
「そうだね、送るよ」
なまえのことは天下一通りに停まっているタクシーまで送るとして、八神は密かに頭を抱えていた。今日は本当なら、彼女の周辺を観察させてもらうつもりだった。しかし、よりにもよってあの京浜同盟に邪魔をされるとは。今回のこのトラブルが自身によるものなのか、彼女の『災い』も少なからず影響しているのか。それを見極めるのは困難だと、苦笑した。
「あの、」
「なに?」
「もし、私でも何か力になれることがあれば、言ってくださいね」
「え?」
「今回の件で、私も八神さんのこと見て見ぬふりなんて出来ませんから」
「わかった、その時はお願いするよ」
「はい……!」
未だに気恥ずかしそうな顔で彼女がそう言ってくれるものだから、八神は気を引き締めずにはいられなかった。彼女に頼りない姿は見せられないと、そう思ってしまった。今はそんなことを考えている余裕はないのに、彼女の傍に居ると不思議とそのように振舞ってしまう。ただいい格好がしたいだけなのか、それとも ────。
その後、無事に天下一通りに停車しているタクシーに彼女を乗せると、またね。と手を振り、タクシーが見えなくなるまで見送っていた。まるで同じ休日を過ごしていたかのような一日だった。知りたかった『災い』については結局何も分からず終いだったが、明日なまえがあまねに会ってどう言われたかを聞いてからまた考えようと思った。
帰り際、事務所近くのゲームセンターに人知れず立ち寄ったが、UFOキャッチャーで遊べるのは劇場前広場にある店だけだと思い出し、急遽行き先を変更したのだった。