あまねへの相談を終えたなまえは事務所へと戻るべく、千両通りを北に行っていると、赤いワンピースを着た人物を見かけた。ワンピースという可愛らしい服に身を包んでいながら、その体格は恵体そのもので、メリハリのついたメイクをした人物は亜天使のママだった。なまえは小走りで駆け寄り、声をかけた。

「ママさん、こんにちは」
「あら、なまえちゃんじゃない。どうしたの?」
「ママさんの姿が見えたので、つい」
「やだ、可愛いこと言っちゃって」
「もしかして、お買い物の帰りですか?」
「そうなの。季節っぽいもの飾りたくなっちゃって」
「そうなんですね。あ、私手伝いますよ」
「いい?ありがとね、助かるわ」

 亜天使のママの手にはいくつものビニール袋がぶら下がっており、なまえは片方のそれを受け取ると一緒にチャンピオン街にある店を目指して歩き出した。最近どう?から始まり、またいつでも恋愛相談のるからね。と実はなまえが何かとお世話になっているような話まで飛び出し、二人賑やかにチャンピオン街の門を潜って行った。
 店に到着してみれば、既に客である一人の男がカウンターの奥の席に座っていた。しかしながら、グラスは二つ置いてあり、まるでさっきまで隣に誰かがいたような雰囲気だった。なまえは一人で酒を嗜む男と不意に目が合い、咄嗟に俯いた。どきりとした。男は亜天使のママに、やっと戻ってきたのかと話しかけている。

「ごめんなさいね。あら、そう言えば亮ちゃんに勝負を挑んでたお客さんは?」
「ああ、アイツなら俺の強さに降参して帰って行ったよ。金もしっかりもらってある」
「本当に亮ちゃんはお酒強いんだから」
「ところで、隣にいるのは誰だ?新しい子か?」

 その男は赤いジャケットを身につけていた。なまえは端正な顔立ちでありながら、どこか攻めたファッションの男と目が合ってから、そわそわとしていた。自分の周りにはジャケットの彼のように、目を奪われるような人物がいる。所長である八神を始め、先輩である海藤、まるで兄のような東、後輩的立ち位置の杉浦。先程の相談事で過敏になっていたのだ。見知らぬ異性に対して少しだけ緊張感を抱いてしまう。

「この子はなまえちゃん。探偵事務所で事務やってる子」
「へえ、探偵事務所で」
「アタシが重い荷物を持ってるからって、手伝ってくれたの」
「よろしくお願いします」
「須崎だ。よくここで飲んでる」

 それじゃあ、ここまででいいから座っててくれる?とママに促され、カウンターの空いている席に腰掛けた。須崎と名乗った男の隣だったこともあり、なまえは自分から話しかけてみることにした。ママの知り合いなら、トラブルに巻き込まれることは無いだろう。

「須崎さんは、お酒強い方なんですよね?」
「ああ。俺に勝負を挑んたヤツは皆、奢って帰る運命さ」
「あ、チャンピオン街の飲み屋で勝負を持ちかけてくる、酒に強い人って噂……。もしかして須崎さんのことですか?」
「フッ、そうだろうな。そうか、そんな噂になってんのか」

 どこか誇らしげに微笑む須崎になまえは噂の人物が意外と気さくな人物だと知り、つられて微笑む。抱いていた緊張感が溶けていくのを感じていた。

「ウチの所長もお酒強いんですよ」
「この俺に勝てるくらいか?」
「それは、どうでしょう。分かりません、ふふ」
「俺は今まで何人ものヤツに勝負を挑まれたが、俺の相棒を除いて完全無敗を貫いてる。だから、生半可なヤツじゃ相手にならねえ」
「だったら、大丈夫ですね。多分」

 ウチの所長、中途半端とか生半可とか嫌いな人なので。そうか、ならこの店に来るように伝えてくれ。この俺が待っていると。それじゃあ、今度話しておきますね。ああ、頼む。
 なまえと須崎がすっかり打ち解けて談笑していると、荷物を片付け終えたママがオレンジジュースを注いだグラスをなまえの前に差し出した。ママの方を見れば、手伝ってくれたお礼だとウインクを飛ばしている。

「なあに、二人とももう仲良くなっちゃったの?」
「須崎さんがお酒に強いって話を聞かせてもらってました」
「そうよ。亮ちゃんったら凄いんだから」
「ま、俺が強いのは酒だけじゃないがな」
「こう見えて、結構ヤンチャなの」

 その後もなまえは亜天使でママと須崎の三人で話し込んでいた。しかし、ふと確認した時計にゆっくりしすぎたと、急いでグラスの中のオレンジジュースを飲み干したなまえはママに感謝の言葉を告げて店を出た。だが、店を出てすぐなまえは誰かに呼び止められた。それはまだ店に残るだろうと思っていた、彼だった。


***


「しっかし、なまえちゃんおせぇなあ」
「どこか寄り道してるのかもね」
「まあ、なまえちゃんにとっても窮屈な四日間だったからね」
「そうだね、ずっと僕らの中の誰かと一緒だったんだし」
「何か暇つぶしになるもんはねぇのかよ」

 海藤さんって、本当にじっとしてられないよね。どうも、体動かしてねぇと落ち着かねえ。そう言えば、海藤さん。一昨日の依頼ってどうなってる?
 各々が事務所でくつろいでいると、不意に慌ただしい足音が聞こえて来て、誰もが目を丸くしていた。三人の視線は事務所入口へ。扉の窓から見えたのは、東の必死の形相だった。勢いよく開け放たれる扉。尋常ではない東の慌てた様子。三人は一瞬で異質な空気を感じ取る。

「みょうじは、みょうじは戻って来てねぇか……?!」
「どうしたの、そんなに慌てて」
「なまえちゃんに何かあったのか!?」
「ここに向かってる途中、アイツと……。ステッキ野郎と一緒に歩いてるのを見ちまったんです!」
「なッ……、ステッキ野郎って」
「海藤さんが拉致られた時に僕達の邪魔をしてきたアイツだよね?」
「え、ああ、いや、ソイツはステッキ野郎じゃ……」
「こうしちゃいられねえ!東、なまえちゃんを見かけた場所まで案内しろ!杉浦も車出せ!」

 東の発言に海藤と杉浦は即座に動き出した。しかし、八神にはなまえと一緒にいた男があのステッキ男ではないと知っていた。殺気立つ三人は八神の話を聞くよりも先に事務所を出て行ってしまった。まずい、これは非常にまずい状況だ。まずは三人の誤解を解かなければならない上に、今すぐにでも彼らを追いかけなければならない。八神も続いて後を追うが、既に三人の姿は見えなくなっていた。
 この時、なまえはまだ自分が相関図の中心に位置していることを知らず、ましてや周りにはたくさんの矢印が行き交っていることも知らない。まるでドラマのように出来すぎていて、もどかしいくらいに曖昧な関係から脱却出来る人物はいるのだろうか。新しい登場人物である、須崎亮に他の三人は酷く動揺している。