「黒岩さん、これですよ!これ!」
「突然、ゲーセンなんかに連れ込んだかと思えば」
「わたし、全然クリア出来なくて困ってるんです」
「なんでよりによって、ゾンビゲームなんだよ」
「ただのゾンビゲームじゃないんです!これは神室町に未知のウイルスが蔓延して、感染したゾンビ達の徘徊する町に変わり果てて……」
「わかった、わかったよ。ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ、うるせぇな」

 現在、なまえと黒岩は劇場前広場にあるゲームセンターにいた。それじゃあ、早速!となまえは黒岩の手を引き、『KAMURO OF THE DEAD』と垂れ幕のかかった筐体の中へと入っていった。ガンシューティングゲームであるそれは、内部に大きな画面と銃を模したコントローラーが備え付けられている。なまえは鞄から財布を取り出し、五百円玉をまずは一枚投入した。ゲーム画面が一度点滅し、呆れた顔をしている黒岩にコントローラーを手渡す。ゲーム筐体の中の狭く、薄暗い空間でなまえは目を輝かせていた。
 そして正直、普段からゲームなどに慣れ親しんでいない黒岩がどのように攻略していくのか。銃の扱いにも長けている相手だ。エンディングまで行かずとも、終盤までは行けるかもしれないと考えていたのだが。


***


「なんだよ、もう終わりか?お前、こんなのも満足にクリア出来なかったのか」

 可哀想にな。と黒岩の冷たい視線が突き刺さる。確かになまえはこのゲームをクリアすることは出来なかった。しかし、まさか嫌々やっていた黒岩が、なまえの辿りつけなかったエンディングに易々と到達するとは。複雑な気持ちだった。エンディングを見れたという喜びと、次から次へと正確な照準でゾンビの急所である頭を確実に撃ち抜いていく、機械的で淡々とした黒岩の恐ろしさ。
 ゾンビと言ってもトリッキーな動きをするものや単純にこちらへと向かってくるだけのものがいる。ステージボスに関しては攻撃をキャンセルさせる為、指定された部位を数ヶ所撃たなければならないが、黒岩のプレイを真横で見ていたなまえはその手際の良さに一種の恐怖を覚えたほどだ。

「それで、どうする気だ?こんなもんの為に時間を無駄にされてんだ、こっちは」
「……えっと、それはですね」

 コントローラーを元の位置に戻し、狭い空間で黒岩が威圧的に迫ってくる。冷たい視線がすぐ目の前にあり、なまえは視線を逸らせなかった。互いに沈黙を貫いているが、黒岩から放たれる威圧感をいつまでも肌に感じていられない。

「黙秘か?だったら、吐きたくなるまで缶詰にしてやろうか」
「く、黒岩さん、銃の扱いお上手なんですね」
「ああ?お前、何言ってんだ」

 いざという時はホシを手にかけなきゃいけねぇんだ。躊躇いだのなんだので仕留め損なっちまったら、相当辛いぞ。
 その言い分に刑事としての役割の重さを実感していたのだが、黒岩の場合はそうではなかった。

「下手に弾撃ち込まれたら、その後が酷え。最悪、死ぬより辛えかもしれねぇな」

 刑事として、と言うよりかは、銃を撃つからには必ず射止めると言う気概が感じられた。躊躇いなく撃ち、的確に相手を無力化させる。黒岩の射撃技術の高さも相まって、その一言になまえは生きた心地がしなかった。

「でも、黒岩さんの凄腕のおかげで無事にエンディングを見ることが出来ました。ありがとうございました」

 端的に感謝を告げ、それとなく隣を抜けようとすれば、当然のように腕を掴まれ、元の位置に連れ戻される。それは俺の欲しい答えじゃねえ。と手厳しい言葉を添えて。逃げたいのに逃げられない。その状況がなまえに判断を急かせ、口から突拍子もないことを吐き出させた。

「じ、じゃあ、黒岩さんのお願い聞いてあげますから……!」

 なまえの答えが意外だったらしく、黒岩は間を空けてから言葉を発した。普通なら相手に言った言葉の意味を再確認するものだが、黒岩は眉ひとつ動かさずに腕を掴んだまま、狭い暗がりから出た。

「そりゃあ、助かる」
「え、えっ、どこに連れていくんですか……?!」
「黙ってついてこい」
「せめて、行き先だけでも……!」


 いつまでも、こんなうるせえ場所にいられるか。と吐き捨てた黒岩は早々に店から出ると、人通りの少ない道を選んで歩いていた。人混みから離れてしまうことに恐怖するが、黒岩を止めるほどの力はない。徐々に人の姿がまばらになってきたことで、恐怖に拍車がかかる。歩く速度は早く、歩幅の違うなまえのことなど眼中に無いかのように自分勝手だった。

「黒岩さん……!」
「なあ、人間が首を絞められたらどうなる」
「え……?首、ですか……?」
「苦しみのあまりあの世行きか、それともやばいもんに目覚めるか」

 丁度、気になってたところでな。助かるよ。と軽々しく言ってのける黒岩に、なまえは必死の抵抗を見せた。

「絶対、死んじゃいますよ……!首なんて絞めたら……!」
「誰が死ぬまで絞めるっつったんだ?」
「だって、黒岩さん。そういうの平気でやりそうって言うか、その、」
「確かに絞めてりゃあ死ぬだろうよ。だったら、別にお前じゃなくていい」

 なんだったら、今すれ違ったチンピラでも構わねえ。黒岩はさらりと言ってのけた。殺すだけなら誰だっていい。そう告げているような気がして、なまえは恐ろしいと口を噤んだ。黒岩の発する言葉は全て、どこか現実的なのだ。先程の首を絞めたらどうなるのかという話も、死ぬことなど最初からわかっていると言うような口ぶりで、求めているのはそんな在り来りなものではない。欲しいのはモルモットで、黒岩は何か試そうとしているのだ。みょうじなまえという人間を使って。

「高くついたなあ、相当相手が悪かったぞ」
「で、でも、こんなこと一回きりですからね……!」
「本当に一回きりでいいのか?」
「当たり前じゃないですか、」
「分かってねえな、こう言うのはよ」

 クセになっちまったら、歯止めが効かなくなるもんだ。と咄嗟に強く腕を引っ張られ、細い路地に無理やり連れ込まれた。壁際に追い詰められ、首に両手を添えると、まずはやんわりと絞めつけ始めた。指先で強く絞めるものかと思いきや、そうではなく、まずは両手で左右の頸動脈を圧迫された。血の巡りが徐々に遅くなっているような感覚がして、どくんどくんと鼓動が体に重く響く。血管の脈打つ感覚、心臓が何かを察して鼓動を急ぐ感覚はまるで死から逃れようとしているようだった。
 次に、血の巡りが遅くなったなまえは意識が朦朧とし始めた。頭がぼんやりとしていると言えば良いのだろうか。危機に瀕し、この体は懸命に生存本能を働かせていたのだが、脳に運ばれる酸素が極端に制限されたことで、その生存本能も途端に弱まっていった。どうしてこんなことをしているのだろう。苦しい。なんだか、ぼんやりとする。黒岩さんは楽しそうに笑っている。と、どこか自分の事のように思えない自分が、首を絞められている自分を客観視している。

 やんわりと絞められてから、どれくらい時間が経ったのだろう。まだ数秒程度か、あるいはもう数分程度か。首元にある黒岩の手は時折、緩急をつけて頸動脈を絞めているようで、その度に体に良からぬ何かが走る。体の芯がじんわりと熱を帯び、気持ちが高揚していく。声を出せないもどかしさに身を焦がしていると、黒岩はようやく手を下ろし、再度なまえの手をとった。なまえの体がどんなにふらついていようとも、まだ気が済んでいないらしい。

「そんなんじゃあ、家に帰んのも辛いだろ」

 足りなかった酸素を取り込もうとして、体は浅く呼吸を繰り返している。口を開いても返事が出来ないからと首を振って相槌を打っていた。

「仕方ねえ、介抱してやるよ」

 介抱。その言葉に身の危険を感じていたのだが、抵抗することも、この場面から逃げ出すことも、なまえの鈍ってしまった頭ではその考えすら浮かばなかった。


***


 突如、黒岩の携帯にメッセージが送られてきた。内容は至って簡素で、会いたいということだった。相手はなまえで、黒岩にはその心当たりがあった。先日、覚えさせてやった『悪癖』のことだろうと、黒岩も端的に返事を返すのだった。

 都合した時間になまえの元へと足を運べば、そこはピンク通りの裏通りで、彼女の姿も視認出来た。黒岩はそれとなく近付き、声をかける。なまえは、はっとした様子でこちらを見ると、ばつが悪い顔で頭を下げた。場所も場所だ、何の用かは聞かずとも分かる。だが、しっかりと聞いておきたいと思ったのだ。たった一回きりだと言ってくれた自分の浅はかさを、聞いておきたいと。

「それで、こんな所に呼び出して何の用だ」
「来てくれてありがとうございます。あの、黒岩さんにお願いしたいことがあって」
「別に構わねえよ」
「それじゃあ、ついてきてもらえますか」

 今度はなまえに手を引かれ、黒岩は通りの細い道へとついて行った。思惑通りと言えば、その通りだった。黒岩はなまえを嫌ってはいない。同僚である警察の人間よりも親しみを感じているくらいだ。それ故にもう少し、強い結び付きがあればいいと思った。それで依存に繋がりやすい性的嗜好に訴えかけることにした。切っても切り離せない人間の欲求のひとつに自分の存在を植え付けることにしたのだが、何かがおかしい。
 ピンク通りの裏通りには二つ道があり、ひとつは泰平通り東に繋がるもの、もうひとつは千両通りに出るものだ。なまえが選んだのは前者の方で、途中には九州一番星というラーメン屋がある。自然と眉間に皺が寄る。店の前まで来た頃、なまえは足を止め、振り返って話しかけて来た。


「黒岩さん!ここです、ここ!九州一番星!」
「九州一番星だ?」
「そうです!昨日、ゆったーでここの『鬼盛りチャーシューラーメン』が美味しいって見たので……」
「お前、それを食うために俺をわざわざ呼び出したのか?」
「え、そうですけど……」

 なまえの言い分はこうだ。名前の通り、鬼盛りチャーシューラーメンは鬼盛りという女性一人では食べきれないくらいの量のラーメンで、なまえは食べてみたいが残すのは申し訳ないと、黒岩の力を借りたいとのことだった。

「お前。ゲーセン行った日の翌日、何してた」
「何してたって、お家でぼんやりしてましたよ。黒岩さんがあんなことするから、」

 二人でゲームセンターに行った日、黒岩はなまえの首を絞め、一人じゃ帰れそうにない彼女を介抱と称して家に連れ込んだ。それからは行為の続きに耽り、翌日家に帰した。初日に比べれば、なまえの意識ははっきりとしており、何の問題も無さそうに見えたが、紅潮した頬だけは変わらず、黒岩はこれから深みに嵌っていくだろうと読んでいたのだが。

「二日間はずっと変な感じでした。こう、恥ずかしいですけど、そう言う意味で黒岩さんに会いたかったです」

 でも、昨日見た呟きで一気に元気出ちゃって。黒岩さんとなら、食べ切れるかなあって。……黒岩さんって、たくさん食べる人ですか?
 呑気に、無邪気に問い掛けてくるなまえに、大きな溜め息を返してやる。散々、嫌というほど、引きずり込んでやったのに、と落胆していた。

「本当に馬鹿がつくほどの健全体質だな、お前は」
「だから、言ったじゃないですか。一回きりだって」
「丈夫な体に産んでもらったこと、感謝しろよ」
「もちろん!さ、黒岩さん、お店入りましょう!」

 そのまま強制的に入店を余儀なくされ、黒岩はなまえと共に同じラーメンを啜るのだった。食後は酷い満腹で、職務に身が入らなかったのだとか。