「今、ご紹介出来る転職先はこちらになります。」

 目前に晒され出した職種一覧表を二人で覗き込む。経歴や経験を基に自分に合う職を斡旋してくれるのがここ、ハローワークみさきである。受付嬢である彼女はクールな表情で、どうされますか?と回答を待ってくれている。しかし、なまえは思った。自分でこう言うのも何だが。

「……え、あの、今の職業しか選択肢がないみたいなんですけど、」
「ええ、そうみたいですね。でも、こちらとしても現状紹介出来る仕事はありませんので。」
「り、里々佳さぁん……、」
「なぁ、里々佳ちゃん。本当になまえに紹介してやれる職はねぇのかよ、」

 なまえの後ろから顔を覗かせていた春日は、次の書類に目を通している彼女、ハローワークみさきの職員である里々佳に声を掛けた。春日としては自分達の力になりたいと言ったなまえへ新しい職を紹介してやりたい気持ちでいっぱいだった。しかし、想像以上に、いや、まさか転職先が見つからないとは思っていなかった。思わぬピンチに春日は小さく唸る。

「……ないことはないんですが、何せ経験がありませんので。」
「それじゃあ、経験を積めば何かしらの転職先は見つかるんだよな?」
「そうですね。あとはどこで経験を積むか、によると思いますが、みょうじさんなら大丈夫でしょう。」
「お、珍しく優しいじゃねぇの、」
「ですから、春日さん。みょうじさんに良い経験を積ませてあげてください。きっと将来有望な人材になってくれる筈です。」
「あ、ありがとうございます……!」

 では、また。となまえ達の次の転職希望者を呼び掛ける里々佳の前から離れ、二人はハローワークを後にする。新たな職にはありつけなかったが、可能性があるということが分かっただけでも、ハローワークへ行った意味があった。

「しっかし、経験か。どうしたもんかねぇ……、」
「う〜ん……。教えてくれる人がいると助かりますよね、先生と生徒みたいな、」
「お、いいじゃねぇか!先生!そうか、先生か!」
「なにか良いアイデアでも?」
「おうよ!先生だったら、たくさんいるじゃねぇかって思ってな。」
「え、だ、誰です……?!」
「誰って、そりゃあよ、俺がいるじゃねぇか。」
「……え、春日さんが先生、ですか……?」
「ああ。それに俺だけじゃねぇ。サッちゃんやナンバ、足立さんに趙、えりちゃん、ハン・ジュンギもいる。」

 とりあえず、サバイバーに戻って皆に相談してみようぜ。その春日の言葉に頷いたなまえは、これから自分を待つ新しい可能性に胸を膨らませていた。


***


「……そういうわけで、皆になまえの先生になってやって欲しいんだ、」

 場所はサバイバー、先程戻って来た春日となまえ以外は皆、明るい時間帯でありながらも酒を飲んだり、他愛もない会話を楽しんでいたりと思い思いに寛いでいる。戻った二人に結果を訊ねたのは紗栄子で、他の仲間達もその結果を待っていたと二人の周りに集まって来た。そこで先に口を開いたのは春日だった。ハローワークで里々佳から告げられた話を端的に説明し、今に至る。

「そうだったの、それは残念ね……。でも、なまえちゃんに経験を積ませてあげれば、転職出来るのよね?一番、」
「ああ、サッちゃんの言う通りだ。それに丁度ここには色んな職業のヤツがいるからな、先生にうってつけだと思ってよ、」
「なるほどな……。しかし、流石に女の子にホームレスを体験させる訳には……、」
「教えられる所まででいいんじゃねぇか?ナンバは確か食べられる野草とかに詳しかったよな、」
「だから、俺達が先生になってなまえちゃんに色々教えてやればいいって訳か。」
「足立さんは元刑事だから、護身術辺りは役に立つかもしれねぇな。……先に言っとくが、くれぐれも手ぇ出すなよ。」
「馬鹿、お前は俺をなんだと思ってんだ、」

 はい、はい、は〜い、と足立と春日のやり取りに割り込む男が一人。趙天佑は自分も教える側なのかを問い、傍にいたハン・ジュンギも同様のことを訊ねた。春日は不安を覚えたが、里々佳の『良い経験を積ませてあげてください。』の一言を思い出すと一概に対象外とは言い切れなかった。

「まあ、さ、俺達もその手のプロな訳だし、勿論なまえちゃんに教えてあげられること、教えてあげられないことの分別くらいはつけられるよ、」
「ええ。しかし、彼女にその才があった場合には、もしかしたら……と言うこともない訳ではありませんが。」
「……ヒットマンとマフィアのお前らにそう言われちゃあ、不安で仕方ねぇんだけど、」
「あ、もしかして、春日君って心配性?」
「かもしれませんね。あと彼女に対して少々過保護な一面もあるかと、」
「あ〜わかる、もうなんかお父さんみたいだもんねぇ、」
「誰がお父さんだ!つうか、当たり前だろ!趙とハン・ジュンギは裏社会の人間なんだ、不安にならねぇ方がおかしいっての!」
「え〜、ちょっとそれ失礼じゃない?春日君、」
「ええ、その言い方は心外ですね。彼女の先生になってくれと頼んできたのは春日さん、あなたでしょう。」

 コミジュル参謀と横浜流氓元総帥に詰め寄られた春日は、……じゃあ、お前らの良心に任せるぜ。と二人にも彼女を預けることにする。仮に彼女が趙やハンのようになってくれたなら、それはそれで心強いのだか、どうしても心配が先行してしまう。

「なまえちゃんの先生役か、悪くねぇなあ……。」
「おいおい、足立さん。まさか、えりちゃんの時のように口説こうってんじゃないよな?」
「なんだよ、まだあの動物占いのこと言ってんのか。俺の引き出しはそれだけじゃねぇぞ、」
「そう言うことじゃないの。そもそも口説こうってのが間違ってんの。」
「そうだ、紗栄子の言う通りだぞ。ここは真面目にやらねぇと、なまえちゃんが可哀想だろ。」
「分かったよ、ていうか何で俺が口説く前提の話なんだよ、」
「足立さんには前科があるからよ。」
「……やな言い方しやがるぜ、ったく、」

 ナンバと足立、紗栄子の話に心配ばかりが膨らんでいく。そんな春日の心配も露知らず、肝心のなまえはえりとカウンターで一番せんべいを食べている。しょうゆが美味しい、いや、塩もいい、しかし、揚げせんべいも捨て難いと、頬張ってせんべいを食べるなまえの姿に春日は思う。自分だけでも彼女の為に教えられることは全て教えてやりたいと、密かに決心する春日一番だった。