後の話し合いの結果、教育期間は各自一週間と決まった。一人につき一週間、なまえの先生代わりになる仲間達に預け、様々な経験を積んでもらう。春日、ナンバ、足立、紗栄子、えり、趙、ハン・ジュンギの順で計七週間、なまえに各個人の職について教えていくことになる。
そして、まず第一週目、教鞭を執るのは勇者こと、春日一番。なまえへ教えるのは勇者学。
「なまえ、今日から俺の元で学んでもらうのは、勇者学だ。」
「勇者学、ですか?それってどういう……、」
「まず、勇者とは何かをなまえには知ってもらう。勇者に課せられた使命や戦いの中で生まれる熱い友情、かけがえのない仲間とは。それら全てをこの一週間で教え込みたい。」
「な、なるほど……!でも、その勇者学ってどうやって学んでいくんでしょう、」
「ああ、それを学ぶのにうってつけの良い教材がある。」
うってつけの教材?と未だ疑問符の抜けないなまえに、春日は懐から一つのアイテムを取り出し、なまえに手渡す。それは長方形のカセットで、カセットに貼られたラベルシールには『ドラゴンクエスト』と書かれていた。
「コイツが俺に、勇者の何たるかを教えてくれたんだ。コイツがあるから今の俺がある。だから、なまえ。お前にもドラクエをプレイしてもらうぜ。」
「……そういうことだったんですね。分かりました、この一週間でクリア出来るかどうかは分かりませんが、行けるところまでプレイしてみたいと思います!」
「よし!それじゃあ、早速サバイバーの二階でドラクエだ!」
春日は意気揚々となまえを連れて、何年ぶりかになるドラクエを起動させるのだった。こうして『ゆうしゃ いちばん』と『ゆうしゃ なまえ』の世界を救う冒険が始まる。
***
春日とのドラクエ一週間プレイを終えたなまえはナンバと共にホームレス街を訪れていた。ナンバもまだ迷っている節があり、なまえはただゆっくりと流れていく雲を時折見上げながら、ナンバの閃きを待っている。
「そうだなぁ……、なまえちゃんに教えられるっつったら、」
「教えられる、としたら……?」
「……本当は酒でも飲みに行きてぇんだけどよぉ、それじゃなまえちゃんの為にならねぇからなぁ。どうしたもんかね、」
ボリボリ、と黒い綿雲のようなくせっ毛の頭を無造作に掻くナンバの隣で、なまえは悩み抜くナンバの姿をぼんやりと見ていた。黄色いビールケースを椅子代わりに、ナンバは何をしようかと頭を悩ませている。
「どうすっか。あ、ちなみにだけど、なまえちゃん野草とかに興味ある?」
「野草ですか……?興味あるかないかで言われたら、あんまりですけど、」
「まあ、そうだよな。俺も自分が実際に口にするまでは野草なんて、ただの雑草だろって思ってたんだ。」
「えっ、ナンバさん草食べたことあるんですか、」
「そりゃあ、飢えを満たさないといけねぇからな。よくおひたしにして食べたもんだが、意外といけるんだよ、アレ。」
「……そう聞くと、なんだかおいしそうですね、」
あ、もしかして興味ある?なまえちゃん、野草いっちゃう?い、いっちゃいますか……?俺はいいけど、なまえちゃんは本当にいいの?……うん、わたし、いけます……!
なまえとナンバは顔を見合い、何度も確かめ、頷き合う。これで決まりだとナンバは長いことビールケースに預けていた重い腰を上げ、ホームレスの食についてなまえに教えてみることにした。あまり大胆な行動が取れない中で、これは良いアイデアだと満足気な顔で、なまえを連れて異人町探索へと繰り出していく。
***
ナンバとのホームレス食について学ぶ一週間を終えたなまえは今、足立と行動していた。足立と共に異人町という広大な土地で適当に歩き回っている最中だ。しかし、それはただの散歩と言う訳ではなく。
「なまえちゃんの好きな食べ物は?」
「私、好きな食べ物多いんですけど、強いて言うなら……、」
「なまえちゃん、猫好き?」
「好きです。もふもふしてて可愛いですよね、」
「なまえちゃん、今彼氏いる?」
「今は特に……って、どうしてさっきから足立さんが質問してくるんですか、」
「ええ?そりゃあ、まずはお互いのことを知らねぇと教えられるもんも教えられねぇだろ?」
「春日さんやナンバさんはそんな質問攻めしてきませんでしたよ、」
「春日やナンバが何を教えたのかは知らねぇが、仮に俺が護身術を教えるとしたら、実践を交えるのが手っ取り早い。つまりは組手だ。もしそこで俺達の息が合ってなかったら、怪我や事故に繋がる。そうだろ?」
確かに、と妙に説得力のある言葉になまえは大きく頷く。ただの雑談かと思っていたものが、実は大切なことだったのだと知ると、自然と足立に尊敬の念を感じていた。人生経験の豊かな足立の見る目が変わる。それからは足立に何を聞かれても、疑問を抱かずに素直に答え続けた。勿論、答えられる範囲内の質問に対して、だが。
「よし、これで大体のことは聞けたな。」
「もう聞きたいことはありませんか?まだ聞きたいことがあったら、遠慮せずに聞いてくださいね。」
「そ、そうか?じゃあ、スリーサイズは……、」
「それはだめです。」
「すまん、」
足立の質問攻めが収まった頃、なまえと足立はようやく先生と生徒の関係へと前進する。足立がこれからどんなことを教えてくれるのか。不安や楽しみと言った感情が入り乱れるまま、じゃあまずは偵察の基本だ。とスナック街へ歩き出す足立の後を追った。
***
足立と共に過ごした一週間に興味を持っていたのが、紗栄子である。足立以外にも春日やナンバとの一週間を問われ、春日の勇者学、ナンバのホームレス食学、足立の偵察学を聞いた上で紗栄子は次のように話した。
「なまえ、足立さんのは立派な口説きよ。あの人は可愛い子がいたら、誰彼構わずそういう風に口説こうとするの。ちゃんと前もって注意しておいたんだけど、もう癖みたいなもんね。」
「……で、でも、お互いを知ることで息を合わせられるって、」
「それで、足立さんから何を教わったの?どんなことをしてきたの?」
「最初は質問攻めで、それから偵察の基本だってスナック街に飲みに行って、更に聞き込みの練習だってスナック街に行って……、」
「ごめん、もういいわ。足立さんには私から強く言っとくから。」
なまえも気を付けなきゃダメよ、もっと強くならなきゃ。もっと強く……?と頭を傾げるなまえに紗栄子は、そう。ときっぱり言い切る。来て、いい所があるの。とやんわり手を掴まれ、なまえは紗栄子と手を繋ぐ形でサバイバーを飛び出す。
「どこに行くんですか……?!」
「どこってウチのお店。ウチの女の子で、そういう男のあしらい方が上手い子がいてね。今からなまえに男のあしらい方をレクチャーするわ。」
「ええっ……?!でも、わたしに出来るかどうか、」
「物は試しって言うでしょ。それに絶対良い経験になるから、私を信じて。お願い。」
こちらを振り向く紗栄子の顔は勝気な笑みを浮かべており、その笑顔に突き動かされる心があった。私を信じてとまで言い放った紗栄子の思いを無下には出来ないと、なまえは紗栄子の手を静かに握り返す。
「良い顔してるじゃない。お願いしておいてなんだけど、私、結構なスパルタよ。ついて来れる?」
「望むところです。紗栄子さん、ビシバシよろしくお願いします!」
***
紗栄子との一週間は刺激的なものだった。紗栄子によって教育の行き渡った女の子達はなまえに有益なことばかりを教えてくれた。困った男性客のあしらい方、おすすめのサロン、おすすめのトレーニングジムに防犯グッズの何から何まで。キャバ嬢の英才教育を体験したなまえの次のパートナーは。
「コッコッコッコッコ……、」
黒くて丸々とした瞳はつぶらで、トサカや肉だれは鮮やかな赤、そして体を覆う羽毛はふわふわで堂々たる白。
「……えっと、えりちゃん、」
「ほーら、コケコッ子をよく見ててください。」
「コッコッコッコ………、」
困惑さえも今は置いといて、えりはひたすらになまえとコケコッ子を見つめ合わせている。横浜の景色が一望出来るここは一番ホールディングスの社長室。社長である春日が不在の社長室では、秘書のえりとマスコットキャラクター?立派な社員?であるニワトリのコケコッ子が待っていた。そして今、そんな一人と一羽が初顔合わせ。
「えりちゃん、もうそろそろいいんじゃないかな、」
「いいえ、まだコケコッ子の挨拶が終わってません。」
「……挨拶してくれてるんだ。あ、ありがとう、コケコッ子、さん、」
「コケーーー!」
「きゃあああああああ!」
「こら、コケコッ子!落ち着きなさい!こら、こら!」
だだっ広い社長室でなまえが逃げ回り、逃げ回るなまえをコケコッ子が追い掛け、なまえを追い掛けるコケコッ子をえりが追い掛けていく。ドタバタと慌ただしい二人と一羽の一週間がこれから始まる。
***
「ま、そう硬くなんないでよ。別になまえちゃんをとって食おうって訳じゃないんだからさ、」
軽いノリとゆるい口調だが、いまいち緊張を解せない。それは彼が異人三の一人であると知っているからだろうか。確かに人は良いし、話せば面白い、時に助けられては優しい人間だと知ることもあった。しかし、今回は違う。自分が新たな職に就く為の、言わば修行なのだ。きっと趙の元で何かを学ぶのには相当な覚悟がいる筈だ。
「わ、私は、その、今までそう言った経験がありません。ですから、」
「だから、硬くなんないでってば。そんなんじゃ怪我しちゃうよ。」
「中途半端な気持ちでやりたくないんです……。だって、それじゃあ趙さんにも失礼ですから、」
「ふぅん、なまえちゃんがそんなにやる気なら、俺もいつまでもこんな調子じゃいられないか、」
ゆるい口調が一変し、趙のマフィアとしての顔を覗いた瞬間だった。一言一言の重みが違う、空気もピリピリとし始め、いよいよ現実味を帯びてくる。なまえは一週間、横浜流氓の元総帥に教え込まれるのだ。彼の持つ技術の一端を。
「俺の修行は厳しいかもよ?それでもちゃんと頑張れそう?」
「……怖いです、でも、やらなきゃ出来るようになりませんから。」
「へぇ、良いこと言うじゃない。俺、そういうの嫌いじゃないよ。」
じゃ、行こうか。と趙の後に続いてサバイバーを出た。趙が向かうと言っていたのは、寂れた景観に紛れた、廃業しているだろう中華料理店。あまり大っぴらに出来ない職だ、人目を気にするのも当然のことで、なまえはより一層気を引き締め、趙の背中を追い掛けた。
***
趙との一週間は心身共に負担が大きくかかる一週間だった。手にしたそれの扱いから始まり、何度も何度もその手捌きを指導してもらいながら、きちんと形になるようにと復習の連続。初めて扱った物だからか、腕の筋肉痛はまだ治りそうにない。そして迎えた最後の一週間、なまえはハン・ジュンギの元で学んでいく。
「みょうじさん、腕の調子はいかがでしょう?」
「だ、大丈夫です。すみません、気を遣わせて……。」
「いえ、普段から慣れない物を扱うのは、体にとって負担になりますから。」
「……すみません、」
「いいえ、謝る必要など。それに体調管理は基本ですから、今日はゆっくり休みましょう。」
「はい、ありがとうございます……!」
ハンの優しさに初日は体の疲労を癒すこととなった。しかし、二日目からは挑戦的で、何もかもが真新しい日々が始まるのだ。ハンの職種はヒットマンだ、趙の元で教わったことが生きてくるかもしれない。もしかしたら、春日の勇者学や足立の元で学んだ偵察学、紗栄子の店の女の子から教えてもらったキャバ嬢学など、今まで得た情報や経験が輝くかもしれない。
もうここまで来たら、後は最後まで走り切るだけだとなまえは一人頷く。今まで他の仲間達から教わってきたこと、自分が新しく身に付けたこと、そして何より今日まできちんとやって来れたこと、それら全てが自分を後押ししてくれる。経験は、努力は自信になり得る。そんななまえの姿をしっかりと見ていた瞳は穏やかに揺れる。
「今までの日々は楽しいものでしたか?」
「え?……ええ、とても、」
「時には辛く厳しいと挫けそうになったのではありませんか?」
「……本当は少しだけ。でも、私には周りの皆から教わった勇気やたくましさ、度胸に観察力がありますから。」
「そうでしたか、これは野暮なことを聞いてしまいましたね。」
「いいえ、大丈夫です。ですから、明日からよろしくお願いします。」
「ええ。それなら私との修行も楽しいものにしましょう。あなたがたくさんのことを学べるような、有意義な時間に。」
はい。精一杯、頑張ります。と笑うなまえを見て、ハン・ジュンギは一つ知る。力や素早さ、賢さにたくましさ、それらが全て強い武器になるのだとそう思っていた。しかし、秀でた能力はどんなものであっても武器になる。彼女の武器はあの素直さであり、この世で一番手強い武器だ。彼女は自分達が思っている以上に成長しているのかもしれない。思わぬ強敵の成長をハン・ジュンギは密かに期待している。