春日一味は今、ハローワークみさきの駐車場に集合していた。春日は隣になまえを置き、ナンバと足立は近くの自販機の缶コーヒーを啜りながら階段前に座っている。紗栄子はえりと共に春日の傍に立ち、ハン・ジュンギは金網にもたれ掛かり、趙はその金網の前で腰を下ろしてその時を待っている。

「よし、なまえ。準備はいいか?」
「勿論です。今なら何にでもなれそうな気がします……!」
「今日までみんなと一緒に頑張ってきたんだ。さあ、里々佳ちゃんの元へ行こうぜ。」

 先に目の前の階段を上り始めた春日の後についてなまえ、そして他の仲間達も階段を上っていく。今日は言うなれば、結果発表日だ。前回は二人きりだったのに対し、今日は春日一味全員でハローワークへとやって来た。自分の元で経験を積んだなまえがどのような職に就けるのか。それが見たい、ただその一心で。
 今は自販機下のいいものサーチにも足を止めずに、自動ドアを二度潜れば、転職をアシストしてくれるハローワーク受付前へと辿り着く。いつの日もここは混雑している、しかし、その人混みを切り裂くように春日が先頭を歩いた。そして、受付前の椅子の傍で足を止め、後ろを振り向き、一度大きく頷いた。春日の後に続いていたなまえは恐る恐るその椅子に座ると、転職希望です……!と里々佳に告げた。

「こんにちは、みょうじさん。春日さん。今日は転職をご希望ですね?少々お待ち下さい。」

 カタカタカタ……とパソコンのキーボードを柔らかく打ち込む里々佳の真面目な表情になまえは緊張を隠し切れない。いつの間にかなまえを取り囲むように、背後には春日やナンバ、足立に紗栄子、えり、趙、ハン・ジュンギまでもが、未だそっぽを向いているパソコンモニターの背中を前のめりに見つめていた。その圧は異様なもので他の就職希望者はあまり近付かないように一定の距離を置いている。

「……お待たせしました。みょうじさんにご紹介出来る転職先はこちらです。」

 くるりと回されたパソコンモニターはようやくこちらを向く。その液晶画面には、元の職業である事務員の他に勇者、キャバ嬢、料理人と見慣れたものから、料理研究家、情報屋、コミジュル一派と全く見たことの無い職業も転職先一覧に並んでいた。

「か、かかか、春日さん……?!み、見てください、こ、これ!こんなに!!」
「おお……!やったじゃねぇか!まさか本当に勇者にまでなれちまうとはな……!!」
「い、いいんですか?!こんなに……?本当に……?!」
「ええ、お好きなように。これもみょうじさんの頑張りがあったからでしょうね。おめでとうございます。」
「ったく、里々佳ちゃんもやっぱ優しいところあんじゃねぇか。」

 春日さん、茶化さないでください。おう、わりぃな。つい嬉しくてよ。ともう一度、喜びを噛み締めるようになまえの頑張りを見返せば、気になる職業がいくつか見受けられた。

「勇者、キャバ嬢、料理人までは分かるが、料理研究家、情報屋、……コミジュル一派?!おい、なんだよ、これ!」
「コミジュルはいつでも優秀な人材を募集しています。ソンヒもみょうじさんなら組織に迎えても良いと仰っていました。」
「何ちゃっかり引き抜こうとしてんだよ。なまえは勇者春日一番のパーティーに入ってんだ、コミジュルにはやらねぇぞ!」
「まあまあ、春日さん、そう熱くならないでください。これにはきちんとした理由があります。」

 ハン・ジュンギの言い分はこうである。ハンの元へやって来たなまえは既に偵察力、情報収拾能力に長けていた。これは足立による偵察学と紗栄子によるキャバ嬢英才教育の賜物と思われ、戦闘員ではなく諜報員として組織に欲しいという話だった。しかし、だからといってその引き抜きを許す訳には行かない。

「だめだ、だめだ、だめだ!それじゃあ、俺達の力になりたいっつうなまえの趣旨からブレちまう。引き抜きは認められねぇ。」
「……分かりました。ソンヒには縁がなかったと伝えておきます。ですが、みょうじさんさえ良ければ、いつでも我々が受け皿になりますので転職の際は是非、ご検討下さい。」
「ありがとうございます、嬉しいです。へへ……、」

 これからのハン・ジュンギの動向に注意するとして、次に春日が気になったのはこの転職先一覧自体である。足りない、何かが足りない。振り返り、なまえの背後に並ぶ仲間を見たところでようやく気付く。

「つーか、マフィア的な職業がねぇのはなんでだ?」
「マフィア?何それ、俺のこと?」
「何それ、ってお前しかいねぇだろ。なまえに一週間みっちり教えたんだよな?」
「うん、しっかり教えてあげたよ。だから、ほら、これ。」

 何もおかしいことはない、と趙の派手な指先が指し示したのは、料理人という職業だった。春日やその仲間達は目を丸くしていた。誰もが驚く中で、真っ先にツッコミを入れるべき人間が固まっていた時、上手くフォロー出来るのはこの男、ハン・ジュンギしかいなかった。

「つまり、みょうじさんは一週間、料理人としてあなたの元で修行していたと?」
「ま、そういうこと。最初は慣れないもんばっかで大変そうだったけど、なんだかんだ楽しくやってたし。それになまえちゃんも結構頑張るからさ、俺も柄になく燃えてきちゃって、」
「みょうじさん、あなたが腕を痛めていた理由というのは、」
「中華鍋って結構重たくて腕への負担が凄いんです。私も自分が使うまでは知らなかったんですけど、」
「そうですか、ありがとうございます。……だそうですよ、春日さん。」
「あ、ちゃんとなまえちゃんに美味しいエビチリの作り方も伝授しといたからさ、安心してよ。」
「……エビチリのどこに安心しろっつぅんだよ、」
「おお、マジか!じゃあ、趙に頼まなくてもなまえちゃんに頼めば、あの美味いエビチリが食えんのか!」
「ごめん、ナンちゃん、ちょっと黙って、」
「はい、」

 え?俺、なんかやっちゃった?やっちゃったの?ねぇ、と問い掛ける趙に、いや、よくやったよ。ありがとうな。とナンバはパーティー代表として深く感謝しているようだった。そんな二人を置き去りになまえと春日達は更に話を進めていく。

「じゃあ、この料理研究家はなんだ?」
「これは多分、ナンバさんにご飯について教えてもらったからだと思います。春日さんは食べたことあります?野草のおひたし。」
「おう、前に一度だけ違うヤツから食わせてもらったよ……ってそうじゃねぇ。ま、まあ、ナンバがなまえに教えられるっつったらそんくらいだよな、」
「結構たくさん食べさせてもらいました。川で釣れた魚を焼いたものやそれをパンで挟んだもの。後は普通にお店でナンバさんの好きな食べ物とか……、」

 後半のそれはもうデートじゃね?と言葉が口から飛び出そうになったのを何とか堪え、春日は次の情報屋という職業に目をつけた。

「な、なるほどな。この情報屋ってのは、多分足立さんとサッちゃん、あとはハン・ジュンギ辺りの成果が出てるってことだろうな。」
「ええ、私がコミジュルとして引き抜きを持ち掛けるくらいですから、中々優秀かと。」
「足立さんがよくスナックやバーに連れてってくれたので、情報はこういう所に集まるんじゃないかと。」
「なまえ、やっぱりそれ修行じゃないわよ。」
「何言ってんだ、まず動くにしても情報ってのがなけりゃ、動けねぇのが人間だ。だから、俺はそれを教えてやろうと、」
「で、なまえは楽しく話聞いてくれたわけ?」
「おう、そりゃあ、もう楽しそうにな。って、それは関係ねぇだろうが、」

 確か、神室町にいた煙草屋の婆さんも情報通だったと思えば、人の話をちゃんと聞いてくれる奴に良い情報は転がり込むのかもしれないと妙に納得してしまった。いや、煙草屋の婆さんに関しては単に地獄耳なだけか。しかし、これは今後も自分達やなまえ自身を助けてくれる有能なスキルだ。

「それで、えりちゃんはなまえの事務スキルを上げてくれて、サッちゃんはなまえにキャバ嬢のいろはを教えてくれたのか。」

 わ、私はそんな大したことは……。とえりは遠慮がちな反応を、なんせ熱心な教育ママですから。と紗栄子は自信満々に胸を張って見せた。

「なまえちゃん、うちの事務も結構こなしてくれて、寧ろ私が教わることも多くてですね。それになまえちゃん、凄いんですよ、コケコッ子が卵産むタイミングを当てられるんです!」
「コケコッ子って、あのコケコッ子か?えりちゃんとこの、」
「ええ、うちのコケコッ子です。私もなんとなくでしか分からなかったんですけど、なまえちゃんはぴたりと当てて。」
「なんか、こう、触れ合ったり、一緒に過ごしてたら、分かるようになったって言いますか、」
「その感覚、俺もわかるぜ……。」

 少しだけ複雑な気持ちだった、なまえやえりの言っていることが分かってしまう。コケコッ子の、あのつぶらな瞳からある程度のことが読み取れる人間なのは春日も同じだ。久しぶりにコケコッ子の顔でも見に行くかな、と春日は密かに思う。

「て言うか、話聞いてて思ったんだけど、皆、なまえにちょっかい出し過ぎじゃない?特に足立さんとナンちゃん。趙とハン・ジュンギはどうか分かんないけど、」
「い、いや、別にそんなことはな……、な、なあ、ナンバ。」
「お、おう。変な言い掛かりはやめてほしいもんだな、なあ、足立さん。」
「だから、キャバ嬢のいろはを教えてあげたの。特にしつこい客のあしらい方を中心にね。そのおかげか、なまえのガードも結構固くなったのよ。もう前みたいにホイホイと着いていかないわよ。」

 なっ……?!と苦い顔をしていたのは紗栄子とえり、なまえ以外のメンバーで、あからさまな反応してみせたのは春日、ナンバ、足立。表には出さないが密かに衝撃を受けたのはハン・ジュンギ、面白そうだと笑っている趙天佑はどこか楽しげである。

「おい、サッちゃん、そりゃあ、どういうことだよ……?!」
「あーら、一番。なんだかとっても残念そうね。でも、大切な仲間に悪い虫がついたら嫌でしょう?こういうのは早い内に身に付けておくべきことよ。」
「ま、まあ、確かにな……、サッちゃんの言う通りだ、」

 思わぬ伏兵、ここにあり。紗栄子の主張も最もだが、上手く片付けられない気持ちもある。こちらを見て僅かに首を傾げるなまえは相変わらず幼さが拭えない。


「あの、まだお時間掛かりそうですか?こちらとしては一刻も早く決めていただきたいのですが。」

 ヒートアップしていく春日一味のパーティートークに釘を刺したのは転職窓口である里々佳だった。確かにここを訪れてから手続きという手続きをしておらず、ただ受付の前で話し込むばかり。確かにそれでは里々佳もそう言わざるを得ない。

「ああ、そうだったな、悪ぃ。つい熱くなっちまった。」
「後ろに並んでいる方がいるので、お早めにお願いします。」
「分かった。じゃあなまえ、バシッと決めてくれ。つっても答えは一つか!」
「え?答えって、私、まだちゃんと決めてな……、」

「そりゃあ、勿論女勇者だろ!選ばれし勇者が二人も居れば、最強パーティー間違いなしだ!皆も文句ねぇよな?」
「おい、ちょっと待てよ、春日。そりゃあ自信過剰ってやつだ、なまえちゃんは情報屋一択に決まってんだろ。まだまだ連れて行ってやりたい飲み屋がたくさんあるんだ、」
「いやいや、足立さん、それは違うと思うぜ。なまえちゃんはな、料理研究家になって俺と色んなグルメを食べ歩くんだよ。まだ食わせてねぇとっておきの美味いもんを食いに行かねぇと、」
「なんでなまえがナンちゃんと食べ歩きすんのよ。なまえ、こんなおじさん達の言うことなんか聞いちゃダメ。せめてキャバ嬢に転職してくれれば、ウチのお店総出でおっさん達から守ってあげるわ、」
「いや、それはちょっと過保護過ぎるんじゃない?なまえちゃんは俺と一緒に中華料理の勉強しなきゃいけないからさ、みんなも諦めなよ。」
「いいえ、それは聞き捨てなりませんね。足立さんとは理由が違いますが、みょうじさんには是非、情報屋になっていただきたい。そして行く行くは私と共にソンヒの元で……、」
「私と一緒に一番ホールディングスを支えて行きませんか?なまえちゃんと一緒なら、もっと頑張れそうな気がするんです……!」

 個々の主張が大きくなっていく中でなまえは次第に混乱し始めた。勇者、情報屋、料理研究家、キャバ嬢、料理人、情報屋、事務員……と星が頭の上をぐるぐると旋回している。やがて思考が渋滞を起こす。頭上の星と星が接触し、思考はクラッシュ間近。そんななまえを一人置き去りに、周りでは誰もが自分の主張を変えず、いや、俺が!いや、私が!と言い争っている。
 もうダメだと、誰も手を付けられない無法地帯に一つ雷が落ちた。言わば、雷属性の全体攻撃魔法が春日一味に降り掛かり、怒号を飛ばしあっていたパーティーメンバーは驚きながら受付の向こうを見た。


「皆さん、お引き取り下さい。本日の受付は終了しました。」

 どうやら落雷の正体は、痺れを切らした里々佳が机を強く叩いた音だった。受付の向こうで里々佳は麗しくも恐ろしさを感じさせる笑顔で春日達の退場を待ち望んでいる。これ以上何も言い出せない状況に春日達はハローワークを後にした。


「……めちゃくちゃ怒らせちまったな。これじゃしばらくは転職出来そうにねぇや、」
「確かに転職は出来ねぇが、その間に俺らでドラフト会議しといた方がいいだろ。」
「そうね、あんだけ揉めるってことは皆が皆、なまえを自分の手元に置いておきたいってことだもんね、」

 紗栄子の言葉にメンバー間で再び火花が散る。傍にいたナンバ、えり、趙、ハン・ジュンギも深く頷く。なまえはと言えば、嬉しいような、嬉しくないような複雑な気持ちで真っ先に歩き出す。行先は言わずとも分かる、我ら春日一味のアジトであるサバイバーだ。転職についてマスターといろはに相談しようと思い、なまえは一人スナック街へと続く道を歩いていった。


***


「ああ?転職だあ?そんなもん、自分で決めることだろう。」
「そうなんですけど、その、期待されてる?って言うんですかね……。みんなにそう言ってもらえて嬉しいんですけど、」
「そうか。じゃあ、俺んとこはどうだ?今、丁度一人だけ従業員を募集していてな。なまえさえ良ければ、雇ってやってもいいぜ。」
「ほ、ほんとですか……?!マスター……!」

 場所は数日ぶりにサバイバーのカウンター前。マスターからの誘いも悪くないと思いながら、なまえは後ろで繰り広げられているドラフト会議の様子を時折振り返り見ては、嬉しい溜め息を浮かべた。