たくさん並んだ料理の山を切り崩していくのは、隣でむしゃむしゃと食べ進めているソンヒだった。それに倣うようになまえも手にしたレンゲや箸で忙しなく空腹を満たしていく。ただ今、女子二人で息抜きの真っ最中。

「付き合ってもらって悪いな。」
「いいえ、滅多にないソンヒのお願いですから。それに部下である私が同行するのは当然のことです。」
「そうか、それは良い部下を持った。しかし、そう簡単に私の息抜きが終わると思うなよ。」
「どこまでもお付き合いいたします。なので、そのおかずを私にもください。」
「勝手に取ってくれていい。なら、私もなまえのを貰おうじゃないか。」

 どうぞどうぞ。となまえは自身の手前にあった餃子を、たくさん食え。とソンヒはなまえが欲しがっていた春巻きを。二人は互いに皿を差し出して、まだ底の見えない空腹を満たしていく。チャーハンの山にエビチリの赤い海。一皿にたくさん盛り付けてくれるおかげで、辺りにはおかずの山が築かれており、ソンヒが食べ進めるあんかけ焼きそばも普通盛りであるのに大盛りと錯覚してしまいそうだった。なまえが小籠包に手を伸ばしたところで再び会話が始まる。

「よく食べるじゃないか、意外だね。」
「ソンヒこそ。それなのにそんなに細いんですから、羨ましい限りです。」
「何を言ってる、なまえだってあまり私と変わらないだろう。」
「そ、それは言い過ぎです、……嬉しいですけど、」
「フフ、なら私にも小籠包を一つ頼む。ああ、その手前のヤツでいい。」
「はい、どうぞ。熱いですから、火傷にはお気を付けて。」

 美味いな、まだまだ食べられそうだ。でも、今日はご飯だけじゃないんでしょう、ソンヒ。ああ、折角の息抜きなんだ、散々遊び回ってから帰りたいだろう?ええ、そうですね。なら、ここも手早く切り上げて次へ行こうじゃないか。こ、こんなにある料理を手早くって……。なんだ、出来ないのか?いえ、ちゃんと美味しくいただきますからご安心を。
 お互い不敵な笑みを浮かべては食事を再開する。決して味わうことを忘れず、己の食欲に素直に、運ばれてきた料理を残すことなく、二人きりの食事を楽しむ。積み重なるからっぽの皿、粗相のないように綺麗に食べ進める姿、時折飲み物を挟んでは箸休めに他の皿の料理をつついていた。


 コミジュルの女性は皆、痩せの大食いであると証明したランチタイムだった。あの後もソンヒとなまえはテーブルに並んだ皿をことごとく空にしていき、無事完食と言う形で店を出た。胃も満たされ、満足そうな二人だったが、ソンヒの提案により次はショッピングに出掛ける。
 中華街エリアを抜け、今度はすぐ近くにある神内駅東エリアにあるla chatte blancheを目指した。そこは多少値は張るが有名ブランドの新作が並ぶソンヒ御用達のショップの一つだ。

「そういや、なまえ。お前はよくパンツスタイルでいることが多いな。そういうのが好みか?」
「いいえ、そういう訳では。本当はソンヒみたいにタイトスカートとか履いてみたいですけど、なんせこういう稼業ですから、動きやすさ一番でないと、」
「なんだ、そういうことか。なら、今日はお前に服を買ってやろう。勿論、私がコーディネートしてやる。どうだ、悪くない話だろう。」
「そ、ソンヒがですか…?!で、でも、」
「今日は無理を言って、お前に付き合ってもらってるんだ。礼の一つもしてやらなくてどうする、」

 今なら、あのハン・ジュンギも居ない。気兼ねなく好き勝手出来る良い機会だぞ?それになまえ、たまには私に甘えてみたらどうだ。前屈み、蜘蛛の巣がモチーフのネックレスがぶら下がり、涼しげな瞳で微笑むソンヒに異性に抱くような感情を抱いていた。強すぎる家族愛だと思いたい。

「……私、可愛いのがいいです。」
「ああ、任せておけ。思う存分、可愛くしてやる。」
「よ、よろしくお願いします、」

 私からすれば今でも充分だと思うが、その先を見てみたくてな。と躊躇いなく歯の浮くような言葉を口にする。わ、分かりましたから……!となまえの遮りにソンヒは満足そうな笑みを浮かべ、なまえの腕を取り、通りを女二人が歩いて行く。


***


 来店と同時に店員の丁寧な挨拶が聞こえて来た。衣服だけでなく、小物も取り揃えてある所を見ると、ここはファッションに対して相当気が利いている店のようだ。なまえは一人静かに圧倒されていた。自身では滅多に訪れることの無い、煌びやかな店内の内装に。商品であると言うのに、それら一つ一つは自身の持ちうる強みで魅せるように並んでいるのだ。何もかもにすぐ目は奪われた。
 ソンヒは堂々と店内を行き、店員と何やら話し込んでいる。時折こちらを見ていることから、先程言っていたコーディネートについて話をしているのだろう。きっとすぐに声が掛かる、だからそれまでは綺麗に並べられた衣服達に釘付けになっていようと思う。


 店員との話が終わったソンヒに声をかけられ、遂になまえのコーディネートショーが開幕する。上品な作りのワンピースやスマートさを演出するジャケットやなまえお得意のタイトなパンツ、やや幼さの残るストラップシューズ……と組み合わせは無数にあった。着せ替え人形のように次から次を要求されたが、やはり心に幼き少女が宿っているようで、着せる側も着せられる側もどちらも心からコーディネートショーを楽しんでいる。可愛らしさも大人っぽさも出来る雰囲気も、なまえを別人へと変えた。その中でソンヒが納得出来たのが次の服装である。

 黒のレザースカート、白のオフショルダーニット、ジャケットはライダース、ショートのレースアップブーツ。全身鏡に映っている自分はまるで別人のようだった。甘くて辛いコーディネートにソンヒのセンスが光る。

「悪くないんじゃないか。よく似合っているぞ、」
「ほ、本当ですか……?こういうのあまり着たことないから、変な感じです……。」
「私が似合っていると言ってるんだ、信用しろ。」
「……じゃあ、似合ってるということで。ふふ、」
「最初からそう言ってるだろう、」

 どうやらソンヒも自分が施したコーディネートを気に入っているようで、何度も柔らかく目を細めているのが見受けられた。普段は情報の波ばかり見てきたであろう、あの瞳が微かに爛々と揺れている。喜ばしいことだと思った、普段の小難しい言葉は抜きにして、まるで姉のような彼女が暖かな気持ちを見つけられたのなら。

「フッ、アイツにも見せてやりたいくらいだ。まさか自分の部下がこんな風に様変わりしたとなれば、何かしらの反応は見せてくれるだろうね。」
「さ、参謀は関係ないじゃないですか。それにきっと何ともありませんよ……、」
「どうしてそう言い切れる?」
「……あまり、そういうのに興味が無いかと、」

 ソンヒが口にした『アイツ』とは、ハン・ジュンギのことである。ハン・ジュンギはソンヒからすれば組織の参謀であり、右腕的存在の男だ。だが、なまえからしてみれば、それは全く異なる立場の人間で、ハン・ジュンギとは、ソンヒと同じく自身の上司であり、尊敬の念すら抱く暗殺者でもあった。どんな任務であろうと完遂する優秀な人間である彼に、浮ついた自分の姿を見せられない。勿論、ハン・ジュンギにも冗談を言えるユーモアがあるのを知ってはいるが、それ以上に内なる感情がストップを掛けているのだ。

「全く、あのハン・ジュンギにも困ったもんだね。部下の様子のひとつすら察せないようじゃ、」
「いえ、これは、その、個人的な事情なので、あの人は何も、」
「……そうだな、恋愛感情というのは本来、秘密的であるべきだからな。」
「そ、ソンヒ……!」
「フフ、今のお前では凄みに欠ける。やはりよく似合っているぞ。」

 悪戯な顔をしてみせるソンヒに心をかき乱されながらも、なまえは感謝していた。自分の我儘を聞いてくれ、個人的な事情の話さえ聞いてくれる。このような話は同胞との間でも交わしたことは無い。同性だからこそ、慕っている相手だからこそ出来る話の一つだ。

「……ありがとうございます、その優しさに感謝します。」
「おいおい、そんな堅苦しい言葉はやめてくれ。今日は私の我儘に付き合ってもらってるんだ、そういうのはナシだよ。」
「そうでしたね。……ありがとう、ソンヒ。」
「それじゃあ、息抜きの続きをしようじゃないか。」
「え?でも、お会計……、」
「とっくに済ませてある。さ、次行くぞ。」

 いつの間にか済まされていた会計に驚きつつ、ソンヒに手を引かれて店を出た。レザースカートはタイトであるが故に靡かない。真新しい姿の自分がソンヒの隣を歩く、ソンヒはいつも通りの装いで自分の隣を歩く。見慣れて飽きたとさえ感じていた異人町の景色が新鮮さを取り戻す。

「良いものだな、こうした賑やかな息抜きも。」

 サングラスに遮られた視線、ヒールが鳴る。なまえはその呟きを聞いていた。街の喧騒にすぐ掻き消されてしまうその言葉に、そうですね。と返していた。ちらりとこちらを見たソンヒはまた静かに行く先を捉える。握り締めたままの手は、敢えてそのままにしておいた。ソンヒが解くまでこのままでいいと、このままで居たいとそう思ったからだ。街のざわめきに落ち着く気持ちがあった。内心穏やかでいられない鼓動を隠すのに、周囲のざわめきが丁度良かった。


 それからは浜北公園にある海の見えるカフェでアイスコーヒーを、中華街近くにあるクラブセガでプリクラを、更に中華街の露店で肉まんや杏仁豆腐、ソフトクリームを、開心特産店ではゆるキャラの小野ミチオ公式グッズを。行く先々で目に入った店、興味を引かれた場所に寄り道をし、時間が許す限り異人町を遊び場とする息抜きに興じていた。
 やがて横浜の空が夕暮れに染まり、大観覧車のイルミネーションが輝き出せば、夕暮れに一日の終わりを知らされる。もうそろそろ切り上げるとしよう。と口にしたソンヒは随分と満たされたようで、その満足げな表情になまえも頷く。夕焼け色の風に吹かれた帰り道は、冷ややかに二人の間を通り抜けていった。しかし、まだ暖かな時間の中にいる二人はその冷たさに凍えることは無かった。