「バッカ野郎!お前ってやつは……!」
「なんだよ、そんな大声出して」

 異人町の異人通りにある、隠れた名店と噂される佑天飯店。グルメマップやネットに情報が載っていない為、客の入りはあまり多くない。今日もテーブル席が何とか一つ埋まるだけの人数が賑やかに食事していたのだが、その内の一人が声を荒らげた。傍には料理を運んで来たと思われる店員の女性が不思議な顔で立っている。
 声を荒らげたのは横浜流氓の男で、不満そうな顔をしているのは神室町で有名な探偵の助手をしている男だ。つまり、鉄爪と海藤の二人が店員の女性を巻き込むような形で言い合いを始めてしまった。

「すんません、なまえさん。コイツ、あんまりよく分かってないもんで……」
「ふふ、私は大丈夫。だから、気にしないで」
「ほら、彼女もこう言ってくれてるじゃねぇか。お前が気にし過ぎなんだよ」
「お前……!この人に馴れ馴れしい口を聞くんじゃねえ……!」
「まあまあ。今日は楽しい人たちを連れて来てくれて、私は嬉しいけどな」
「ああ、もう、そんなこと言ってコイツを甘やかさないでください……!すぐに調子づきますから……」

 それじゃあ、ごゆっくり。と言い残して、二人の話題の中心人物だったなまえは厨房へと戻って行った。厨房ではたった一人の料理人が黙々と料理を拵えている。決してこちらを振り向きはしないが、鉄爪はしっかりと肌で感じていた。料理を作っていながらも発せられる威圧に似た何かを。だからこそ、鉄爪は勘弁してくれと海藤に声を潜めてそう告げたのだ。海藤はと言うと、未だに疑問符を頭に浮かべている。

「つうか、何なんだよ。さっきの。俺、何も悪いことしてねぇだろ」
「でも、海藤さんは女の人に弱すぎ」
「杉浦まで鉄爪の味方かよ。神室町じゃあ、結構面倒見てやったってのに」
「違うよ、前来た時に言ってたからさ。ここの料理を作ってくれてるのは上の人だって」
「上の人だあ?」
「それにさっきの、なまえさんだっけ。左手に指輪はめてたよ」

 つまり。と杉浦は焼売を一つ頬張り、つまり?と海藤はエビチリと一緒にライスをかき込む。そして、鉄爪がタイミングを見計らい、趙さんの嫁さんだよ。と紹興酒を流し込んだ。

「うおお、マジかよ」
「だから、お前にちょっかい出されちゃあ俺が困るんだよ」
「なら、海藤さんも程々にね。ってか、そもそも口説く前提で話かけるのやめなよ」
「そう言うことなら仕方ねえ」

 などと言っておきながら、お姉ちゃん!注文頼むわ!と海藤は満面の笑みで手を振っている。何も分かってないと同席していた二人はその場で項垂れた。ねえ、あの人って怖い?そりゃあ、元々はウチのトップだったからな。あ〜……、ご愁傷さま。ったく、そんなん良いからコイツ何とかしてくれ。

「なあに、鉄爪さんは私じゃ嫌なの?」
「あ、いや、そういう訳じゃ……、」

 杉浦と鉄爪が話し込んでいると、むすっとした顔で注文を受けに来たなまえがテーブルの横についた。すると、海藤は滑りの良くなった口で先程の会話にあったことを話し始めた。鉄爪も一度は止めに入ったものの、なまえからストップが出され、コップの中の紹興酒を流し込むことしか出来なかった。


「ウチの人が嫉妬するからって?」
「そうなんですよ、気にし過ぎですよねえ」
「海藤さんの言う通りだわ。大丈夫ですよ、鉄爪さん」
「そ、そうっすか……?」
「もうお互いに嫉妬するような関係じゃないもの」

 うふふ、となまえは嬉しさが隠し切れていない笑顔でそう言った。しかし、隠し切れていない感情が漏れているのはなまえだけではないのだ。それは終始、この肌を撫でつけていると言うのに、誰も気付いてはいない。こうしている今も趙はこちらの賑やかな雰囲気に、黙って釘を刺している。いつまで経っても鉄爪ばかりが居心地悪いままだ。だが、海藤はこちらの事情を知らぬ存ぜぬと言った具合に、なまえと楽しく談笑している。

「海藤さん、注文したかったんじゃないの?」
「おお、そうだった。なまえちゃん、焼売とエビ蒸し餃子を二皿、あとライスのおかわり」
「あ、僕も五目麺」
「鉄爪さんは?」
「……俺は五目炒飯で」

 うん、たくさん食べてってね。と伝票に三人分の注文を書き留め、なまえは厨房の彼に伝えに行こうとしたのだが。なまえのいるテーブルに近付く人影があった。その手には二枚の皿が置かれており、人影はなまえの後ろからテーブルの三人へと声をかけた。

「はい、おまち」

 指輪がギラギラと眩しい手元、料理人とは形容し難い装い。何より、鉄爪の顔が引き攣っていることから、その人影は横浜流氓の元総帥であり、佑天飯店の店主である趙天佑だった。まずは焼売と蒸し餃子の乗った皿を並べていき、次になまえに手伝ってほしいことがあるからと、彼女の手を引いて厨房に連れ去ってしまった。残された三人は互いに顔を見合わせ、そろそろ大人しくしておこうという結論に達した。
 店主の手によって運ばれてきた皿からは出来たての湯気が漂う。我先にと箸を伸ばした海藤は蒸し餃子を口に運ぶと、すっからかんである茶碗が恨めしく思えた。酒のつまみにしてもいいのだが、酢醤油とカラシの絶妙な味わいを思えば、これは今すぐにでも白米をかきこみたくなるくらいだ。海藤はいても立ってもいられず、残りの紹興酒をぐいっと飲み干した。


「ほらよ、見たか?」
「うん。あれは相当、気にかけてるね。なまえさんのこと」
「まじでここのメシ、うめえな」
「だろ?あの人の料理は絶品なんだ。だから、お前もあんまりちょっかい出すな」
「わかったよ、精々世間話程度にしとくって」
「俺ぁ、あんまりお前のこと信用してねぇからな」
「僕も。鉄爪さんと同じ考え」
「んだよ、つれねぇなあ。杉浦はもう横浜の人間になっちまったってことか」

 さっさと食べて店出んぞ。そうだね、あんまり長居出来ないし。んじゃ、本腰入れるか。と三人は改めて皿の前で手を合わせると、箸やレンゲを忙しなく動かし、絶品の料理を胃袋に収めていった。追加の皿もぺろりと平らげてしまうほどに、この店の料理はどれも美味いのだ。店主からサービスだと出された杏仁豆腐を最後に三人は席を立った。