「……で、お前さんはその女の口車に乗せられてるってことか」
「どや、わくわくしてくるやろ」
「俺には理解出来んよ」
対面に座し、呆れ果てた顔と好奇に笑む顔が向かい合う。真島の姿はいつものベッドにあらず、柄本も遂に退院の話を持ってきたところだ。真島が女と別れた後、戻ってきた柄本が見覚えのない花束とフルーツが盛られたバスケットを真島に問い質したことで例の一件について明かすこととなったのだ。
「命あっての物種という言葉を知ってるか」
「せやから、命がある内にあの姉ちゃんに付き合うんやないか!はァ……、その頭でっかちも程々にせな、苦労するでェ」
「もうとっくに苦労してるよ」
ま、話はこれくらいにしといて、と柄本から退院を伝えられた真島は、世話になったわ。と言い残し、柄本医院をいつもの派手な装いで後にした。女の見舞いから実に二日経った真昼のことだった。
***
真島の足取りは軽やかである。今にも踊り出しそうな、陽気で不気味なステップを踏みながら、パイソンの内側にしまっておいた一枚の紙を取り出す。そこには知らない番号が書き残されており、筆跡からして彼女のものだろう。数字ばかりが並んだそのカードは花束に添えられており、真島は熱烈なラブコールに応えるつもりだった。適当な場所の、適当な電話ボックスに入り込み、ご丁寧にハートマークまで添えられたカードの番号を打ち込んでいく。コール音が二、三回続いた後でその番号の主が嬉しそうな声で電話に出た。
「もしもし、もしかして組長さん?」
「なんや、他にもこの番号渡した男がおんのか」
「そんな人、もう存在しないわ。今は組長さんだけ」
「にしても、えらいご機嫌やないか」
「ええ。だって、この番号にかけてくれたってことは、無事に退院出来たんでしょ?」
とっても嬉しいことじゃない。お見舞いにまで行ってよかった。と電話口で彼女が口角を上げて笑っているのが目に浮かぶ。好都合なのは女にとってだけではない、真島にとってもそうだった。面白いほどに口角はどんどん吊り上がっていく。
「なら、どうや。快気祝いに」
「……デートのお誘い?」
「で、返事は?」
「勿論。場所は?」
「西公園、八時」
「それで、いつ?」
「今日や」
受話器の向こうで小さく息を呑む音が聞こえ、真島はより笑みを深くする。
「もし今日を逃してもうたら、俺とはこれっきりや」
「これっきり、だなんて」
「お姉ちゃんはいつでも俺のことを見とるようやが、俺が本気になったらその目ェ掻い潜れるで」
「……あら。それ、ほんと?」
「おう、マジやマジ」
「そう。でも、私も別に構わないわ。組長さん以外にも相手にしなくちゃいけない人がいるから」
「ソイツでお姉ちゃんが満足するとは思わんがなァ」
数秒の沈黙。途切れた挑発の応酬の先にあったのは、確かな手応えだった。相手は自分を好んで殺しに来るような女だ。つまり、今は自分以外の標的は目に入っていない。そう踏んだ真島は敢えて攻めの姿勢に転じたのだ。自分に毒を飲ませ、殺そうとしたくせに、甲斐甲斐しく見舞いにまでやって来るような相手など、完全に自分に首ったけでなければ釣れない獲物だ。
「ひどいこと言うのね、」
「先に他の男を引き合いに出したんはお姉ちゃんやろ」
「嫉妬してほしかったの」
「せやったら、俺よりええ男見つけなあかんなァ」
「……わかった、今日行く」
「ほな」
あ!ちょっと待って!と割り込んで来た言葉に真島は目を丸くする。
「待ってる間に『浮気』しちゃだめだからね。組長さん、あなたは私がやるの」
可愛げすらある言葉選びに、真島は勘違いを起こさなかった。もしかしたら、本当にその言葉通りの意味なのかもしれない。他所の女に目移りをするなと釘を刺しているのだろう。しかし、互いの素性を知っていては、ラブコメディ的台詞は別界隈の隠語に様変わりしてしまう。
「なら、お姉ちゃんの本気見せてもらわな」
「楽しみにしてて」
そして、通話は途切れ、二人の再会は今夜八時に取り付けられてしまった。真島は自分の胸が酷く満たされるのと同時に、今夜起こるであろう血なまぐさいデートに期待を膨らませていた。血が滾り、脈々と循環する感覚に体も熱を帯びていく。不吉な予感は彼女にどうにかしてもらおう。恐らくただのデートになりはしないだろうから。張り裂けんとばかりに膨らんだ期待に、ふとレザーが窮屈に感じられたのだった。