ショート丈でオーバーサイズのファーコートを緩く羽織った女の姿があった。青を基調としたコーディネートはアウターのコートだけでなく、ロングブーツ、レザーのタイトスカート、肩にぶら下げたバッグにまで及び、トップスはノースリーブの白のニットを。
時刻は間もなく八時ちょうどを迎えようとしている。場所は西公園、約束の時間は八時。女は当日取り付けられた約束の通り、彼の待つであろう西公園へと向かっていた。すると、公園の入口からドラム缶の前で煙草を吹かしている男の姿が見えた。今夜の相手である男の姿を確認すると、浮き足立つ思いでその隣に立った。
「早いのね」
「おお、姉ちゃんか」
「待った?」
「ぼちぼちや」
「そう」
ドラム缶の前で煙草を吹かしている男の真島は、なまえの格好を横目に見ると、ええ趣味しとるわ。と呟いた。それを拾ったなまえは嬉しそうにはにかむと、真島のがら空きの腕に自身の腕を絡ませ、夜の街へ誘おうとしていたのだが。その気を削ぐように後ろから複数の足音が響く。どれらも全てこちらへと向かっているようで、華美に彩られたなまえの目つきは険しくなる一方だった。
「……どういうこと」
「何がや、」
「私を囲む気?」
「ンなことする訳ないやろ。俺にお姉ちゃんをまわす趣味はあらへん」
「それじゃあ、私じゃなくて組長さんに御用かしら」
「せやろなァ、心当たりなら腐るほどあるわ」
普段、怖いことしてるんだ。それはお互い様やろが。私は、そんな、とんでもない。よう言うわ。もう、すぐ意地悪言うんだから。おお、すまんすまん。
二人が呑気にじゃれ合うような会話を交わしている内に、ぞろぞろとその群衆は西公園を取り囲んでいた。だが、真島はまだ口元に煙草を咥えており、なまえはこの日の為に施して来たネイルを見つめている。張り詰めていく空気のこともお構いなしに、二人は依然として二人の空気感のままで時間を潰していた。
今、西公園を取り囲んでいるのは他の組の構成員だった。胸元には親を象徴するバッジをつけており、中には物騒な得物を持った構成員の姿もある。なまえと真島がそのような状況で取り乱さないのは、内心でどうにでもなると考えていたからだ。しかし、たった二人で大勢の襲撃を逃れることが出来るのだろうか。身軽な格好でいる二人の男女が。
我先にと踏み出した男を見逃さなかった。真島は即座に煙草を投げ捨て、一直線に駆け寄り、懐に潜っては肉を打つ。慣れた様子で喧嘩に突入する真島の姿を目で追い、ベンチに腰掛ける。暇を持て余すようにバッグの中身を漁っていると、自分の前で立ち止まる革靴が見えた。二、三人程度のそれは次になまえに向けて無機質な何かをかざしている。
顔を上げた先にあったのは、銃口だった。そして無理矢理に腕を取られ、真島と引き剥がされる。きょとんとした顔で男達に連れられるなまえを見た真島はその場を離れ、駆けつけようとしたのだが。まず拳銃を持っていた男に異変が起きた。すると、今度は辺りを囲んでいた男達にも同様のことが起きる。真島の唖然とした顔が意外で、且つ面白いとなまえは表情を歪ませ、いつの間にやら手にしていたスタンガンを放電させていた。
「助けようとしてくれたの?」
「行こう思ったんが阿呆らしいわ」
「でも、まずいって思ったでしょ」
「……見間違いや、見間違い」
「あ〜あ、折角のデートが台無し」
「さっさと片付けて次行こうや」
なら、とっておきの裏技。となまえは男から取り上げた拳銃を上空へと構えると、安全装置の外れたそれの引き金を何度も引いた。六発分の銃声が神室町に響き渡る。街で銃声が聞こえたなら、何が起きるだろうか。一般的には銃声を聞きつけた近隣住民はとある組織へ通報するはずだ。次にその通報を受けた組織は直ちに現場へと向かうことだろう。そして、幸いにもこの場にいるのは、その組織と関わり合いになりたくない人間ばかりだ。つまり、なまえは銃声で警察を誘き寄せることによって事態の収束を図ったのだ。
「これでみんな、ここに長居出来なくなった。それでも組長さんとやり合いたいなら、どうぞ」
「ただじゃすまんやろなァ、こんなんでサツに出会したら」
女は愉しげに、男は面倒そうに構成員達を見た。中にはまずいと顔色を変えた者や、火に油を注がれて激昂している者もいる。真島は首を鳴らし、なまえは空っぽの拳銃を投げ捨て、共に戦闘態勢に入る。
「お姉ちゃんは素手で平気なんか」
「素手は無理。痛いもの」
「なら、さっきのヤツか」
「他にもたくさんあるわよ。突然デートに誘われちゃったから、たくさん持ってきたの」
「俺に使うつもりやったやろ」
「そりゃあ、私も組長さんのこと狙ってるわけだし」
それじゃあ、そろそろ。せやな。
二人は楽しいパーティーの始まりと言うかのように、目の前に群がる構成員達へと向かって行った。敵を薙ぎ払う真島の身のこなしは身軽で、なまえは相手をいなしながら着実に一人ずつ落としにかかる。時折、互いの無事を確かめながら、二人は時間が許す限り目の前の敵と好き勝手に楽しんでいた。