サイレンの音を合図に二人は顔を見合わせた。辺りに立っている人間は真島となまえを除いて他に存在しない。なまえが真島に数を問い掛けると、真島は八人と答えた。その答えを聞いたなまえは血の滴るバールのようなものを片手に目を丸くして押し黙っていた。

「お姉ちゃんはなんにんやった?」
「……七人、」
「俺の勝ちやな」
「し、勝負なんてしてないじゃない!」
「顔真っ赤にして怒鳴らんでもええやろ。意外と可愛いとこ、あるやないか」

 二人の周辺には血塗れで床に伏せている体がいくつもあった。それは初めに二人のデートを妨害した他所の組員達であり、なまえの発砲をきっかけに始まった、ちょっとした喧嘩の結末である。そして、結果として真島の方がなまえより倒した相手の数が多かっただけのことである。
 真島の方が一人多く相手を倒した。その事実が気に食わないと、なまえは眉間に皺を寄せている。しかし、二人は大人数を相手にして無事で居られたのだ。真島はともかく、なまえのような一見、普通の女性が大の男を七人も倒してしまうとは想像に難いものがある。自分より体格のいい相手をどのようにして撃破したのか。

「にしても、ようそないなモン持っとったなァ」
「バールはどうにもならなくなった時の為に持ってきたの」
「なら、その手ェに着けとるごっついヤツもか?」
「メリケンサックは御守りみたいなもの」
「ほんなら、スタンガンはなんや」
「スタンガンは……、」

 組長さんがお尻触ってきた時用。とぼそりと呟いたなまえに真島は高笑いを上げた。よう、俺のこと分かっとるやないか。と噛み殺せぬ笑みで未だに不機嫌そうな顔のなまえを見る。すると、どこか遠くで物音が聞こえ、二人はそちらに視線を投げ掛ける。そこには、まだ意識のある男が現場から逃走しようとしていたのだ。なまえはこれを絶好のチャンスと思い、真島そっちのけで後を追おうとした。だが、近付きつつあるサイレンに真島もなまえを放ったらかしには出来ず、すぐに彼女の体に腕を回し、多少強引にでも足止めにかかる。

「ちょっと!放して!あの人やったら逆転勝ちでしょ!」
「ンなこと言うとる場合か!もうええ加減にせえへんと、今度はサツに囲まれるやろが!」
「もう!おしり触らないで!」
「こないな状況で触るか!触んなら、思いっきり撫で回したるわ!」
「だから、触らないでってば!」

 手際よく彼女の体を担ぎ上げると、じたばたと暴れる足が邪魔をする。だが、もうのんびりしている時間はないのだと彼女の臀部を強く叩き、ようやくその場を後にした。担がれたなまえは相変わらず不機嫌そうな顔で、じんわりと痛む臀部に泣きたくなった。


***


 ガラスを隔てた向こう側では忙しなく人が行き交っている。コンビニの入口付近にある雑誌コーナーには二人ほど、雑誌の立ち読みをしている客がおり、外の慌ただしさを時折盗み見ながら様子を窺っていた。男は新聞紙を、女は男性グラビア誌を手に微動だにせず、自然に振舞っている。

「あ〜あ、えらいこっちゃ」
「そうね、大変そう」
「大変そう、て。お姉ちゃんがけしかけたんやろが」
「だって、あんな狭い公園で全員を相手になんて出来ないもの」
「出来へんことはないで」
「いいの、そう言うのは」

 男は紙面を捲り、そのついでに女の雑誌を見やる。女が手にしていた雑誌には、線の細い華奢な俳優のグラビアが掲載されており、どれも皆端正な顔立ちが並んでいた。

「なんや、そないに弱そうな男が好みなんか」
「まあね。見ていて飽きないし、ため息ついちゃうほどには好き」
「かあ〜っ、こんなん一発殴ったら終いやでェ?」
「殴らないもの。そもそも、組長さんみたいに喧嘩に明け暮れないのよ。こう言う人達は」
「つまらん人生やのぉ……」
「それは人それぞれ」

 先程の場面とは打って変わって、平凡なやり取りを重ねているのはパイソンジャケットと真っ青なファーコートである。どこからどう見ても派手である二人には、コンビニ店員も立ち読みの注意は出来ない。どちらも近寄り難い雰囲気を纏っているのだから無理もない。パイソンジャケットとファーコートには微量の血が付着しており、その物騒さが周囲の人間を遠ざけていた。
 未だ消えぬサイレン、ガラス越しに見たパトカーと警官の姿。なまえの思惑通り、警察は銃声が聞こえた西公園付近に集まっているようだった。あの後、現場から逃走した真島はどこか身を隠せる場所として、七福通り西にあるコンビニのMストアに潜伏していた。不満そうななまえを店内の雑誌コーナーに連れ込み、今に至る。

「それじゃあ、そろそろお暇しましょ」
「せやな、立ち読みも飽きたわ」

 二人は長い間手にしていた新聞紙と雑誌を棚に戻し、立ち読みを許してくれた礼として、缶コーヒーを二つ買って店を出た。すっかり熱が抜け切ってしまった体に冷たい風が吹き付ける。寒いとなまえが言えば、真島は風が凌げる場所でも行くか?と返す。この街でそのような場所と言えば一つしかない。

「なに、ホテルのこと?」
「カプセルだの、ビジネスだのとちゃうで」
「もしかして、あっちの方?たくさん並んで建ってるけど」
「せや。ほんまはすぐにでも楽しいデートしたかったんやが、とんだ邪魔が入ったわ」
「あれはあれで楽しかったけど、そうね」
「今度は二人で楽しもうやないか」
「最初っからそれがお目当てだったんじゃなくて?」
「それは確かめてみればええ。ホンマかどうか」

 それもそうね。そうしましょ。となまえが真島の手に自分の指先を絡めると、二人はまるで小さな子供のように無邪気に手を繋いでホテル街へと消えていった。