「あら、組長さん体に凄いのいれてるじゃない」
「なんや、見たことなかったか」
「だって、密室で二人きりになることなんてなかったから」

 二人は今、神室町のとあるホテルに身を寄せていた。勿論、楽しいデートの続きという名目で二人はこじんまりとした部屋で寛いでいた。真島はジャケットを脱ぎ、レザー一枚の状態でソファーにふんぞり返っている。一方でなまえは殆どの服を脱ぎ捨てると備え付けのバスローブを羽織り、ゆったりと過ごしている。窓の外では未だに喧しくサイレンが鳴り響いており、なまえは高みの見物といった具合に自らが引き起こした現状を見下ろしていた。

「ほれ、飲んどき」
「ありがと」
「まぁだ仕事しとるわ」
「仕事熱心なのはいいことよ」

 真島から手渡されたビール缶に指をかける。真島も窓際で警察の働きっぷりを眺めては、缶を傾けた。だが、先に飽きていたなまえは今度は真島の刺青に注目する。派手な桜吹雪と白蛇、背には般若がこちらを睨みつけている。指を這わせ、般若の輪郭をそっとなぞれば、突然感じたくすぐったさに真島が振り返る。

「何しとんねや」
「美人さんだと思って」
「ああ、コイツか」
「それに、意外と傷だらけみたい」
「極道やっとるとなァ、綺麗な体のままっちゅうわけにはいかんのや」

 こことここ。あと、ここも。点と点を繋いで線を引くようになまえの指先は真島の鮮やかな肌を走る。すると、真島がなまえの手を引き寄せ、腹部の傷に触れさせた。なまえはすっかり閉じた傷口の端から端をなぞり、徐々に腹筋のなだらかなラインを這い上がっていく。目を見て、指先を見て、再び目を見る。何かの合図のように目の奥で通じ合い、噛み付くように唇が重なる瞬間、部屋の外からドアをノックする音が聞こえてきた。

「ったく、なんやねん。ええとこで」
「いってきて。ここで待ってるから、続きはまた後で」
「さっさと終わらせたるわ」

 手をひらひらと振り、片手に預けっぱなしのビールを喉奥に流し込む。喉を通る苦味に舌を痺れさせながら、窓際を離れると今度はバスルームへと歩いていく。せめて綺麗な顔でありたいとドレッサーに向かい合って、弱くなった魔法をかけ直す。薄くなってきたリップを塗り足し、乱れた髪を整え、バスローブの結び目を解いておく。
 それはさておき、的と弾が一晩を共にする? しかも、仲良さげに? 笑みが喉奥から漏れ出ていった。それでは、スタンガンやバール、メリケンサックなどを持ち出した意味は? そう、全てただの御守りなのだ。なまえという殺し屋が真島吾朗という的を確実に手にかける為だけの。それが一体全体、おかしなことになってしまった。真島を襲撃した他所の組のヤクザとのいざこざ。共闘をきっかけに仲間になるのはよくある展開だが、自分の場合はどうだろうか。鏡に映る自分を綺麗に保とうと必死になっているが、実際この腹の中はどろどろとしているのだ。どうやって仕留めてやろうか、と。

「快気祝いに、なんて信じていいのかしら」

 腹の奥から湧き上がる笑みを噛み殺していると、聞き覚えのない声が部屋の入口から聞こえてきた。まだ話し込んでるのだと、聞き耳を立てる。しかし、聞き耳を立てた数秒後、なまえは額に青筋を浮かべて、ドレッサーの鏡を叩き割るのだった。


***


「あのぉ、」
「いや、せやからな」
「でもぉ、」
「ちゃうねんて」
「だってぇ、」

 真島は予期せぬ来客の対応に苦戦していた。来客は女、神室町の無数にある店からやって来たデリヘル嬢だ。彼女はどうやら、この部屋で客と会う予定だと勘違いしており、真島が何度違うと伝えてもあまり取り合ってくれないどころか、帰るのも面倒くさそうにしているのだ。ごねている彼女を説得しようと言葉を選ぼうとしても、結局は耳に入れてくれなければ意味がなかった。もう強引に閉め出してしまおうかと考えた直後、部屋の中で何かが割れる音が聞こえた。そして、次に聞こえてきたのはなまえの苛立ちに満ちた声だった。


「誰?その彼女、」

 振り返り、事情を説明しようとしたが、デリヘル嬢の悲鳴で嫌な予感が脳裏にチラつく。急いで後ろを振り向けば、真島の煙草を一本拝借し、こちらへ不敵に笑いかけるなまえの姿があった。そしてもう片方の手には、またあのバールが握られている。

「彼女、可愛いわね」
「ちゃう。この子は部屋間違えて来ただけや」
「そのくせ、楽しそうにおしゃべりしてたじゃない」
「何度言うてもこの子が聞かんかったんや。せやから、話が長引いてもうて」
「そう。それじゃあ、今夜を愉しみましょう」

 なまえの煙る手が掴んだのは、ワインボトルだった。これは予めフロントに言って頼んでおいたものだ。しかし、もう自分達には必要がないと判断したなまえが先に手にしたのだ。ボトルに口をつけ、冷えた中身を喉に注ぎ込んでいく。アルコールを体内に流し込んだことで、ある程度気が済んだところもあったのだろう。だが、なまえはまだ中身が残っているそれをテーブルの角で叩き割ると、取り乱す様子のないまま、真島とデリヘル嬢へと裸足で近づいて行く。だが、彼女の異様さに恐怖したデリヘル嬢は早々に逃げ、真島は静かに扉を閉める。

「ほぉん、キレたお姉ちゃんの顔も悪くないわ」
「あら、そう?」

 よく言われるわ。と聞こえた瞬間、なまえは駆け出し、真島目掛けて割れた瓶を振り下ろす。肌を掠りはしたものの、真島は寸前で身を引き、なまえをどのようにして止めるかを必死に考えていた。次になまえは回避した真島へと狙いを定め、瓶を投げ付けたが再び真島に躱され、壁に衝突して粉々に砕け散る。

「そない物騒なもん、投げんなや!」
「物騒だなんて今更じゃない。最初から私はあなたを狙ってるの」
「はっ、嫉妬深い女っちゅうことか」
「あんなにその気にさせておいて酷いわ。私、ちょっと揺れてたのに」
「あれは偶然の事故や、やりたくてああなったわけやない」
「証明、出来る?」
「あァ?証明やと……?」

 ──── そう、人ひとりを黙らせるには『証明』が手っ取り早いでしょ?
 難解なことを言っておきながら、当の本人は恥じらう少女のように鈴の音鳴らして笑うものだから、真島も遂に燻っていた欲求を露わにする。

「なら、証明したる。そんでお姉ちゃんと好き勝手したろやないか!」
「ふふ、じゃあやって見せて」

 真島が戦闘態勢に入った時、ふと気付いたことがある。いつの間にか彼女の体にはいくつもの凶器が備わっており、背中を冷たい何かが走り去る頃にはうっすらと後悔の念が滲み始めていた。