北村の指先が留め具を外し終えると、いよいよという空気に包まれる。なまえもゆっくりとワンピースを脱ぎ始め、北村は露出されたなまえの背中から視線が外せない。華奢な体であるのに、うっすらと筋のように浮かび上がる影が美しく見えた。恐る恐る指先から触れてみれば、彼女の凍える皮膚に自分の体温が溶け広がっていくようだった。重なるように後ろから抱き締めれば、彼女の柔らかさに目眩を覚える。酷く煽情的なのだ、後ろから覗き込んだ彼女の姿は。先程、口にしたばかりの肉をもう一度食んでしまいたい。首筋の曲線に誘われるがまま、北村はなまえの首筋に顔を埋めた。両手は彼女の体をまさぐっている。誇張する熱も彼女の臀部の肉を喰っており、今にでも奪ってしまいたかった。

「なまえさん、嫌だと感じたらすぐに言って欲しい」
「分かりました。もし、そうなったら言いますね」
「ああ、俺も出来れば慎重にしたいと思っているんだ。……特にこう言ったことをする時は、」
「大丈夫ですから、続けてください」

 胸元に触れていた指先をゆっくりと降下させていく。穏やかな呼吸を繰り返す腹部を過ぎ、その手は下腹部、更には陰部へと迫っていた。慣れたものではない。時々、恐ろしさに指先が止まっているのをなまえは見た。だからこそ、何も言わず、自分の下着の中へと滑り込んでいくのを黙って見つめていたのだ。熱気に呑まれた指先は遂に熱源に触れる。なまえは恥ずかしさから目を伏せた。しかし、ごつごつとした太い指先がそこを撫で上げる度に体に甘い衝撃が走った。まるで麻痺するような感覚、甘い匂い、湿った皮膚。下品な水音を立てているのが自分であると分かっているから、余計に羞恥が掻き立てられる。
 北村も興奮冷めやらぬようで、優しく触れては時折強く弾いてみたり、深部へと侵入したりと、どのようにすれば、彼女が快楽を貪れるのか試しているようだった。その優しさは残酷性の裏返しにも思える。時に優しさは思ってもいない形で牙を剥く。だが、快楽に酔ってしまえば、それが残酷なものであると気付かない。そして、本人さえも自身の残酷性に気付けないのだ。だからこそ、愛という存在はこの世でもっとも強大で、容易に抗うことの出来ないものなのだろう。

 北村はなまえの体が小刻みに震えたのを見て、彼女が快楽の淵に落ちたのを知った。暗闇の中で微かに聞こえる息遣いに、大きく、太く、逞しい指先が彼女の快楽の余韻を待たずに再び動き始める。嫌でないのなら、このままどこまでも熟れた果実のようにぐずぐずにしてしまいたいと思うようになった。首筋に口付けを落としながら、温かな愛液に汚れる指先でまた愛撫し始めたのだ。なまえは快楽に呻いた。北村の名を口にしても、決して嫌だとは言わなかった。北村の熱も誇張してばかりで臀部に圧をかける。
 女の体は弓なりにしなり、背後の男の愛撫から逃れられずにいる。何度も太腿を震わせ、足を閉ざそうと身悶えしていた。エスカレートしていく行為になまえは順調に二度目の快楽の淵へと誘われていく。

「なまえさん、痛くはないか」

 なまえはこくりと頷く。恍惚の涙を目に浮かべながら、北村の手を受け入れ続けている。気付けば、北村の腕に重なるように自分の手を絡めていた。彼女は与えられる全てを受け入れようとしているのだ。それがまたいじらしく、愛らしい。煽っている実感も、煽られている実感もあり、北村は焦らすように手の動きを遅めた。

「……これ以上はやめておこう」

 北村は腕をするりと抜き取った。突然、お預けを食らうことになったなまえは切ない瞳で背後の北村を見た。すると、北村は慌てた様子でこう続けた。

「いや、これで終わりという意味じゃない。ただ、これ以上は俺が耐えられそうにないんだ」

 胸元のネクタイが外れ、袖のボタンが外されていく。シャツを脱ぎ捨てたかと思えば、そのまま押し倒されて大きな影の下に寝そべる。遂にリビングの照明は落とされた。今度はなまえの服に手が伸び、互いに衣服を脱ぎ捨てていく。そして、露出された互いの肉体に気恥ずかしさを掻き立てられるのだ。今まで意識の外にあった、恋人の肉体が目の前に晒け出されている。このような機会でなければ、見ることの無い姿になまえは唇を噛み締めた。それは北村も同様で、二人は互いの体にしっかりと触れていく。
 柔らかな丘陵を目でなぞり、手で触れるとまた違った感情が込み上げてきた。肌が脈打つ。彼女はその体に走る感覚を上手く隠し切れずにいる。初めはそっと表面を、次第に確かめるように、そして弱いところがあれば弄った。自分が彼女の理性をぼろぼろに剥がしているのだと実感する。彼女の理性が剥がれ落ちる度に、自分の頑なだった理性も脆く崩れ去るのだから、いつまでも大人しくしてはいられない。

「北村さん、わたし、もう」

 既に軽く絶頂を迎えていた彼女は煽られたままだった。密な繋がりもなく、この夜を終われない。そう訴える唇に北村も遠慮は出来なかった。酷く窮屈なそれを取り出すと、手荒に気遣いを手繰り寄せ、その内の一つを剥き、即座に取り付け、湿ったそこに押し当てた。これ以上、濡らす必要がない程に潤沢である彼女の中へと身を沈めていく。自分のとは対象的にやわらかなそこへと沈む。脊椎を下からなぞり上げるのは快楽だ。腟内を押し広げていく度に肉壁は収縮を繰り返す。機微な動きが刺激となって体を伝う。それは二人同時にだった。
 快楽に顔を歪めるなまえが視界に入ると、恐らく自分も快楽にだらしのない顔をしているような気がした。部屋の空気はツンと冷ややかであるのに、体は反対にじわりと熱を帯びる。色気のない、骨張った指が彼女の肉に沈む。腹部や臀部、乳房に彼女の唇にまで触れ、最後は彼女の手に触れた。するりと彼女の指が絡み付き、手のひらでさえ快楽の伝達に一役買っていた。

「余裕がないのは俺も同じだ」

 そう告げる間にも、素直な肉体は欲深く快楽を貪っている。迫り上がる感覚に背筋が震え、密に接している陰部の熱に気が触れてしまいそうだった。大きく吐き出した息が肌を撫でる。溢れる寸前、どちらもこのままでは救いがない。

「……キス、してください、」

 自身の下で彼女が潤んだ瞳で懇願する。飢えた口元が寂しそうに吐息を千切り、桃色に染まる肌を持て余し、潤んだ瞳が早くと急かしていた。引力、答えるよりも先に口付けが落ちる。触れるだけでは物足りないから、互いの舌先を絡ませていく。あたたかくて、やわらかくて、せっそうがなくて、まったくどこにもよゆうがない。それがまた心地よくて堪らない。どうなってしまったのだろう、自分はこんなに淫らな人間じゃなかったと相手を見れば、同じように快楽を享受している姿に安堵する。
 自分だけではないという事実が、心強かった。劣情を抱いていたのが自分だけではないと知ることが出来たからだ。その間にも、彼女を掻き乱す熱は衰えもせず、ひたすらに穿ち続ける。彼女が甘い声を漏らす度、加虐心が煽られた。行為中に抱く加虐心など、決してまともなものではないと分かっているくせに、それを抑える術がない。理性で欲を縛ろうとも、そう長くは持たないだろう。

「……なまえさん、少しいいだろうか」

 心地良い微睡みから覚めた彼女は、まるで弱り切った動物のように不安そうな瞳をこちらに向ける。大きく膨らんでは徐々に収まっていく腹部が官能的に映る。ぐい、と力強く抱き寄せ、ゆっくりと起こし上げる。また異なる形で体が密着するのと同時に彼女は喘ぎを漏らす。腹部の奥深くまで、それが触れる感覚に彼女は声を漏らしたのだ。自分も自分で、深い挿入感に酔いしれていた。今や、なまえの体は自分の目の前にあり、自分の上に深く座している。ゆっくりと腰を動かせば、彼女は快楽から逃れるように腰を浮かせた。

「……きもち、いいです、」

 なまえは北村に寄り掛かるようにして絡み付いていた。そんな彼女が発した言葉が、密やかに北村の耳へと響く。ああ、そう言われてしまっては、欲深い自分を優先させたことが間違いではなかったと言われているのと同じだ。上ってくる感覚は徐々に強まっていく。より深くを求めれば求めるほど、何かに急かされていた。口付けを交わし、乳房を愛で、互いに弱いところで繋がっている。その現実が向かう先は一つだった。
 肌の弾ける音がやがて短い間隔で聞こえてくる。息遣いも初めの頃に比べてとても荒い。二人に蓄積された快楽は間もなく弾けようとしていた。北村は深くを穿ち、なまえはそれを受け入れる。声から切迫している状況が感じ取れる、自分もそれに触発されて感度は高まっていた。

「なまえさん、」
「……きた、むらさん、」
「今からほんの少し、無理をさせることになる」
「かまいません、」

 ──── わたし、うれしいんです。やっと、こういう形になれて。北村さんが、そういう風に思ってくれて。そういう、目で見てくれて。
 ぽろぽろ、となまえの口からは本心が溢れていった。これは、きっと今まで無理に飲み込ませてきた感情なのだろう。北村はなまえを抱きながら、そして、なまえも北村を抱き締めながら、果てるのを望んでいる。

 それからは確かめ合うように密に体を寄せ合い、快楽を覗いた。どちらかが果てれば、どちらかが抱き締めてやり、その刹那さえも逃すまいとしていた。あまりにも遠過ぎる道のりだった。あまりにも遠回りした道のりだった。心地良い日常を失うことを恐れていたくせに、今はどうだろうか。前よりも満たされている。前よりも心地良いと感じている。これ以上、望むものは何もなかった。あとは時間が許す限り、恋人として触れ合うと決めたのだ。溺れるほどの純愛は、夜が深まると共に深みを増していった。