しかしながら、戦況は著しく不利であった。殺し屋と狂犬が手を組んだとは言え、片付けなければならない相手は一人や二人どころの話ではない。なまえの古巣である組織は彼女諸共、真島と共に消すつもりでいるだろう。更にはデートの日、西公園にやってきた男達は堂島組の人間だと判明し、真島も心当たりがあると明かした。つまりは堂島組内部で真島を良く思っていない連中がいるということだ。たった二つの組織、されど、抗争を得意とした二つの組織。これほどまでに面倒な相手がいるだろうか。下手をすれば、この騒ぎに乗じて東城会内部で反真島勢力が動き出す恐れもある。どちらにせよ、敵の数は目に見えるだけではないということだ。

「どうするの?私と組長さん、体は二つしかないわ。手と足なんて二本ずつだけ」
「まあ、数を上回る力で捩じ伏せるっちゅうとこやろか」
「物理に本気ね。でも、実質そうかも」
「けどなァ、火力が足りひんわ」
「……どうして私を見るのよ」
「蜘蛛の子散らすばっかじゃ、くたびれてまう」
「だったら、親蜘蛛を仕留めた方が早いわ」

 手駒が取られて行く分には痛くも痒くもない。けれど、その手駒を指揮する司令塔や頭を潰すとどうなるだろうか。一気に統率は乱れ、組織としての連携も取れず、面白いくらいにこちらの策略にはまってくれることだろう。だが、その為に必要な材料がある。今、それは自分達の手元にはない。互いが互いを見るのは全く同じタイミングだった。害虫を駆除するのに必要なのは、害虫に関する情報とそれに有効な手立てを考えること。ならば、真っ先に手に入れるべきは蜘蛛の群れの動きについてである。

「でも、どうやってアイツらの動向を?私が贔屓にしている情報屋なんて頼れないわよ」
「組織でお抱えの情報屋なら、せやろなァ」
「……組長さん、もしかして素敵なお友達を知ってるのかしら」
「お友達やない、ただええ奴知っとんねん」
「何それ、すっごく知りたい」
「神室町で欲しい情報があんなら、アイツに聞いた方が一番手っ取り早い」

 ──── サイの花屋。
 賽の河原と呼ばれる場所を管理している人間で、表舞台には決して現れない人物だと言われている。なまえは勿論、花屋と賽の河原の情報は耳に入れたことがある。しかし、信憑性の低い噂話程度であったが。ただ、神室町を拠点として長い真島が言うのだから、その二つは本当に存在するのだろう。なまえは再び背もたれに体を預けると、そのままソファーに寝そべり、自分の肘を枕にして横たわる。低い視点から真島へ期待を込めた眼差しを送り、たのしみね。と呟いた。

「相手は情報屋言うても、かなり面倒な奴や。俺らが欲しい情報に高値をつけて吹っ掛けてくる」
「あら、いいじゃない。少しくらい弾んであげても」
「そないなもんとちゃうわ。下手したら、アイツの『得』になるようなことさせられるかもしれへん」
「そりゃあ、情報屋だって必死にネタを集めてくるんだもの。妥当じゃない?」
「まあ、ええ。何言われても、アイツが気に入るようなことしたらええんや」
「そう。もちろん、明日行くでしょ?」
「おう、呑気にしてられへんからな。一番あかんのは、俺とお姉ちゃんがどっちもやられることや」

 気合い、入れなきゃね。じゃあ、おやすみなさい。となまえは寝る前の挨拶を最後に、真島に背を向けて休み始めた。それから、程なくして静かな寝息が聞こえてきたところで、真島もようやく一日の終わりを実感していた。寝ている彼女には悪いが、懐の煙草を手繰り寄せ、真っ先に燻らせる。一定量を吸い込み、二、三拍を置き、人知れず吐き出す。口内に広がる苦味、鼻を通り抜ける香ばしさ、指先に預けた一グラムの重み。体を循環したであろう煙からあれやそれを色々取り込んで、世界がフラットに見えるほど冷静であった。頭が冴えるような感覚だった。煙草にはそのような成分は含まれていないのだろうが、今はとにかく気分も良く、頭も冴えている状態だった。
 これから始まることに血が騒いでいる。ずっと欲しがっていたものが手元にやって来たからだろうか。再び、薄煙を吐く。西公園を訪ねるのは、いつぶりになるだろう。サイの花屋を相手にして、無償で情報を得られるとは思えない。情報の代償として、それなりの働きを求められるだろう。しかしながら、的だった相手の前で無防備に寝姿を見せている彼女とならば、不思議と上手く行くような気がしている。予感、圧倒的に漠然とした、根拠のない予感。だが、それでいい。虎穴に飛び込まずして、どのように虎子を得る。

『だから、私は思いっ切り邪魔してやるの。私を邪険にしたこと、後悔させてやる』

 正直、年頃の若い娘が口にするには行き過ぎた発言である。真っ当な人間からすれば、そのような悪意を持つのはやめにして、悪いことに手を染めるより真っ直ぐにひたむきに努力して行きなさいと説くだろう。だが、そこに一本通った筋と言うのはない。当たり障りのないだけの言葉なのだ。そんなものは裏の世界では何の役にも立たず、最悪の場合はそんなもので命を落とす羽目になる。まるで、自分のルーツに触れているかのようだった。真島吾朗は初めから『狂犬』だった訳ではない。よく似ていた、彼女には『彼ら』と同じものが宿っている。
 だから、放っておけなかったのかもしれない。初めて出会った時から、妙に何かが噛み合うような。抜いた刃を鞘に収めるが如く、すんなりと腑に落ちる妙な感覚。出会うべくして出会った、そう例えても何らおかしいとは思えない妙縁。長生きしていると、不思議な瞬間に度々出会すことがあるが、まだまだ捨てたものではない。あの臙脂色もそうだったのだろうか、あの執着の塊だった極道も。燻る、どこまでも真白に薄く立ち上る煙を手向けるかのように。燻る、彼女も何かに化けてくれるだろうか。捻じ消した煙草を、蹴り飛ばしたテーブルから吹き飛んで床に転がる灰皿に収めると、真島も遅れてソファーに体を寝そべらせ、明日に備えて目を閉じた。