それは真島となまえが賽の河原がある、西公園へと向かっている最中のことだった。

「どうして、殺し屋なんかやってるのかって?」

 人が賑わう街中でありながら、なまえは臆することなく過激な発言を繰り返した。意外と周囲の人間はすれ違う相手の話など聞いていないものだ。それに、あまりにもそれのイメージとは掛け離れているなまえを『殺し屋』であると誰が思うのだろうか。『殺し屋』だからと言って、誰もが典型的なイメージ通りの身なりをしている訳ではない。

「せや、好き好んで関わろ思う世界やないやろ」
「そうね……、ウチはパパとママがそうだから」
「なんや、家族揃ってかいな。随分、物騒な家やないか」
「パパがそう。ママはハッカーとか、そっち系の裏方役だったって」
「ほんなら、お姉ちゃんも弄れるんか?システムとかなんちゃら」
「ううん、私には向いてなかった」

 繊細かつ、専門的なスキルが求められるだけでなく、相手の一手先を読み合い、出し抜き、意のままに妨害をする。勿論、求められるのはそれだけではないだろうが、なまえは自分がそう言ったものに向いていなかったのだと語る。だが、なまえが憧れたのは父親のような殺し屋稼業でもなかった。

「ねえ、タツ姐って人、知ってる?」
「タツ姐やと?聞かん名やが……、」
「えっと、結構昔にいた女の切り取り屋なんだけど」

 彼女曰く、かなり前に活躍していた切り取り屋なのだと言う。裏社会も男社会だった時代に、彼女は女でありながら、屈強な債務者達から金を回収していたのだと。手当り次第に掴んだ物で債務者を痛め付ける姿は女性であることを忘れさせる程に豪快であり、鮮やかな手口だったのだ。

「その話はパパから聞いたの。神室町には凄い切り取り屋がいて、見ているだけでもかなり豪快な取り立てをしてたって」
「ほぉん。せやけど、そのタツ姐が切り取りやっとったちゅうなら、『殺し』と関係あらへんやろ」
「私が憧れたのはタツ姐もそうだけど、一番は戦い方よ」
「……戦い方やと?」

 今の彼女を確立させたタツ姐の戦い方がどれ程までに革命的な戦い方なのかを説いた。まるで別人だった、知らぬ彼女が隣に立ち、こちらに話し掛けているかのようで。しかし、真島に向ける執着とはまた違った、憧れを滲ませる姿は真島の知らない姿そのもので、そのまま話に耳を傾けた。

「私、こんなでしょ?だから、力があんまりなくて。でも、タツ姐がやっていた取り立て方だったら、私にも出来る」
「それで、ああいう戦い方しとるっちゅうことか」
「だって、私の拳より周りの物の方が硬いし、痛いもの」
「言うて、お姉ちゃんのグーも痛かったで」
「それはよそ見してる組長さんがいけないと思うの」
「無茶苦茶やな、ホンマ」

 ごめんなさい、と笑って見せる彼女は無邪気な少女のようであった。真島は自分に向けられるその笑顔が心地良くて、今回は大目に見たる。とつい甘やかしてしまう。何故なら、不意に見せたもう一人の彼女は、いつもの陽気で気ままな彼女とは大きく掛け離れて純朴に見えたからだ。心の目が曇っていたのかもしれない。彼女には何かしらの秘密があると、この時まで真島は見抜けなかった。

「ずっと神室町に来たかったの。憧れの人はここで裏稼業に勤しんでいたんだもの」

 夢見がちな熱視線のまま、すいすい、と軽快な足取りで夜の神室町を思うがままに闊歩する。彼女の頬の熱を風が掬っていくのだろう。晴れ晴れとした顔でなまえは時折、まともに見えぬ夜空の星を見上げていた。

「殺し屋相手にこないな事言うのも変な話やが、好きなだけここにおったらええ」
「……どういうこと?」
「ここはギラついた奴の集る街や、アイツもコイツも何かに飢えとる。そんな人間の集まる場所はおもろいに決まっとる」
「ねえ、私も飢えてるかしら、組長さんから見て」
「綺麗に取り繕っとるが、俺からすれば隠し切れてへん」

 綺麗に取り繕うと言う言葉に反応したのか、なまえは比較的綺麗な笑みで無言を返す。だが、真島はその笑みを崩した瞬間の鋭利な笑みの方が断然唆られると零した。

「それじゃあ、いつか組長さんのことも教えてね」
「俺は滅多に身の上話なんぞ、せえへんねん」
「秘密を貫き通すより、共有し合える相手って素敵だと思うの」
「……覚えとったらな」
「ありがと、組長さん」

 いつでもいいのよ、こんな話なんて。話したい時にふらっと話せるくらいの感覚で。と付け加えた彼女は、果たしてどちらの彼女なのだろう。問い掛けてしまおうかと口を開こうとすれば、いつの間にかホテル街を抜け、西公園まであと少しと言う所まで来ていた。西公園と言えば、なまえとの初デートの待ち合わせ場所でもあった。寂れた小さな公園の中心にはドラム缶がぽつんと置いてある。今回の目的地である賽の河原はその西公園からアクセス出来る。まさか、西公園の汚い公衆トイレに、賽の河原へ続く扉があるとは誰も思うまい。例え、その扉の在り処を知ったところで、簡単に入れてくれないのが常だ。ここら周辺のホームレスは皆、サイの花屋の部下である。守秘義務を翳し、招かれざる客は徹底的に拒む。
 しかし、真島とサイの花屋は面識がある仲である為、拒まれはしないだろうが、問題はその先だ。今日の真島は花屋に吹っかけられに行かなければならない、そうでもしないと欲しい情報を譲ってはくれないだろう。そして、相手である花屋も薄々勘づいていることだろう。殺し屋と狂犬が二人、雁首揃えて賽の河原へ踏み入れようとしていることを。