大吾に連れられ、なまえは真昼の神室町を縦横無尽に駆け巡る。途中、疲れたからと足が重たくなれば、近場の公園で休憩をし、見せたいものがあると手を引かれれば、ポケサースタジアムにポケサーと呼ばれるミニ四駆の大会で優勝カップが飾られており、得意げに胸を張る大吾の姿に笑みを零す。すると、ポケサーファイターと呼ばれる男に声を掛けられ、特別にレンタル用のマシンを貸してもらい、二人で走らせて遊んでいた。他にもスタジアムには自分達と同年代の子がおり、なまえは自分が他と何ら変わらない、普通の家の子どもになれたような気がして終始喜んでいた。

「次、どこ行く?」
「たくさん遊びに行ったよね」
「う〜ん、そうだなあ……」

 場所は再び神室町の路上、大通り。大吾となまえは互いの隣を歩きながら、次の行き先を決めかねている。これまでなまえは自分でも驚くぐらいに、大吾と対等に話せていた。少しずつであるが、自分の思ったことや感じたことを告げられるようになり、今が楽しくて仕方ないといった様子だ。大吾も隣ではしゃぐなまえを見ていると、不思議と素直でいられるようでなまえ同様、この時間が楽しいと感じていた。

「そうだ、俺の母さんが時々行く店があるんだけど」
「大吾くんのお母さんが?」
「うん、多分お前も好きなんじゃないかな」

 行ってみるか?うん、行ってみたい。
 二人は腕に抱えていたぬいぐるみをそのままに、神室町の昭和通り東方面へと向かった。さながら兄妹のような二人はその間も談笑を忘れず、最近学校で流行っていることや物、授業の好き嫌いについて小学生らしい話題で話を弾ませていった。傍から見れば、この二人が極道一家の子どもだとは思えないだろう。皮肉にも神室町を遊び回る今だけは仲睦まじく歩く、年相応の子どものままでいられた。
 なまえからすれば、今日もなんてことの無い一日のはずだった。朝、母親に連れられて東京に来るまでは。親同士が楽しいだけの退屈な時間になるだろうと思っていたのに、結果は違う。普段なら気苦労の多い両親を気遣い、良い子でいることを心掛けてきた。しかし、偶然にも自分を連れ出してくれた男の子はそれを真っ向から否定し、本来の自分でいることを許してくれた。そうであるべきだと。

「なあ、お前いつまでこっちに居られるんだ?」
「……えっと、明日の午後には戻るってお母さん言ってた」
「思ったより早いんだな、帰るの、」

 なまえが告げた早々の別れに大吾は顔を曇らせる。当初の目的は東京観光である。しかしながら、そう長くは滞在出来ないのも家柄故にである。途端に歩くスピードが遅くなるのを感じ、なまえは大吾をこっそりと盗み見た。やはり、曇ったままの表情になまえは胸の奥がちくりと痛むのを我慢していた。楽しい時間は有限だ、いつまでも続くことはない。なまえも大吾も分かっていたはずなのに、いざその現実を知るとなると鈍る思いがある。

「あのさ、俺、今日すっげぇ楽しい」
「え?」

 沈んだ空気を払拭するように大吾はそれだけを口にすると、先に駆け出してしまった。なまえは上手く聞き取れなかったものの、置いて行かれたくない思いから、遅れて飛び出す。自分の目の前を走るあの背中は一体何を考えていることだろうか。出来ることなら、酷く我儘になって両親を困らせてでも、ここで過ごす時間が欲しいと思った。ないものねだり、今まで一度たりとも上手くいった試しがない。おそらく、今回もそうなのだろう。
 すると、先頭を行っていた背中がとある店の前で止まる。なまえも後からその隣に追いつくと、店のショーウィンドウに目を奪われる。煌びやかなドレスに、負けず劣らずの輝きを放つジュエリーがガラスを一枚隔てた奥でその美しさを誇示していた。季節の装いであるコートやブーツもお淑やか且つフォーマルな印象を受ける。

「ル・マルシェって言うんだ、ここ。女子はこういうのが好きだろ?」
「うん、大吾くんのお母さんがここを好きなの、なんかわかる気がする」
「見ろよ、ハート型の指輪とかあるぞ」
「可愛いね、キラキラしてて」
「でも、ここすんごく高いんだ。母さんも滅多に買わないもんな」

 大吾は話を続けたかったが、隣でショーウィンドウに釘付けになっているなまえがあんまりにも夢中なものだから、それから先は口を噤み、なまえの気が済むまでショーウィンドウ越しの景色に付き合うことにした。たった一日、一緒に過ごしただけで、ここまで印象が変わる相手も珍しいと思った。初めは気の小さくか弱そうな女子、しかし、遠慮しいなだけで本当は自分の意見をちゃんと出せる女の子。自分が取ってやったぬいぐるみをずっと大切そうに抱えていてくれる姿には、無事に取ることが出来て良かったと思えるほどだ。

「なあ、また来ようぜ」

 その言葉になまえは大吾の方を見る。どこか照れ臭そうに、頬がうっすらと赤らんで見えた。いつもなら、控えめに頷いているところを今だけは、はっきりとした声で、約束ね。と口にした。すると、大吾の照れ臭さが移ったのか、自分の頬も次第に熱を帯びていくような気がした。


 こうして、二人の子どもは夕暮れ時まで神室町を遊び尽くし、帰路に着く。今日だけは同じ帰路に着き、別れの時を指折り数えて切なくなっていた。しかし、二人が確かに出会い、同じ時間を共にし、友人のようになれた証であるぬいぐるみをぎゅっと抱き締めると、ほんの少しだけ切なさを忘れることが出来た。どこもかしこも橙色で染まり切った街の、橙色の通りを行く。街角はやがて色とりどりのネオンや照明で彩られ、また別の姿へ変貌を遂げようとしている。
 大人でさえ、切なさに駆られた夕暮れ時に合う言葉を知らないのに、まだ子どもであった二人が明日の別れを惜しむような、気の利いた言葉など知るはずがなかった。一歩ずつ明日の元へと帰っていくことが、これほどまでに足の重たいことだとは思いもしなかったのだ。明日を先延ばしになんて出来るわけもなく、二人は並んで帰路をなぞっていくばかりだった。