狂気のアナウンスが響き渡る。檻の中の獣の生き死にでさえ、ここではただの催し物でしかなかった。地下闘技場、ある者は人生の一発逆転を。又、ある者は自身の意志とは関係なく。そして、あとは血肉に飢えた人の形をした獣達が、欲を満たす為に集う場所だ。四方を金網で囲われ、一度足を踏み入れたなら、決着が着くまで解放されることの無い地獄のステージ。そのステージは数え切れないほどの人間の生き血を啜ってきた恐ろしい魔物だ。だが、何より恐ろしいのは、殴り合うだけでは飽き足らず、武器を持たせ、金網に電流を流し、ステージを灼熱地獄へと変化させることを望む観客達だ。命が足りない、欲深い者達を満たすだけの命が不足しているのだ。しかも、ただ命を落とすことは許されない。たった一人の人間の命をどこまで詰り、嬲り、脅かし、最高の見世物に出来るか。そんな不浄の地に二人は足を踏み入れる。
 淡いピンクが可憐なフリルを揺らすドレス姿にベネチアンマスクを着けた女と、般若の仮面を着けたタキシード姿の男が闘技場の入口の前で待機していた。女は闘技場には似つかわしくないほどに華奢で可憐な装いである。これから行われるのが舞踏会であるかと錯覚するほどに場に適していない服装だった。一方で般若の男もまたこの場に似つかわしくない服装である。まるで場違い、しかし、これから始まる狂宴を楽しみにしていると言わんばかりの笑みを口元に浮かべる。

「とっても素敵ね。組長さん」
「お姉ちゃんもよう似合っとるわ」

 何、隠しとんのかは知らんけどなァ。と耳元で囁く般若の男にドレスの女は、その胸板をやんわりと押し返した。すると、その押し返した手のひらを握り、ホンマにおもろいことになったなァ。と髭を蓄えた口元を裂けんばかりに吊り上げていく。

「なあに、さっきまで面倒そうな顔してたのに」
「お姉ちゃんの恰好見て、楽しなってもうた」
「あら、どうして?」
「見えへんもんが仰山あるとなァ、唆られんねん。男っちゅうもんは」

 般若の装いは真島で、ドレスの装いはなまえだった。今更ながら恭しくなまえの手を取り、般若は令嬢をエスコートしていく。互いに仮面の口元に笑みを浮かべ、二人は前の試合で流れた血が乾き切っていないリングへと上がっていった。金網に四方を囲まれ、逃げ場のない強固な檻は血や錆に塗れており、物々しい雰囲気を醸し出す。
 そして、その場に足を踏み入れた二人に歓声が響き渡る。見世物小屋のように下品で卑しさのこびり付いた視線を一身に浴びていると、今夜の相手が姿を現す。二対二のタッグマッチであると聞かされていたが、花屋が用意した相手はなまえや真島と比べて体格差が顕著であった。筋骨隆々としており、散々この檻の中で戦わされてきたのだろう。両手の拳に血がべっとりと付着していようがお構い無し。頭を使うような戦略よりも力で捩じ伏せるタイプの敵だった。

「わかりやすいわね、力がものを言う世界だわ」
「せや。にしても、アイツらかなりごっついのう!」
「じゃあ、ここは組長さんに任せちゃおうかしら」
「アホか、同時に二人も相手に出来ひんで」

 じゃあ、お互いに頑張りましょう。頼むで、姉ちゃん。互いのマスク越しに加護を口にする。真島が巨体の男に飛びかかっていくのを見送ると、いつの間にかもう一人の男がなまえの前に立ちはだかる。巨体の影に細身のドレスを全て覆うと同時に、真っ暗だった視界が真っ白に弾けて消えた。チカチカと青白い閃光が何度も意識と、視界と混濁し、体は酷く痺れている。声にならない声を挙げたのは、巨体の男だった。その男の影に囚われたはずのなまえは、相手が近付いてきたのを良いことに、懐からお馴染みのスタンガンを取り出し、露出された肌に突起を押し当てていたのだ。
 何でもありの舞台に相応しい用意をなまえは事前にしていた。真島と比べた時、どうしても越えられない力の差と言うものが存在する。それは体格差や能力差で顕著に現れてしまう要素だ。得体の知れないサイの花屋から情報を引き出す、折角の機会を逃すわけにはいかないと、なまえはありったけの武装をしてこの日を迎えた。全ては真島吾朗、並びに自分自身の為に。未だに青白い閃光を撒き散らしているなまえは、相手の男の様子を伺いながら電極を押し当て続けた。殺すところまでは行かずとも、無力化出来るところまで消耗させる。それが主な戦力になれないなまえの取った戦略だった。

「このまま気絶してくれても良いのよ」

 微かに焦げ付いた匂いが鼻につき始めると、なまえはスタンガンの電源を切り、深刻なダメージを受けた巨体の男に狙いを定めて、ドレスの下から取り出した警棒を力の限り振り下ろした。確かな手応えだけでは先へは進めない。一度殴っては様子を確かめ、意識があるようならばもう一度……と殴り続ける。あまりにも一方的な制裁に真島が相手をしていた男がなまえへと狙いを定め、飛び出す。
 あと一撃でなまえの標的は意識を落とす。しかし、もう一匹の大きな影が牙を剥かんとしている。力の限りに伸ばされた腕は細身の女のドレスを引き裂く ────、ことは叶わなかった。伸ばした腕の先にあったのは、般若の面。嫉妬に駆られた女が髪を振り乱し、今にも恨みを晴らさんと両目を見開いて相手を捉えている。そして、なまえが持っていた筈の警棒を携え、自身目掛けて飛び掛ってきた影に思い切り振り抜く。

「何、余所見してんねん、このボケが!お前の相手はこの俺やろが!!」

 顔面に叩き込まれた警棒の威力に影は振り抜かれた勢いのまま、後ろへ吹き飛ばされる。それに引き続き、なまえの標的だった男へもとどめの一撃を食らわせ、リングの上に立っていたのは真島となまえの二人だけだった。途端に歓声が響き渡る。奇天烈な旅芸人のような恰好の二人が不利な体格差をものともせず、相手をダウンさせてしまったのだから。しかも、持ち出した凶器で相手を蹂躙する様は悪趣味な観客の加虐心を大いに煽り倒したのだろう。次をせがむ声すら聞こえてくる。

「ありがとう、守ってくれて」
「そらそうや、まだあと二回も戦わなあかん。流石に俺一人は骨が折れるで」
「折角、組長さんが守ってくれたんだから、次も役に立つわ」
「にしても、ようあんなの仕込んどったなァ?えぇ?」
「だから、ドレスにしたの。何かを隠すには最適でしょ?」
「まァ、お姉ちゃんが素直にステゴロで戦るとは思わんかったからなァ」

 真島はがら空きだった手の甲でドレスのスカートを撫でる。こら、それ以上は駄目。種明かししちゃったら、面白くないでしょう。となまえの綺麗な手が真島の血で汚れた拳に触れた。今宵の為に開かれたスペシャルマッチは全三試合となっており、真島となまえにはあと二組の対戦相手が待ち受けている。互いのマスクや仮面から愉しげな瞳が覗く。二人は相変わらず口元に笑みを浮かべたまま、二戦目の相手がステージに上がるのを待っていた。