「……何よ、もぬけの殻じゃない」
「折角、こっちからカチコミに来たっちゅうのに、無駄足やないか」
神室町郊外、某所。そこに真島となまえの姿があった。闘技場のスペシャルマッチを制した二人にはサイの花屋より、有力な情報を与えられていた。真島が恨みを買った堂島組となまえの在籍していた組織は裏で繋がっており、その両者が密会場所兼アジトとして使っている場所があるのだと言う。休む間も惜しんで当初の計画通り、真島となまえは敵の懐に飛び込み、あわよくば主要人物の一人でも討ってやろうと考えていたのだが、現実はそう甘くなかった。
「先に嗅ぎつけられちゃったのかもね」
「相手が堂島組だけやったら、話は済んどった」
「ねえ、直ぐに戻る?少しだけ漁っていきたいんだけど、」
「手掛かりでも探すんか?」
「もしかしたら、次の居場所が分かるかも」
転がる空瓶、埃の剥げたパイプ椅子、所々に傷が目立つテーブル……と残されていたのは必要最低限の物だけとなっており、なまえは手当り次第に手を伸ばしては片っ端から漁っていく。なまえがアジトの一室を荒らしている間、真島は懐を漁り、いつものを探していた。だが、煙草を切らしていたらしく、お目当てのものは一向に手元へやっては来なかった。すると、異変に気付いたのはなまえで真島を呼び付ける。
「ねえ、組長さん」
「もう見つかったんか、手掛かり」
「ううん。手掛かりじゃないとは思うけど、電話が来てる」
「電話ァ?そら、お姉ちゃんの携帯やないか」
「私に電話を掛けてきたのは、西田さん。組長さんとこの組員よ」
「アァ?なんで西田がお姉ちゃんの番号知っとんねん」
「何かと組長さんと一緒にいるから、念の為に交換しておいたの」
なまえから差し出された携帯を荒々しく奪い取ると、通話ボタンを一押ししてすぐにでも怒声を張り上げるつもりだったのだが。電話口の西田は狼狽しているようで、真島の瞬間的に沸いた怒りは鳴りを潜めてしまった。
「……あ、なまえさんですか?」
「ちゃうわ、ボケ。俺や、俺」
「お、親父、丁度良かった……!」
「何が丁度ええねん、」
「神室町で殺気立った堂島組の奴らが、桐生の叔父貴を探してるんです……!」
「堂島組が桐生ちゃんを……?」
真島の口から零れた桐生と言う名に反応したのは、手当り次第周辺を引っペがしていたなまえだった。堂島組が狙っている『桐生』など、あの男以外に居ないとなまえは真島の傍で電話が終わるのを待つ。今から十年前の一九九五年、自分の親である堂島宗兵を殺した親殺しの極道としてその名を騒がせたのが、桐生一馬という男だった。掻い摘んでの話になるが、もし真島吾朗が桐生一馬に肩入れをしているとすれば、西公園で堂島組に襲撃された日、あの時の標的は間違いなく真島だったのだ。心当たりなら腐るほどあると豪語していた通りだった。
「西田さん、なんて?」
電話を終えた真島は奪い取った携帯をなまえに返すと、真面目な顔で街に戻るとだけ告げた。
「……桐生一馬の身に何かあったの?」
「堂島組の奴らが御礼参りに向うとる」
「となると、親殺しの件でかしら」
「お姉ちゃん、すまんが一旦戻れるか」
「いいわよ、付き合ってあげる」
もうここには用が無いもの。と受け取った携帯を懐へ忍ばせ、真島となまえはアジトを後にする。道中、手頃なタクシーを捕まえ、真島は自身の携帯を取り出してはメール作成に勤しんでいた。それが物珍しいからと慣れぬ作業に奮闘している真島の横顔をただ黙って眺めている。普段は見た目の厳つさからは想像も出来ないほどの大人びた顔付きに、なまえは無意識に見蕩れており、何度も視線で真島の男性的な輪郭をなぞっていた。なまえが次に口を開いたのは、真島が桐生宛のメールを作成し、無事に送信出来てからのことだった。
「桐生一馬とはどう言った関係?」
「桐生ちゃんはなァ、俺と喧嘩せなあかんねん」
「それはどうして、」
「約束したんや、俺が桐生ちゃんの覚悟を見届けてるってな」
「素敵じゃない」
せやろ、と目を輝かせた真島になまえは大きく頷く。お姉ちゃんは話の分かる子や。当たり前でしょ、私と組長さんは似た者同士なんだから。ほぉ、お姉ちゃんの方から言い寄ってくれるんか。たまにはね。と綺麗なだけの笑みで赤い口元を引き裂く。初めは殺し屋とただの的でしかなかったヤクザと言う関係を脱却し、気付けば共同戦線の延長線に今の関係へ至ったのだ。闘技場では共に背中を預け、一つの勝利を掴み取ることを成し遂げた二人は互いをより信頼するようになった。
「じゃあ、今から彼を守りに行くのね」
「俺がしたいんは喧嘩や。桐生ちゃんを守ることやない」
「どさくさに紛れて、一緒にやっちゃおうって魂胆なの?」
「俺と桐生ちゃんの喧嘩を邪魔する奴は、誰やろうが許さん。それだけや」
「なら、私は終わるまで待っててあげる」
嫌でしょう?私が酷い目に遭ったら。とわざとらしく眉を八の字にして見せると、真島は歯を見せて笑い、あったり前やと口にした。ふふ、本当に好きね、私のこと。と嬉しそうに顔を覗き込むなまえの目がやんわりと細まっていく。愛想笑いなどではなく、本当に嬉しいことがあった時になまえは目を細めて笑うと真島は知っていた。だからか、真島もまた見蕩れていたのだ。女性らしさを醸すなまえを無意識の内に。
事情を知らぬ第三者からすれば、なんて仲睦まじい二人だろうか。しかし、二人を引き合わせたのは殺し屋としての仕事と、一極道としての執念。純愛と呼ぶには程遠い二人を乗せ、タクシーは埠頭へと向かっていく。そこで待ち受けるのは、決して人間だけでは無い。本来ならば、有り得なかった運命が今では我が物顔をして居座っていることなど、なまえや桐生にも、ましてや、真島吾朗本人にも分かりはしなかった。命を運ぶ、それを運命と呼んだ人間は運ばれた命の行く末までは知り得ないのである。