みょうじなまえの災難は続いていた。まるであの日の夜から今まで途切れぬまま、続いていたのかと思えるほどに世の中は無関係な顔をして、残酷な現実を突き付ける。堂島大吾は高校三年の夏に起こした騒動により、少年院へ送致されていたが、晴れて神室町へと、弥生となまえの元へ帰ってきた。大吾との再会、果たされた約束、娘であるなまえの新たな旅立ち、喜ぶべきことは多々あった。堂島大吾は十九にして堂島組の構成員となり、みょうじなまえは弥生の侍女から退くこととなる。
どれ程までにこの日を待ち侘びていたことだろうか。大吾はこの街だけでなく、父である堂島宗兵の組を継ぐかけがえのない存在となるだろう。堂島組には、あの堂島の龍と呼ばれる桐生一馬もいる、あとは事が上手く運べばそれで良かったのだ。なまえも弥生の元から離れ、東京と遠く離れた街で一人で暮らしていた。慣れぬ生活に戸惑いや苦労を感じることはあったが、親元を離れて分かることがある。母の苦労だ。一人で生きていくことに不安を抱いていた時、皆同じだと説いた母の言葉が今になって身に染みる。しかし、突然飛び込んで来た報せになまえは耳を疑った。
──── 二○○一年、堂島大吾が大阪で銃刀法違反により警察に逮捕された。
電話口の弥生の声が頼りなく消えていく。張り詰めた声音であるのにも関わらず、弱々しく聞こえるのは、まるで高校三年の夏の再来のように思えてならない。続けて、五年は刑務所の中だと告げる弥生に何故を問い掛ける。なまえが不在の間に堂島組に何があったのか、その全てが語られた頃、なまえはとてつもない喪失感に襲われていた。堂島の龍による親殺し。勿論、殺されたのは肩書きにもある通り、堂島宗兵である。幼い頃から桐生一馬を慕っていた大吾は予期せぬ形で父の訃報を聞き、自暴自棄になったのだと言う。
同時期、確かに神室町には近江連合の人間と思われる関西のヤクザを見掛けることが多くなっており、大吾は街中で関西のヤクザ相手に喧嘩を吹っ掛けては街から追い出していた。その中で浮上したのが、郷龍会と言う組の名だ。郷龍会、関西極道である郷田龍司が立ち上げた組で、大阪蒼天堀から東京神室町への進出を図っていると聞かされた大吾は、単身で大阪へ乗り込み、今回の一件に繋がった。
「いいかい、神室町は危険な街になりつつある。だから、早まっても会いに来ようだなんて思うんじゃないよ」
「でも、」
「大吾の件は仕方がない。捕まっちまったモンをどうにかする力はあたしには無いんだ」
「それじゃあ、弥生さんはどうするの」
「待つしかない。五年、ひたすらアイツの帰りを待つしかないんだ」
堂島弥生は立て続けに身内との別れを受け入れざるを得なかった。一人は最愛の男、堂島宗兵と死別。もう一人は最愛の息子、堂島大吾が刑務所へ服役。このような時、心配に駆られて母の元へ向かうのが一般的なのだろうが、なまえは弥生の言い付け通り、神室町へ行くことはなかった。ようやく新しい生活にも慣れ、裏社会の人間としてではなく、表社会の一員として生きていくことが許された生活を投げ出すことは、旅立ちの日に見送ってくれた母の思いに背くことと同意義だったからだ。
「……わかった。こっちはこっちで元気にしてるから、うん、うん、……弥生さんも体に気をつけて、うん、それじゃあ」
静かに通話を切る。そして、同時に衝動に駆られる。なまえは堂島の龍が起こした親殺しの件、並びに大阪で逮捕された大吾の件について、可能な限り情報を集めることにした。何も探偵気取りで、真実を暴きたいのではない。知ることが必要だと思えた。世の中の動きがどのようになっていて、一般社会だけでなく裏社会にもどのような影響を与えているのか。弥生の侍女として堂島組に属していた頃から、既に五年は経った。しかし、だからこそ無関係では居られなかった。
堂島大吾は無闇に拳銃をちらつかせて、相手を屈服させる男では無い。だが、現実として彼は銃刀法違反で警察に逮捕されている。単身で大阪に乗り込んでいったのは、勝手に神室町へ進出してきた近江連合への抑止力になろうとしたのだ。堂島の龍の一件で、堂島組は内部崩壊が始まってしまった。ただでさえ、内輪揉めの後始末に多忙である中、街には近江連合のヤクザ。大吾が気に揉むのも仕方がないように思えた。
ここまで調べて、手が止まる。だから、何だと言うのだろう。なまえは遠方の地で自身の人生を生きている。かたや、大吾や弥生達は極道としての運命に抗えぬまま、生きている。ここまで自身が無力であると感じたことはない。出来ることなら、弥生の傍に着いていたかった。出来ることなら、毎日面会に足を運び、大吾を励ましてやりたかった。だが、無関係な場所で安穏と生きている自身が二人の元に戻って、何の役に立てると言うのだろう。果たして、ようやく見つけた居場所を捨ててまで、極道というしがらみに再び身を投じて良いのだろうか。
「……どうして、」
不公平だと口を突いて出て来たのは、なまえの真っ黒な感情だった。これでは、あまりにも、散々ではないか。同情はあれど、してやれることのない今を悔やむ。五年、たったそれだけと言われれば、それだけの期間だが、なまえにとってその五年という歳月は、眠れぬ夜を再び友として迎え入れるのと同じだった。このまま堂島家から離れていってしまうことを恐れていながら、しかし、今の自身に出来ることなどなく、なまえは静寂に頭を垂れる。
弥生が待つと決めた五年は、なまえが自身の在り方を決める五年でもあった。次に大吾が出所した時には真っ先に会いに行くと決意し、なまえは遠方の地にて以前と変わらぬ生活を続けることとなる。そして、時は流れ、舞台は二〇〇六年へと移行していく。