二〇〇六年、堂島大吾は五年の刑期を終えて釈放されたが、弱体化し、見るに堪えない東城会の有り様に酷く失望し、神室町で飲んだくれる日々を過ごしていた。酒を浴びるように飲み、半グレ同然のように腕っ節で他者から金銭を巻き上げ、その金で酒を煽る。あまりの変わり様に弥生は目を当てられず、大吾の更生の道を模索することすら困難だった。この五年、依然として組織の内情は芳しいものとは言えず、悪化の一途を辿っていた。弱小となるまで力の衰えた組織。続々と神室町へと進出してくる近江連合。弥生や柏木も組織を建て直すべく尽力する傍ら、大吾を気にかけている状況下で、なまえは無断で神室町へと帰ってきたのだった。
短期間での滞在を目的とし、まずは風間組の事務所へと向かい、かつて堂島組にいた人間を訪ねることにした。テナントの入れ替わりがあるものの、基本的には昔と変わらない雑多な街の景観に胸を撫で下ろし、新しくミレニアムタワー内に構えられた風間組事務所の門を叩く。中から出て来た男に自身の名を伝えると、大層驚いた様子で中へと通される。なまえを迎え入れたのは、かつて堂島組に属していた男でなまえのことを知っている数少ない相手だった。そして、通された先で告げられたのは出所後の大吾の惨状についてだ。
「今の若は毎日を馬鹿みてえに浪費してるだけなんです」
聡明だった彼の姿が滲んでいく。譲れない軸を持った聡く優しい男の子は姿を消したのだと言う。目前で語る男の様子から嘘を述べている訳ではないと伝わってくるのがやるせなく、本当の意味でこの街の変わり様をまざまざと見せつけられている気がした。
「……もしかして、若に会いに?」
「ええ、弥生さんから出所の知らせは受けていたので」
「悪いことは言わねえ、今の若には会わない方がいいです」
「それは、私を思ってですか」
男は途端に口を噤んでは、気の利いた言葉を探していた。言わずとも分かる、なまえへの配慮の全てなのだろう。みょうじなまえは今の堂島大吾と顔を会わせてしまったら、その変貌ぶりに耐えられないのではないか、と。
「なまえさんが神室町に居ることは姐さんは知ってるんです?」
「……いえ、ここに来ることは言ってません」
「そうでしょうね、姐さんなら今の俺と同じように止めてた筈です」
重苦しい空気が胸を刺す。これは現実であると、夢現に逃れられぬようにこの身を刺し、現実と向き合わせようとしている。
「お願いします、私を大吾くんに会わせて下さい」
その場に立ち、深く頭を下げた。なまえに出来ることはこれしか残されていなかったからだ。誰であろうと頭を下げ、協力を求めることしか出来ない。無論、男もただでは居られず、すぐさま頭を上げるよう言い付けたが、なまえは聞く耳を持たなかった。
「……お願いします、どうか、私を、」
「でも、本当に今の若は、」
「お願いです、会いたいんです」
会いたい、少女は今も寂寥に取り残されたままだ。全てに見限られ、後に残された孤独を理解してやれるのは、運命に両親を奪われた彼女だけだった。両親の命だけでは物足りないと、奪えるものを全て奪い去っていった運命の残酷さを分かち合えるのも、その少女だけだ。あの頃の彼が一人で膝を抱えて待っているような気がした。勝手な思い込みかもしれないが、今は心が思うままに行動していたい。
「だったら、条件があります」
男がなまえに提示した条件は三つ。まず一つは、大吾との対面の場所は男が用意した場所に限定されること。これはなまえの身を案じ、大吾が普段から屯している店で会うのは危険と踏んだからだ。何かが起きる前に男の目の届く範疇が好ましいのだと。次に、なまえが神室町にいる旨を弥生に伝えること。治安の悪化が著しいこの街に、なまえが滞在していると男を通じて弥生の耳に入れる。男の勝手な判断でなまえを大吾には会わせられないが、代わりにこの条件を飲むことで身の安全は確保するという算段だ。そして、最後の一つは大吾との接触後、東城会本部へと一時的に身柄を移送すること。これはなまえの申し出を受ける上で避けられない条件だと告げられた。
「なまえさん、あなたがこの条件を飲めるなら若に会わせます」
男の問いに無言で頷く。しかし、男は依然として浮かない表情をしている。目に見えているのだろう、今の大吾を知ってしまったらなまえは酷く失望するだろうと。それでも、身勝手であると分かっていながらも、人は自身の身勝手を押し通さなければならない時がある。たとえ、それが自身の望まぬ結末であろうと、身勝手を押し通すということは手痛い現実に打ちのめされることを自ら受け入れるのと同等なのだ。
本音を明かせば、怖いという感情がなまえの胸中を占めている。もしかしたら、なまえが知る堂島大吾はもういないのかもしれない。好きだった面影の一つも残さずに赤の他人に成り果てているかもしれないと思うと、心が臆病に震えていた。それこそ、身勝手を貫いた愚かな女の末路と言ってもいい。見るに堪えない喜劇だ。だが、このまま何もしないで生きていけるほど、なまえはよく出来た大人ではなかった。一心に、このままで良いはずがない。ただ、それだけなのである。