東城会本部へと連れられたなまえは客間にて堂島弥生と数年振りの再会を果たす。事の経緯を明かすなまえの話を終始押し黙って傾聴していた弥生は、苦々しい表情を崩さない。先程の一件については深くを語りはしなかったが、母である弥生からしてみれば、泣き濡れた娘の顔を一目見ただけで、心中を聞かずとも分かるものがあるのだろう。女として耐え難い苦痛を味わったのだと。そして、それは実の息子である大吾の手によって齎されたのだと。叶わぬ思いが、浅はかな期待が、目の前で無残に散らされたのだろう。
 なまえが神室町に戻ってきたと伝えられた時、薄々そうなる予感がしていた。大吾が銃刀法違反の罪で服役し、出所するまでなまえは遠方の地で一人待っていたはずだ。電話口ではそのことを悟られまいと気丈に振る舞いながら。しかし、やはり運命はなるようにしか事を運ばせてくれないと知る。その結果として、なまえは図らずも深く傷付けられ、大吾も恐らく最悪の気分でいることだろう。どうして、こうなると予想出来ただろうか。幼い頃は互いを思いやり、互いを大切にしていた二人がどうして。

「アンタに会っても、あの子は何も変わらずかい」
「私はそんなつもりで大吾くんに会ったわけじゃ、」
「分かってるよ。だけどね、アンタに会って何かが変わればいい。そう思っていたのも正直な話さ」

 人と人が交わるところに運命は転がっている。ほんの些細なすれ違いであろうと、確かに変化は起きている筈なのだ。だが、必ずしもその変化は報われるようなものではなく、寧ろ、痛みを伴わなければならないものもある。兆しは見えない。大吾の行く末も、東城会の未来も、全てが不透明なままで何一つ見通せないのだ。弥生はなまえの前で苦笑して見せた、やるせない悲しみを滲ませた表情になまえは乾き始めた涙を拭う。誰よりも泣いてしまいたいのは母の方だと思えた。もし、この場でそれが許されたとしても、母は落涙することなどないのだろう。夫を亡くし、残された二人の子供が互いを傷付け合う姿など見たくない筈だ。しかし、それでも泣けぬ女の悲しみになまえは涙を拭ったのだ。

「弥生さんの言う通り、この街に来ない方がよかったのかもしれない」
「もう過ぎたことを悔やむのはお止し。仮にあの時、なまえがあたしの言うことを聞いても、きっと今と同じ決断をするはずだよ」

 不思議なことにアンタはあたしに似て、強情だからね。
 弥生は目を腫らしたなまえに微笑んでみせると、上手く感情の整理がつかなかったなまえも次第に落ち着きを取り戻していった。それからは互いの近況を話し合い、ささやかではあるが遅過ぎた再会を喜ぶ。弥生の元を離れてからは比較的自立した生活を送っていたなまえの姿に、弥生は励まされる思いだったと明かす。
 今では東城会の建て直しに奮闘する会長代行などと言う肩書きを持っているが、本来は大切な相手の為に心を割くことの出来る人間だった。実母を亡き後、まるで実の母のように分け隔てなく育ててくれたのは、堂島弥生本人だ。だからこそ、母の苦悩を少しでも晴らせたら。そして、大切な家族である大吾の力になれたらと、その思いだけで神室町へとやって来た。

 だが、やはり望むような結末には至れなかった。今の自分では誰の役にも、何の役にも立たないと思い知らされたのだ。しかし、諦めることだけは選ばなかった。過去に一度、諦観に連れ去られそうになった時、幼い自分の手を引いてくれた彼の人のように。強要された道を歩かずとも、未来は誰にも平等に与えられているのだと学んだからだ。だからこそ、いつになるか分からない再会の兆しさえもなまえは諦めたくなかった。母に問う、今の自分に出来ることはないかと。

「……きっと、大吾くんも本心じゃなかったと思うんです」
「アンタはそれで納得が行くのかい?手、出されそうになったってのに、」
「私のこと、追いかけて来なかった。大吾くんの腕っぷしなら、私や組の人だってどうにでも出来るのに、」

 なまえが神室町に滞在出来るのは短期間と限られている。せめて、自身がこの街にいる間は大吾の為に尽力したいと弥生に告げると、弥生の口から意外な話を告げられ、なまえは大吾を取り巻く環境がより一層複雑化し始めているのだと知った。東城会の五代目会長である寺田の暗殺された今、先代会長である桐生が幹部会に姿を現し、関西との盃交渉に向かうのだと言う。それに際して、関西へ飛ぶ前にどうしても会っておきたいという人物に大吾の名が挙がった、と。

「桐生さんが大吾くんに?」
「ああ、アイツなりの考えがあってのことだろう」

 桐生はなまえと入れ替わるように大吾の元へ向かったと聞き、なまえは胸騒ぎを覚えていた。まるで予感だと言わんばかりに、胸がざわついて仕方ない。すると、客間の扉をノックしてすぐに、顔を横に裂いた傷のある男、柏木が顔を覗かせた。どうやら弥生に話があるらしく、なまえと目が合うと途端に口を噤む。構わないよ、この子に今その話をしたところだ。と許可を下す弥生に、柏木は一度咳払いをしてから用件を口にした。

「先程、桐生が戻って来ました。明日の夜、大吾と一緒に関西に向かうそうです」

 柏木の言葉に弥生は目を丸くすると同時に安堵の表情を浮かべたものの、まだ油断は出来ないと険しい顔付きで話の続きを聞いていた。その傍ら、なまえは明日の夜に大吾と共に関西へ向かう桐生に伝えたいことがあった。話を一通り聞き終える前に客間を飛び出し、一心不乱に桐生の姿を探す。既に遅い時間と言うこともあり、本部を後にするだろうと出口への道を駆け抜けていくと、不意に灰色の背中を視界の端に捉える。駆け寄るなまえの足音に気付いたのか、その灰色の背中はその場で立ち止まるとこちらを振り返った。すると、意外と言いたそうな顔で息の上がったなまえを見て口を開く。

「あんた、こんな所で何してる?」
「あの、あなた、桐生一馬さんですよね……?」
「そうだが、俺はあんたを知らない。一体、何者なんだ」
「私は、……私は、」

 この時、なまえは意図せず言葉を詰まらせていた。何者かと問われて初めて気がつく。自分は一体、何者なのだろうかと。相手、桐生からして見れば、偶然にも本部に女が一人いた程度にしか過ぎない。そのような状況の中で、何と伝えるのが正しいのか。分からない、咄嗟に飛び出してきてしまったから。だが、最初に抱いた伝えたい言葉だけは胸の内で鮮明なままだった。

「明日の夜、二人で関西へ向かうと聞きました」
「……あんた、大吾の知り合いなのか?それとも、姐さんの、」
「どうか、堂島大吾をよろしくお願いします」
「あんたは大吾の何なんだ?」

 桐生の問いに自然と浮かび上がる言葉がある。本当は大吾の前で言えたなら良かったのかもしれない。だが、今は桐生にだけ告げたい。

「私は、……堂島大吾の、」

 ──── 堂島大吾の、友人です。
 足を止めてしまったことを詫びるように、そして、自身では変えられなかった大吾の命運を預けるように、なまえは深く頭を下げた。桐生はそれ以上、疑問を口にはせず、分かった。とだけ言い残してその場を後にした。