大阪に到着した桐生と大吾を待ち受けていたのは、予想もしない展開だった。蒼天堀のキャバレーグランドでの邂逅、近江連合本部で起きた郷龍会による謀反。そして、大吾と郷田仁は身柄を拘束され、東城会と近江連合の盃交渉は執り行われないまま、今度は神室町を舞台に桐生は拐われた大吾を奪還すべく走り回ることとなった。
 そして、大吾の行方を追えば追うほど、今回の一件で暗躍する別の組織の存在が浮かび上がってくる。ジングォン派、かつて神室町で一大勢力を築いていた韓国マフィアが何故、現代に姿を現したのか。謎が謎を呼び、複雑化していく組織間の対立。東城会は郷田龍司の思惑が読めないまま、近江連合の侵攻は続けられた。

 そして、東城会の五代目である寺田の葬儀当日、招かれざる客であった郷田龍司の登場により、東城会と近江連合の抗争は一度休戦となる。しかし、それはあくまで一部的な話であり、その他の勢力については言及しなかった。三日間は喪に服すと口にしたものの、実質近江連合の侵攻は止まらないと宣言しているにも等しい言葉に、会長代行の堂島弥生らに緊張が走る。ここまで追い詰められ、窮していても尚、予断を許さない状況に東城会陣営は明らかに疲弊していた。
 近江が仕掛ける先の読めない一手は立て直しもままならない東城会をより着実に弱らせていく。時には武力で、時には金で東城会を圧倒させては汚泥を啜るような屈辱を与えている。終わらない、失意のどん底に落ちようが終わらない。大将首を勝ち取るまで、近江連合の侵攻は終わらないのだ。血で血を洗う争い、しかし、誰もがどれほどの血が流れたかなど知り得ないと言うのに。


***


「あの子をこの街から出す。もうこの街はどこも安全と言えなくなった」
「まだなまえは神室町に?」
「ああ。アンタと揉めた日から、あの子はあたしが見張ってたんだ」
「……そうか、まだ神室町に残ってたんだな」

 東城会本部のとある一室にて、堂島弥生と堂島大吾は険しい表情を崩さず、これからの動向を思案していた。その最中、弥生の放った一言にあの夜の傷が疼き出す。今まではまだなまえを匿ってやれるほどの余力があった。しかし、あの郷田龍司が神室町にまで足を伸ばしているとなると、その余力を捻出することすら厳しくなるだろう。
 弱体化した東城会では、いつ何が起きても相手を捩じ伏せるほどの力を持たない。恐らく、神室町で抗争が始まったとなれば、極道のみならず無関係なカタギの血も多く流れるはずだ。そして、その犠牲者の中になまえの名が並ぶようなことはあってはならない。弥生はすぐに組員をなまえの元へと向かわせた。

「なまえが一番気にかけてたのは大吾、アンタのことさ」
「……分かってる、そんなことぐらい」
「あの子はアンタがどんなに馬鹿やらかしても、帰りを待ってた」

 男には信念を貫き通さなきゃならない時がある。でもね、いつだってその帰りを待つのは女なんだ。
 母であり、女であった弥生の言葉が重く、身に染みる。自身の出所を心待ちにし、荒んだ自身の為に神室町へと戻ってきたなまえは、誰よりも再会を願っていた。その胸に深い傷を追わせても、共に大阪へ発つ桐生に頭を下げ、自身の無事を案じていた。
 せめて、別れる前にもう一度だけ顔を合わせ、あの日の夜のことを謝りたいと願っていた大吾にとって、弥生の判断は至極真っ当であるのと同時に、自身の至らぬ弱さを責める理由となった。だが、そうする他にないと正論を突き付けられた時、初めてなまえが待ち続けた時間の重さを知る。勿論、それは等しく弥生や柏木らが待ち続けた時間でもある。

「……俺、謝りたかったんだ」
「あの子を無事に逃がすことが出来れば、再会は無理な話じゃない」
「ああ、今は近江の奴らを何とかしねえと」

 過去の因縁にも未だ決着がついておらず、刻一刻と不利になっていく戦況。敵は一体どこに潜んでいる?次は何を仕掛けてくる?今や神室町はいつどこで抗争が起きてもおかしくないほどに、近江の侵攻が進んでいる。幼い頃の思い出のある街を、近江連合の好きにさせられないと大吾は一人、奮起する。かつて彼女が好きだった街で、もう一度やり直すのだ。
 必要とされることの意味を、責任を背負いながら、疎かにしてしまったもの達を弔うように生きていく。自らが招いた結果もある、理不尽に差し迫られた結果もある。そのどちらも、自分自身の人生の一部であることには変わらない。ならば、背負っていくしかない。もし許されるのなら、何も背負わず、自由気ままに生きていけたならそれが良い。だが、背負わざるを得ない人間に許されるのは、果てなき羨望と栄光のみだ。そのどこにも自身が望んだものなどない。

『何でもかんでも親や周りのヤツの言う通りになるなってこと、』

 いつの間にか、そのような言葉は口が裂けても言えなくなっていた。角が取れ、丸くなったのでは無い。何かに反抗して生きれば生きるほど、型に嵌って生きていることに気付かされたのだ。どれほど誰かが望んだレールから逸れようとも、いつしか元の軌道に戻って次の一歩を踏まされる。
 着地点の見つからない人生も恐ろしいが、着地点さえ決められている人生もまた恐ろしいと感じることだろう。過去を懐かしむ余裕などなく、未来を憂うほど、そこまでへの道程は生易しいものではない。今の自分に何が出来るのか。ここまで追い詰められても、生きることを選び続けなければならない。

 彼の日の彼女もこのような思いを抱えて生きていたのかもしれない。ようやく長い眠りについた過去の君を思えば、ふと心が軽くなったように思う。たった数グラム程度の溜息と共に君への絶えぬ後悔を密かに吐き出していた。