冴島と真島、二人の戦いに決着はついた。何とも荒い再会ではあったが、これで互いに落ち着いて話が出来ると思った矢先、冴島の周囲を取り囲む男達に違和感を抱く。歓迎とは程遠い緊迫した雰囲気に警戒していると、先程の戦いで消耗した冴島を拘束し、奥にある協会へと連行する。なまえは常軌を逸した状況に、傍にいた西田へ問い掛ける。
「冴島さんをどうするつもりなんです……?」
「これには訳がありまして、」
「説明してくれますよね?じゃないと、私」
「も、勿論です……!姐さんには今すぐにでも事情を……!」
「……姐さんじゃなくて、なまえでいいですから」
なまえ達は連れて行かれた冴島の後を追うように教会へと続いていく。その間に手短ではあったが、西田より今回の件について説明を受ける。本来なら、なまえのような招かれざる客に明かすべきではない話であること。この話を聞いたとしても、知らぬ存ぜぬで居て欲しいという西田の条件を呑むことで秘密は共有された。にわかには信じ難い、非現実的な噂であるというのがその秘密に対する第一印象だった。だが、ネレ島に集まった人間はどういう訳か、皆その話に一枚噛んでいるそうだ。
そして、教会まで連れられた冴島は椅子に座らせられ、拘束されたままで真島と対峙する。真島曰く、このまま日本に帰るつもりはない。こちらでやらなくてはならないことがある、と。一方的に告げられた冴島は不服そうに顔を歪ませていた。拮抗状態が続く中、真島が先に手の内を明かしたことで状況は軟化し始める。真島が明かした手の内と言うのは、西田も口にしていたエスペランサという名の船のことだった。
このネレ島にはエスペランサの財宝が隠されている。真島は自身の命の恩人であるノアの為にも、その財宝を探し当てなければならないと言う。この話はなまえだけではなく、冴島にも伝えるべきものではなかったが、もうここまで来てしまっては隠し通すことより理解者を増やすことが手っ取り早いと考えたのだ。口先だけで誤魔化し切れる相手ではないと踏んでのことだろう。
冴島の拘束は解かれ、教会の窓の外には薄暗い夜が広がり始めている。一段落ついたところで、なまえはようやく夫である男、古びた海賊帽にコートを纏った真島の元へと近付いていく。すると、真島も自身に近付く人間に気付いたのか、警戒の視線を向ける。だが、その視線は一分と持たなかった。何故なら、真島の目に映るなまえは無意識に再会を願っていた相手のように見えたからだ。
「お姉ちゃんみたいなべっぴんさんに、そないじっくり見られたら照れてまうなあ。もしかして、俺に惚れたんとちゃうか?」
真島が発した言葉になまえは時が巻き戻った感覚がした。その言葉はまだたどたどしい関係だった二人を思い出させてくれる。何の気なしに言った言葉だとは思うが、それでもなまえの胸は強く揺さぶられていた。記憶を失くしたくせになまえの目の前にいる男は、記憶を失くす前と何も変わらない真島吾朗の顔で笑い、なぞらえたような言葉を口にする。
「ふふ、どうでしょうね。ただ、私はあなたに会いたくてここまで来ました」
「あかん、モテる男は辛くてしゃあないわ」
「覚えているかどうか分かりませんけど、お久しぶりです。ずっと会いたかった」
自然と動き出そうとする体を抑え、なまえは冷静に真島と向かい合っていた。真島は再会を喜ぶ声に首を傾げ、どこか気まずそうな顔をしている。覚えていないのだろう、無理はない。
「……ああ、すまん。記憶喪失でお姉ちゃんのこと、覚えとらんねん」
「大丈夫です、冴島さんから聞いてましたから」
「せや、お姉ちゃん、名前は?」
真島、と名乗るのを躊躇い、なまえは今では使わなくなってしまった名前を告げる。みょうじなまえ、その名を聞いた真島は少しの間、神妙な顔をして思案しているようだった。朧気な記憶に手を伸ばして探ってくれているのだろうか、かつてみょうじなまえという女と神室町で出会った日々のことを。
「ほんなら、なまえちゃんやな」
「はい、なんだか懐かしい感じがします」
「おう、ほんまに会うたことがあるんやろな。俺もそないな気しとるで」
みょうじなまえとして真島吾朗と接するのは、これで二度目だ。まさかこんな日が訪れるとは思いもしていなかった。歳をとったと言うのに、あの頃の青い感情が甦る。たった一言、二言言葉を交わすだけで不安や心配を忘れてしまえるのだから、自身は思っていたより単純な人間なのかもしれない。
「なまえちゃんは今夜はここに泊まるんか」
「冴島さんと一緒に来たので、そうだとは思いますけど」
「こない男ばっかなところで、なまえちゃんが安心して眠れるとは思えんわ」
「そんなこと、」
「意外とあの冴島っちゅうのもスケベかもしれへんで、」
「そ、そんなことありません!」
「ほな、ここで俺から一つ提案や。もし、なまえちゃんが嫌やなければ、俺の船で休んでいくのはどや?」
俺の船?と疑問を顔に出せば、どうやら真島は海賊船を一隻所持しているらしく、ネレ島の港にはゴロー丸と言う船が停泊しているのだそうだ。そして、今夜はもう船に戻って休むだけだと言うのだ。
「いいんですか、私のような部外者が真島さんの船に上がっても」
「な〜にが部外者や、なまえちゃん言うとったやないか。自分で俺に会うのが久しぶりやって」
「真島さんは私のこと覚えていないんですよ。それなのに会ったばかりの怪しい女、船に乗せるんですか?」
真島の言う通り、部外者などという関係ではないが、今の真島はどこか不用心な面が目立ち、心配を口にせずにはいられない。信頼してくれているとは頭では分かってはいるが、それがあんまりにも素直過ぎるものだから、寧ろなまえの心配が煽られていた。すると、真島は周囲をサッと見回した後、なまえの耳元にそっと手を添え、真意を呟く。
「なまえちゃんが、あの冴島と一緒におるんが面白くないだけや」
あの真島吾朗が兄弟分である冴島大河に嫉妬の色を見せた。このようなことは初めてだった。互いに揶揄う場面は何度か目にしてきたが、露骨に嫉妬しているところなど、滅多に見られるものではない。その所為だろうか、なまえは自然と首を縦に振っていた。その言葉が嬉しかったと、無意識に妬いてくれたことが嬉しかったと言うように。嗚呼、今もこの心はまっすぐ真島の方へと向いているのだと改めて思い知らされる。
それとなく真島を見ると、少年のように目を輝かせて満面の笑みを浮かべている。よっしゃ、ほな行こか。となまえと連れ立ち、教会の扉を開けてすぐ真島はその場に恭しく佇む。そして、張りのある低い声音で許しを乞う。
「ここから先は薄暗く、足元がよく見えません。失礼でなければ、お手を」
「……では、お願いできますか。失礼なんてとんでもない、よろこんで」
ヒヒ、と笑みをこぼす真島から差し出されたのは見慣れた革手袋、なまえは臆することなく自身の手を重ね、やんわりと握りしめる。やがて、その手を包み込む大きな手に引かれ、二人はパレカナの教会を後にする。ここはネレ島、人工の明かりの少ない自然豊かな島。二人に降り注がれる星たちでさえも敬虔な祈りを唱えるように、密かに瞬いていく。