「ほれ、もういっこ、」

真島は頬を膨らませながら、なまえの口にたこ焼きを放り投げた。
それは最初に食べたものより、丁度いい温かさにまで冷めていて、なまえは真島と同じように頬を膨らませながら、たこ焼きを味わっている。
二人の小舟にはたこ焼きがあと二つ並んでおり、真島は再びその片割れに楊枝を刺した。

「真島さんもおひとつ、どうぞ、」

私ばかり食べてたら悪いですから、と楊枝の刺さったたこ焼きを真島の口元へと運ぶ。
躊躇いがちにもごもごと動く口元は、なまえの持ってきたたこ焼きを拒まず、大きな一口で攫っていった。
美味しいですね、と投げ掛けられた言葉に対し、真島はホンマやな、としか返せなかった。
気恥ずかしさ、と言うのだろうか。
きっと深い意味はない、彼女の事だ、多分まだ気付いていないだろうと、一人で深読みしてしまう自分がまだ青臭く感じられて、言葉を濁した。
健全とは、とても難しい事のようだ。

「なら、締めはお姉ちゃんや、」

なまえの指先から楊枝を奪い、照れ隠しのように多少強引になまえの口に放り込む。
じ、自分で食べられま…、と言葉が途切れる、妙にそわそわとし始めるなまえの姿に、真島も同じ様な感情を抱く。
なまえは本当に素直な女なのだと思った。
この状況で口元に手を添えてしまえば、なまえの考えている事はあからさまになり、それに気付かない訳が無いと真島は視線を逃がした。
頬が熱い、今日はいい天気だからだと降り注ぐ日差しのせいにする。
やけに意識させたがりな雰囲気を変えたのは、なまえだった。
小さな笑い声が聞こえる、なまえが楽しそうに笑っていた。

「…楽しいですね、ふふ、真島さんったら、もう、」
「な、なにがおかしいんや、」
「私たちいい大人なのに。まるで子供みたいだって思ったら、面白くて、…ふふ、」

なまえのその言葉には説得力があった。
確かにそうだ、と真島も抱えていた青い気持ちを飲み込むと、空になった小舟を手放し、なまえを連れて歩き始めた。
擽ったい感覚に覚えていた抵抗を忘れ、真島は劇場前通りへと向かう。


この時、真島にしては珍しく行先が決まっていた。
それは数少ないデートプランの大部分を占める大切な予定で、これならお互いに楽しめるだろうと踏んだのだ。
劇場前通りにその場所、神室シアターはあった。
現在上映中の映画のポスターがいくつも大きく貼り出され、様々なジャンルの映画を取り扱っているのがわかる。
恋愛ものからアクション、子供向けにホラーまで、そのポスターのラインナップに何を見ようか迷ってしまいそうな程に選択の幅が広い、そんな映画館だった。

真島の足は勿論、神室シアターの前で止まり、なまえも薄々とここへやって来た意味を察する。
なまえは密かに、真島が自分の知らない、刺激的な場所へ連れて行ってくれる可能性も考えていた。
彼の事だ、どんな事を考えていて、どういう風に行動するのか、まだよくわからない彼の事だから、と。
正直、なまえは真島とならば、どこへ行ったって楽しめる自信があった。
どんな場所であろうと、彼と一緒ならそれを精一杯に楽しむだけ、そう身構えていたのだが。
映画、デートの定番と言っても良いそれを真島が選んだのだ。
なまえには真島の意外な一面を見たような気がして、照れ臭かった。

「映画、よく見るんですか?」
「おう、ようビデオ借りて一人で見とるわ、」
「真島さん、映画好きだったんですね、」
「そういうお姉ちゃんは、よう見るんか?映画。」
「最近はあんまりですね、」

二人は販売窓口の上部に並べられたポスターに目を移した。
美男美女の恋愛映画、海外、国内で制作されたアクション映画、グロテスク且つスプラッター要素のありそうなホラー映画。
真島はホラー映画のポスターを見ていたが、なまえは未だ目移りしているようで、何度も顔を端から端へと動かしている。
しかし、たこ焼き屋の時とは違うのは、なまえが珍しく一つのポスターに目を止めたことだった。
なまえがそれを注視しているのに気付いた真島は、なまえの視線の先にあるポスターを見上げる。
見上げた先にあるのは、容姿のいい男女と妙に擽ったくなるようなキャッチコピー、それは恋愛映画のようだ。
そしてその隣にはもう一つ、真島が見ていたホラー映画のものがあった。
その映画は年齢制限が設けられ、血みどろで、人の体がとんでもない事になってしまう程にグロテスクな映画だ。
真島なら喜んでそれを選ぶことだろう、しかし、今日はなまえの気になる、あの擽ったい恋愛映画でも見ようと声を掛けた。

「あれがええんか、」
「え、っと、ちょっと面白そうだなぁって、」
「お姉ちゃんの見たいもん、見ようや、」
「いいんですか…?真島さんが見たいものは…、」
「お姉ちゃんには刺激が強すぎる、」

刺激?と疑問符をちらつかせるなまえは、私のも刺激が強いかもしれないです、と真島に告げる。
その言葉に真島は黒目を丸くして、最近のああいうんはそないに過激なんか!?と驚いていた。
真島の驚く様子になまえもつられて驚き、なまえの驚く様子に真島は更に驚く。
お互いに共通する疑問符に、なまえと真島は、ぱちくりと瞬きを挟む。

「真島さんが見たい映画って、」
「お姉ちゃんが見たい言うとるヤツって、」

「任侠映画ですよね?」
「恋愛映画やろ?」

ん?と同じタイミングで声が漏れる。
驚いていた表情が次第に緩んでいき、口角が持ち上がるのを止められず、二人は控えめに笑い出す。

「私が見たかったのはコレですよ、」
「なんや、同じヤツやないかい、」

なまえが気になると言っていたのは恋愛映画ではなく、その隣の年齢制限有り、グロテスク、スプラッター要素有りのホラー映画の方だった。
真島は、てっきり、と口にし、なまえは更に疑問符を浮かべた。

「お姉ちゃんは、あっちの恋愛もんがええんやと思っとったわ、」
「そうだったんですね。…あんまり女の子らしくないんですよ、私。」
「ええやないか、俺にとっては好都合や。」

真島は嬉しそうに口元を緩めたまま、ちょっと待っとれ、と販売窓口の方へ歩いて行った。
遠目から見えたのは、ガラスを一枚挟んだ向こうにいる販売員が狼狽えている姿と、そこに立っている真島の似合わない後ろ姿だった。
パイソンジャケットに革のパンツと言う服装は、やはり明るい時間帯には上手く混ざらないものなのだと思うと同時に、その似合わない風景に真島らしさを見つけられたような気がして、なまえは蛇柄の背中へと近付いて行く。
こちらに気付かない真島の背後から、ひょっこりと顔を出せば、青いトレーに二人分の映画チケットが置かれていた。
チケットを先に手にしたのは、真島の革手袋の指先だった。
そこでようやく真島は、自分の背後になまえがいる事に気付く。

「…なんや、お姉ちゃん。近くにおったんかい、」
「待ってるだけじゃ、つまらなくて。」

つまらない、と言うのは少しだけ当たりで、殆どが外れだった。
周りに馴染まない背中を見ていたら、何故か突然、真島の傍に行きたくなったなんて、あまりにも乙女過ぎる事情は伏せておく。
そうか、ならしゃあないのう、と人目も気にせず、真島はなまえの肩を抱くと、中行こか、とその場からなまえを丸ごと連れ去って行った。
楽しみやなァ、お姉ちゃん、と呟いた真島の声がとても傍に感じられて、なまえは素直に溢れる嬉しさに、はい、と頷いた。