とあるテーブルの上に、二つトレーが置かれていた。
バンズからはみ出るほどのパティを大胆にも二枚重ね、溶けたチーズを絡ませ、それらに負けじと瑞々しいレタスも一緒に、おまけに分厚くカットされたベーコンも挟まれているようで、それは圧倒的なボリュームを誇っている。
そのハンバーガーが一つあるだけで、トレーの中がやけに手狭だと感じてしまうくらいだ。
その正面に並ぶのは、一般的な大きさと言えるチーズバーガーだ。
同じトレーの中にはポテトやドリンクもあり、品目数も全く同じ筈なのに、一見するとどこか物足りないように思えた。
二人は今、中道通りにあるスマイルバーガーにいる。
約二時間たっぷりと映画を観たせいか、神室シアターを出る頃には腹部にちょっとした寂しさ、空腹感を感じ、自然と昼食を食べに行こうと決まった。
お互いに何を食べたいか、どんな食事の気分かを話し合いながら、泰平通りから中道通りへと向かい、ずらりと並んだカフェや喫茶店などに目配せしながら、通りを歩いていく。
どの店も気軽に立ち寄れる場所という事もあり、なまえと真島は悩ましげに視線をあちらこちらへと飛ばし続けていた。
口でいくつか心当たりのある飲食店の名前を共に並べ、鼻でお互いの食欲を刺激しそう匂いを探し、目でピンと来る店を見つけ出す。
「中道通りってたくさんお店があって迷っちゃいますね…、」
「カフェやら、喫茶店やら、何やらでえらい数の店があるからのぉ、」
「そうなんですよね…。ちなみに真島さんはお昼、これがいいってものあります?」
「せやなァ…、」
真島は再び視線を飛ばす、なまえも同様に視線を飛ばした。
この中道通りにはたくさんの飲食店が建ち並び、和食、洋食、イタリアンから軽食、更にはファーストフードまでと幅広い選択肢が設けられている。
未だ二人の頭上に浮かぶ疑問符が消せないまま、通りを歩いていると不意に疑問符が感嘆符に変わった。
二人が同時に目にしたのは、とある一つののぼり旗だった。
それには、『新発売の限定バーガー!今ならお得にセットで!』と書かれており、旗に載っているハンバーガーの写真に食欲を刺激された人物が二人ほど。
どうやら新作のメニューは大ボリュームが売りのようで、宣伝写真からもその凄さが窺える。
なまえはその旗を見ただけで、漠然としていた昼食の気分をハンバーガー一色に塗り替えられてしまい、一つの提案として真島に声をかけた。
「あの、ハンバーガーとか、どうでしょう…?」
「お姉ちゃん、あの店の旗見て食べたなったんやろ、」
「はい。最近食べてないのもあって、食べたくなったんですけど、真島さんはどうですか?」
「ええで、お姉ちゃんがそう言うなら、そこで決まりや!」
その弾むような声になまえは真島を見る。
「丁度、あの新作が出とるんやろ?せやったら、試しに食うてみようやないか。」
「ま、真島さん、あんな大きいハンバーガー食べられるんですか…?!」
「余裕や、余裕。なんやったら、お姉ちゃんも一緒にどや?」
「あんなに大きいの、食べ切れる自信が…、」
「確かにこない小さい口じゃあ、かぶりつくのも一苦労やろなァ、」
「わ、私のことはいいんです…!本当に真島さん、食べ切れますか?」
男性とは言え、真島さん細身ですし…、と何度も視線を上下させるなまえに真島は、ほんなら、証明したろやないか、と繋いでいた手を引き、新作の旗が店頭で揺れるスマイルバーガーへと向かって行った。
なまえと真島は二人で向かい合いながら、テーブル席についている。
ファーストフード店のテーブルはあまり大きくない。
それは前々から知っている事で、今更疑問に感じる事ではないのだが、今日はやけに狭く感じる。
原因は、なまえのチーズバーガーの前に立ちはだかるように置かれた、真島の新作バーガーが持つ威圧感のせいだった。
確かに宣伝写真を一目見た時にも、ハンバーガーの持つボリュームには驚いた筈だったが、いざ目の前にしてみるとより圧倒的に感じてしまう。
なまえは再び不安を抱いた。
入店前にも思った不安が、真島は男性だが細身であるという事への心配が過ぎったのだ。
本当に大丈夫だろうか、と真島を盗み見る。
盗み見た先に真島のそれがあった、なまえは驚きに身を反らす。
「…ま〜たお姉ちゃんはいらん心配しとるな?」
「やっぱり実物って写真より迫力があるって言うか、」
「そらそやろ。…しかし、お姉ちゃんは俺がホンマに食い切れるか、不安がってるみたいやが…、」
まァ、騙された思うて見とき、と真島は自分の革手袋を外し始めた。
なまえは真島があまりにも自信満々に言ってくれるものだから、不安で占める心の隙間になんとか安心を潜り込ませ、はい、と答えた。
「よっしゃ、食うで!お姉ちゃん!」
「はい、いただきましょう…!」
両手を胸の前で合わせ、二人はいただきます、とハンバーガーの包み紙に手を伸ばした。
がさがさと音を立てながら、なまえはチーズバーガーを、真島は新作の巨大バーガーを顔の前に置き、まずは一口かぶりついた。
チーズとケチャップの味が口に広がり、久々の慣れた味に美味しいと頬を膨らませる。
真島は真島で大きく口を開け、大きすぎるハンバーガーにかぶりつくと言うよりかは食らいついていた。
真島の両頬の膨らみと、今まで見たことが無かった大きな口に、なまえは咀嚼を忘れて、一人ハンバーガーを食べ進める真島の姿に目を奪われてしまった。
ここでようやく、なまえが抱いた不安は杞憂に終わるのだと理解し、心を埋めていた不安を素早く片付ける。
器用に食べ進めていく真島の姿を、なまえは自分の手を止めてまで見ていた。
以前真島が言っていた、食事をしている時の顔が好きだと。
なまえはあの時それを言われる側だったせいで分からなかったが、確かに他の誰かが美味しそうに食事をしている時の顔は好感が持てる。
真島が言っていた言葉の意味を理解し、実感する。
なまえも今はあの時の真島のように、真島がハンバーガーを頬張る姿を見て、胸に込み上げるささやかな温もりを感じていた。
「真島さんも美味しそうに食べるんですね、」
「…なんや、いきなり、」
ん、とこちらを向いた真島を少しだけ愛らしいと思った。
まるでどこかの子犬みたいな顔をしている上に、口の端にソースのようなものが付いていたのだ。
付いてますよ、と備え付けのペーパーナプキンを手に取り、真島へと差し出すと、真島は何を思ったのか、差し出されたなまえの手を取り、そのまま自分の口元へと誘導させた。
そしてゆっくり口元を拭うと、おおきにな、と汚れたペーパーナプキンをくしゃっと丸め、自分のトレーの上に転がした。
「じ、自分で拭くと思ってました…、」
「ええやないか、今日はお姉ちゃんとのデートや。そう言う気分味わってもバチは当たらんやろ?」
「そうです、けど…、」
「…しゃあないのぉ。ほれ、食いモンどかさんかい。」
「え、…な、何をするつもりですか…!」
「あァ?何って、お姉ちゃんの口拭いたる言うとんのや。」
お姉ちゃんもしてもらいたかったんとちゃうんか、となまえの方へと真島が手を伸ばしてくる。
なまえは真島の腕がペーパーナプキンを手にしてしまえば、全くさっきと同じ結末になるだろう。
それを勝手に想像するだけで、なまえは急な動悸と頬の火照り、体が異常に熱くなり、密かに汗ばむのを感じた。
「大丈夫です…!間に合ってます!自分で拭けるので…!」
「何をそない焦っとんねん。ま、ええなら、ええわ。」
伸ばした腕を引っ込めた真島は再びあのハンバーガーにかぶりついていた。
なまえも照れ隠しと言わんばかりに自分のハンバーガーにかぶりついては思うのだ。
デートとは、恋人気分と言うのは、こんなに擽ったいものなのだろうかと。
ただ食事をしているだけで、話をしているだけで、冗談のようなものを交わすだけで、満たされるのだ。
口に広がるケチャップの風味を少しの間だけ忘れていた。
ふと考え込んでしまっていたからだ、だから、なまえは気付かなかった。
自分の腕を優しく押し退け、口元に触れる真っ白に。
むにっとした感触が唇に走ったかと思うと、今度はそっと何かを拭き取っていく手を。
「食いながら考え事しとるからや、お姉ちゃんもケチャップついとったで。」
ケチャップソースの味を思い出したのは、真島に口を拭われた後で。
なまえは熱くなり始めた体を冷ますように、ドリンクのストローを咥えた。
体に無理に流し込まれるそれが冷たくて心地良いのだが、思考の方はどうやらパンクしてしまったらしく、そこから先は口数の少ない昼食の時間となった。
結果から言えば、真島は巨大ハンバーガーを完食した。
セットメニューのドリンクもポテトも涼しそうな顔で平らげてしまった。
なまえも勿論完食したが、まだしばらくは熱が冷め切らず、ぼんやりと真島と一緒の時間を過ごすのだった。