なまえと真島が座るテーブルの上には何も無かった。
用済みのトレーや何やらは既に綺麗に片付けてあり、二人は食休みと言うようにスマイルバーガー店内で次の行き先を決めていた。

「少し休ませてください、お腹がちょっと苦しくて…、」
「おう、俺はいつでも動けるで、」
「あんなに大きなハンバーガーを食べたのにですか…?」
「余裕や言うたやろ、」

相変わらず飄々とした様子の真島に、なまえは満腹で窮屈な腹部を撫でた。
実は食事の際、真島が妙な気を利かせてくれ、あの新作を一口食べさせてくれたのだ。
やはり新作という事もあり、初めて知る新しい美味しさに負け、もう一口…と何口か食べさせてもらった。
その為、なまえは今、予想外の満腹感に襲われている。

「次はどこ行こか、」
「あまり体を動かさないような所がいいですね…、食後ですし、」
「体使わんと遊べる場所言うたら、近くにゲームセンターがあるで、」

なまえ達のいるスマイルバーガーと同じく中道通りには、クラブセガと言うゲームセンターが並んでいる。
真島の言う通り、ゲームセンターならば、無理に体を動かすようなことも無く、ゆったりと遊べるとなまえは納得していた。
窮屈な腹部を抱えたまま、激しい運動をするのはとても無理がある。
それなら、となまえは真島の提案に乗ることにした。

「ゲームセンター言うたら、クレーンゲーム、カードゲーム、プリクラ、くらいやろか、」
「そうですね。対戦ゲームとかもありますけど、真島さんは遊んだりします?」
「あんまやらんのぉ。お姉ちゃんはゲームしに行ったりするんか?」
「クレーンゲームくらいなら、」
「お目当てはぬいぐるみやろ、」
「はい。でも、あまり上手くなくて全然取れないまま、帰ることもありますけど、」
「その欲しいヤツはまだ並んどんのか?」
「どうでしょう…、もしかしたらあるかもしれませんね。」

ほぉ…と顎を撫でた真島は数秒考えた後に、せやったら、行こうや、となまえに返した。

「もしかして、真島さん、私が欲しいもの取ってくれたりします?」
「どないやろなァ?でも一つだけ教えといたるわ、俺はこう見えてクレーンゲーム上手いんやで。」
「ふふ、じゃあ、是非やりましょうね。」
「お姉ちゃんに俺の実力見せたるわ。」


そのやり取りから数分後、二人は店を出て同じ通りのクラブセガへと向かった。
同じ通りであり、スマイルバーガーからあまり遠くない場所に位置しているそこへは数分程度で着いた。
入口の自動ドアを抜けた先には、様々なゲーム機が所狭しと並べられていた。
対戦用のアーケードゲーム、子供達に人気のカードゲーム、大人子供、男女問わず遊べるクレーンゲーム、そしてその日の記念に撮るであろうプリクラ機。
その全てがこの店内に揃えられ、ここは人の行き来が絶えない場所だ。
不思議と二人の目的になっているクレーンゲームは丁度人が居らず、空いていてすぐに遊べる状態だった。
機体の窓を覗けば、文鳥のブンちゃんシリーズとリスのマロンシリーズが今日の景品として並んでいる。
今日のラインナップの中で特になまえが注目していたのは。

「あ…!真島さん、見てください!あれ、あのブンちゃん!」

なまえの弾む声につられて、真島も機体の中を覗く。
そこにあったのは、通常サイズより何倍も大きいブンちゃんのぬいぐるみが置かれていた。

「なんやコイツ、他のヤツよりでかいで、」
「これ、ジャンボブンちゃんですよ…!」
「ジャンボブンちゃん…?ただのでかいブンちゃんやないか、」
「簡単に言うとそうです。でも見てください!他のより丸くて大きくて可愛いじゃないですか…!」
「まァ、確かにお姉ちゃんが好きそうなやっちゃな、」
「真島さん、ちょっとここで待っててください!」

戸惑う真島の返事を最後まで聞かず、なまえは店内の両替機の元へ行くと鞄から何枚か紙幣を取り出し、機械に飲ませていた。
真島は自分の言った言葉がすぐに自分の元へ戻ってきたような気がして、窓の向こうにいるジャンボブンちゃんとやらを見つめた。
周りにオレンジかブラウンか分からないブンちゃんとピンク色のブンちゃんが配置されており、その中心にジャンボブンちゃんがそびえ立つ。
丸くて大きくて可愛い、なまえの言い分は分かる。
だが、この大きなブンちゃんから、真島は妙な威圧感を感じていた。
それはまるで難攻不落の要塞、真島は密かに手に汗握る。
しかし、嬉々として両替機に向かったなまえの姿を見てしまってはもう後に引けない。
今から嶋野の狂犬と恐れられる男とジャンボブンちゃんの戦いが始まるのだ。

「…ええで、やったる。これもお姉ちゃんの為や。」

覚悟はええか、ジャンボブンちゃん…!とくりくりっとしたブンちゃんの黒目に自分の視線をぶつける。
クレーンゲームの景品に睨みを効かせる極道風の男。
傍から見ればとても恐ろしい光景なのだが、真島も至って真剣、至って真面目であった。
今すぐにでも懐刀を引き抜いてしまいそうな程に張り詰めた緊張感が漂う店内で、一触即発な雰囲気を放つ真島に近寄ったのはなまえだった。

「真島さん…!どうぞ使って下さい、三千円分です!」
「取ってもらう気満々やないか、」
「クレーンゲームの実力、見せてくれるんですよね…?」
「ヒヒッ、端からそのつもりや。よう見とけや、お姉ちゃん!」
「よっ、よろしくお願いします…!」

なまえの手のひらに置かれた百円玉を三枚手に取り、コイン投入口へと落として行く。
三百円で三回プレイ出来る、真島はブンちゃんの位置をよく見定めながら、クレーンを動かすボタンを押し込んだ。


まず一回目。
シンプルに中央にそびえ立つジャンボブンちゃん目掛けて、クレーンの位置を合わせる。
アームを左右に開き、クレーンが降下していくポップな音を聞きながら、真島となまえは一心に窓の中を見つめていた。
ゆっくりと目標目掛けて降りていくクレーンが定位置で止まり、ジャンボブンちゃんの頭を掴んだ。
おおっ、と二人同時に声が漏れる。
期待大でそのクレーンの動きを見守っていたのだが、やはりジャンボブンちゃんは難攻不落の要塞であると思い知らされる。

クレーンのアームは無事に頭の赤い帽子を掴んだ筈だったのだが、結果として二人の元へは落ちて来なかった。
アームが掴んだのは頭だったが、どうやら少々後ろ過ぎたらしく、するっと簡単にアームは外れてしまったのだ。
それだけなら良かったが、アームが中途半端に接触したが為に、クレーンが上昇し始めたタイミングで、ジャンボブンちゃんは通常サイズのブンちゃん達の間に倒れ込んだ。

「ま、真島さん…、」
「ジャンボブンちゃん、中々ごっついのぉ…。しかし、まだや、まだあと二回あんねや、」
「そうですね…!気を取り直して行きましょう!」


なまえの言葉に強く頷きながら、二回目。
店員に位置を直してもらおうかとも考えたが、それではジャンボブンちゃんを倒し、真島の完全勝利とは言えなくなる。
相手が強ければ強いほど、状況が不利で困難であるほど、真島の性は熱く滾る。
真島は自分の陥っている状況を、そしてジャンボブンちゃんから感じる威圧感を楽しんでいた。
真島はここで一旦、標的ではなく、周りに配置されているブンちゃん達の位置を確認し始めた。
倒れ込んでしまった目標の左右には、通常カラーのブンちゃん、ピンクカラーのブンちゃんが壁のように立ちはだかっている。

「確かに、初めからマト狙うのも面白いところやが、ここは確実に仕留めなあかんところや…、」
「…真島さん…?」
「せやったら、手前におる兵隊散らして、そこから一気にトドメ刺した方がええなァ…、」
「真島さん……、」
「行くでぇ、ブンちゃん…!」

再び真島はクレーンの位置を定めていく、今度は壁となっているブンちゃんに狙いを付けた。
最初に狙ったのは左側にある通常カラーのブンちゃんで、真島も順調に位置を合わせ、ここから勝負だと言わんばかりに降下ボタンを押す。
一回目と同じように下がっていくそれを見守る二人。
そして、ブンちゃんとの勝負の時。
左右に広げられたアームがブンちゃんの赤い帽子を掴む。
しっかりと帽子を捉えたアームはクレーン上昇時の揺れにも耐え、ブンちゃんをその戦場から撤退させる。
微かに前のめりになった時は不覚にも声を漏らしてしまったが、アームから離れる事無く、無事取り出し口へと転がり落ちた。

「ぶ、ブンちゃんだ…!真島さん、ブンちゃんですよ!」
「そないなこと、わかっとるっちゅうねん、」
「わたし、わたし、この普通サイズのブンちゃんもまともに取れなくて、」
「ホンマかいな。そんなら、あのピンクのブンちゃんも落としたるで、」
「本当ですか…?!そ、そんなにいいんですか…?」
「何言うとんのや、これはお姉ちゃんの金使ってやっとるんや。それくらいせな、あかんやろが。」
「じゃ、じゃあ、あの、ピンクのブンちゃんもよろしくお願いします…!」

俺も狙っとったんや、必ず落としたるでぇ!と意気込む真島は、次の獲物であるピンクカラーのブンちゃんを見た。
なまえはそんな真島の傍らで大事そうにブンちゃんを抱え、これから三回目のプレイに挑む真島の後ろ姿を密かに応援していた。