「ぶ、ブンちゃんがふたつも…、」
「ヒヒッ、そらァよかったなァ。でもまだや、とっておきが残っとる。」
なまえの両腕の中には通常カラーのブンちゃんとピンクカラーののブンちゃんが二つ抱えられていた。
真島は三回目のプレイで、そのピンクのブンちゃんを無事ゲットしたのだ。
しかし、これで最初の三回が終了してしまい、真島としては次のプレイで確実にジャンボブンちゃんをゲットしなければならなかった。
「お姉ちゃん、次で俺はアイツを落とすで、」
「…はい、よろしくお願いします。これ、追加のお金です。」
「すまんな、まだ使わせてもらうで、」
どうぞ、と差し出した手のひらから再び三百円を貰い、真島は守りが手薄になったジャンボブンちゃんを落とすべく、その三百円を投入口に飲ませた。
パネルにカウントが表示され、これで勝負を決めたい真島と所謂『ごめん寝』状態になっているジャンボブンちゃんとの最終決戦が今、始まる。
先に仕掛けたのは真島だった。
横たわっているブンちゃんの位置を正面から、そして横から何度も確認する。
クレーンを横へ、続いて奥へと移動させた。
横の位置合わせは完璧に思う、しかし、肝心なのは奥の位置合わせだ。
ブンちゃんは倒れた状態になっており、持つ場所によっては取れるか、取れないかが左右される。
ここで真島が選んだ場所はぬいぐるみの中心ではなく、あえて少し後ろの部位だった。
頼りなく見えるアームが左右に開く、再びジャンボブンちゃんを捉えるべくクレーンは降下していった。
真島が狙った部位へとクレーンは引き寄せられ、開かれたアームはブンちゃんのおしりを挟み込む。
ブンちゃんのおしりが持ち上がると、とある一定の高さの所でブンちゃんはくるりと前方へ回転した。
前方への回転が意味する事はただ一つ。
ぼとり、と、今まで落としてきたブンちゃんのどれよりも重量感のある音が聞こえた。
なまえと真島は顔を見合わせ、同時に身を屈めて取り出し口を覗いた。
そこにあったのは、取り出し口いっぱいに埋め尽くされた白の柔らかなファーだった。
恐る恐る真島が手を伸ばす、なまえは自然と息を呑む。
真島が取り出し口から引っ張り出したのは、なまえが欲しくて堪らなかった、丸くて可愛くて大きなあの子。
「ま、真島、さん…!」
なまえの呼び掛けに真島はその場で立ち上がった。
置き去りにしてしまわないよう、なまえも立ち上がらせると、真島は自分の腕に収めていたジャンボブンちゃんをなまえへ押し付けるように渡した。
「ほれ、めっちゃでかいブンちゃんや、」
「ジャンボブンちゃんです…、」
「どっちでもええやろ、」
さァ喜べや、お姉ちゃん、と歯を見せて真島は笑った。
なまえは差し出されたジャンボブンちゃんを受け取れずに困惑していたが、その表情からは嬉しさが滲み出ており、真島は自分の胸の内が満足感で膨らんでいくのを感じていた。
「ありがとうございます…!まさか本当に取ってもらえるなんて、」
「にしても、でかすぎてかさばるのぉ、このブンちゃん。」
「そうですね、私も両手がブンちゃん達で埋まってますし…、」
「どないしよか、」
「あっ、真島さん、まだあと二回残ってますよ…!」
ん、と振り返り、コイン投入口近くにあるパネルを見れば、まだ二回遊べるとカウント表示がされている。
窓の中に残っているのは、通常サイズのブンちゃんが二つほど。
それらから視線を外した真島はなまえを見やり、もうちょいお土産欲しないか?と口にした。
その誘いになまえは、取ってもらえるなら…!と返したが、流石にこのままでは持ち帰れないと言い残し、今度はカウンターにいる店員の元へと向かった。
真島はジャンボブンちゃんを両手で抱えたまま、残り二回を待ち望んでいるクレーンゲームの傍でなまえが戻って来るのを待っていた。
「こんなにたくさん…、」
「ちと、取りすぎてもうたなァ、」
真島は一つブンちゃんを小脇に抱え、今手にしているブンちゃんをなまえが店員から多めに貰ってきたビニール袋に詰め込んでいた。
むぎゅむぎゅと手に跳ね返る感触が柔らかく、既になまえの両手は二つのビニール袋で埋まっている。
普通サイズのブンちゃんが四つ、ジャンボブンちゃんが一つ。
これで真島の役目は終了となる、景品置き場にはもう何も無い。
なまえの崩した金額全てを使い切ると言う事にはならなかったが、ぬいぐるみでパンパン膨らんだ袋を持っていては後の予定に差し支えが出ると、二人はミレニアムタワー近くにあるコインロッカーにこのブンちゃん達を預ける事にした。
袋越しに見えるブンちゃんのシルエットが可愛いとなまえが、思ったよりかさばるブンちゃん達に取り過ぎた感が否めない真島が、中身が空っぽになったクレーンゲームの前から離れて行った。
ゲームセンターを出てすぐ、二人は好奇の眼差しに晒された。
袋いっぱいに詰め込まれたブンちゃんを二人がかりで運んでいるのだ。
特にすれ違う同性からは、あ、ブンちゃんだ!可愛い〜!なんて声も上がり、なまえは少しだけ恥ずかしかった。
あまり人前で目立ったことをしないなまえは、ほんの少し注目されただけで微かに汗ばむほど、控えめな人間なのだ。
自信なさげに俯く、しかし、それは柔らかな感触に阻まれた。
ガサッと鳴るビニール袋、そこから真島が取ってくれたブンちゃんの顔が見えた。
両手に溢れんばかりのブンちゃんの群れを抱えている、自分一人では決して取ることが出来なかったそれが、今なまえの腕の中にある。
隣の真島はジャンボブンちゃんの袋を片手に抱え、もう片方の手でブンちゃんの詰め込まれた袋を持っている。
「なんか、真島さん、可愛いですね、」
「はァ…?何言うとんねん、」
「ブンちゃんに囲まれてる真島さんが、なんとなくそう見えて、」
「そないな事言うたら、可愛ええっちゅうのは俺だけやないで。」
「真島さんったら、何言って………、」
気が付けば、真島に、え?と聞き返す自分がいた。
一瞬にして頭の中が真っ白になった、理解を忘れて思考もぴったりと止まる。
この間僅か数秒の事だった。
「可愛ええやないか、」
「な、な、何を、」
「今まで気付かんかったわ、」
「や、やめてくださいよ、急に、そんな…、」
にぃっと吊り上がった口角の後に聞こえてきた言葉に、なまえは顔を真っ赤にさせた。
「ホンマに可愛ええのう、ブンちゃん。」
「…真島さんっ!」
真島特有の高笑いが、笑いを堪えようとする口からはみ出ていき、中道通りに響き渡った。
振り返る人の群れ、いくつもの視線の束が二人を、特になまえを串刺しにし、耐えられなくなったなまえは未だ高笑いを続ける真島の腕を取り、一直線に走り出した。
二人が走り去った後に、相変わらずな好奇の眼差しと微かな笑い声を残ってしまった事を真島やなまえは知らない。
けれども、今はそれよりも大切なことがある。
それはなまえが自然にやってしまった、早とちりについてだ。
顔から火が出る勢いで熱くなっていく、羞恥心だって大きく膨らむ。
街角でたまに見る子供が手にする風船のように、萎むことを知らないそれを胸に抱え、自分を柔らかく責める言葉を何度も唱える。
反省と後悔はいつもすぐやってくる、一呼吸置けないのは自分の良くない所だと痛感していた。
なんで、よりによってこんな日に、真島さんとのデートの日に…!となまえの心境はとても慌ただしく、ヒートアップしていく頭も、心も、体も、その熱を下げる方法を見つけられない。
目まぐるしい感情の変化に頭から煙が出そうになっていた最中、耳を掠めていく風に紛れて、真島の声が混ざったような気がした。
しかし、冷静さを見失っていたなまえはそれを気に留めず、ただひたすらにコインロッカーまで走る事しか出来なかった。
***
正直、笑いが止まらなかった。
不意にときめき、頬を染めゆくなまえの顔が忘れられない。
自分が景品を取ってやった時よりもキラキラと輝き、目と目が合った瞬間には、まるで二人だけの世界にいるような心の近さを感じた。
期待を勘違いで終わらせてしまったのは悪く思うが、真島はなまえのその馬鹿正直な素直さが好きなのだ。
笑いが止まらない、膨れたように見える彼女の頬肉が丸みを帯びた、何度でもちょっかいを掛けたくなる。
「ブンちゃんみたいで可愛ええやないか、」
風に放した言葉が景色に溶けていく。
彼女の耳に届かなくてもいい、真島は今やっとなまえの為に取ったブンちゃんを好きになる理由が出来たのだ、それだけで良かった。
そう思うと一つ、たった一つだけ、この四つ子のブンちゃんが欲しくなった。
どこか彼女に似ている、丸くて柔らかくて可愛らしいこのぬいぐるみを。
優しく手を引いて走るなまえは知らないだろう、真島がその手のひらの感触を何度も確かめている事を。
ぬいぐるみには無い、その柔らかな感触を一人噛み締めている事を。
そして、真島が一つブンちゃんを欲しがっている事を。
その理由はなまえにあると言う事も。
これは真島だけが知る秘密である。
真島はなまえに優しい感情を抱いていた。