眉間に寄せられた皺は深い。
最近の真島はずっと難しい顔をしたまま、どこかを見つめては唸っていたり、いや、ちゃうな、せやけど、とぶつぶつ独り言を言っていたりする。
その行動は一週間前くらいから見られるようになり、それを見た他の組員も皆口々に、親父が難しい顔をしている、と話題の一つのように取り上げるのだ。
そして今日もまた難しい顔をして何かを考えている。

「親父、何か考え事ですか?」
「あ?ああ、なんや、西田やないか、なんの用や。」
「ずっと考えてるみたいだったので、何かあったのかと、」
「何かあったのか、やとォ?…そんなん、大アリや!」
「大アリ…?!それって一体何なんです…?!」
「それはもう、とんでもないで…、この俺がずっと頭抱えとる案件や。」

それを耳にした瞬間、西田の頭の中に様々な憶測が飛び交う。
組の存亡に関わる問題なのか、それとももっと大きな、自分の頭では到底想像出来ない何かが親父の頭の中にあって、それがここ一週間の親父の手を煩わせているのだろうか。
真島は眼光鋭いまま、こちらを見やり、西田、と彼の名前を口にした。
これから、その案件の全貌が分かる。
自分よ、その事実を、その内容を、受け止める覚悟はあるか、と西田は自問自答し、少し間を開けた後、はい、と返事をする。
覚悟は出来た、ごくり、と喉が鳴る、意図せず唾を飲み込んだ。


「ウチのにな、何か買うてやりたくてな、」
「ウチの…って、もしかして姐さんにですか?」

西田は肩透かしを喰らったような気分だった。
真島組存亡の危機では無いのは嬉しい事だが、ほっとしている自分とそれはそれで複雑な心境の自分が、真島の話を聞いていた。

「せや。この会社立ち上げてから、中々なまえちゃんに割く時間が取れへんからのう。」
「それだったら、一日くらい休み作ってみるとかは…、」
「何アホなこと抜かんとんねん!休んでる暇があったら、さっさとヒルズ建設を進めた方がええに決まっとるやろが!」
「でも、姐さんに割く時間が無いって言ったの親父じゃないですか…、」
「せやから、その代わりに贈り物の一つでも買うたろ思っとんのやないか。」
「それで、親父は何を姐さんに贈るんです?」
「……今直面しとる問題がそれや、」

腰掛けている椅子にふんぞり返り、真島は大きな溜息を逃がす。
真島がいつまでもこの調子では他のことにも差し支えが出るだろうと、西田は溜息がちな真島にいくつか質問を投げた。
それに何より他の部下達が悩める真島の姿を見て、不安に煽られてしまうのは組織的にも良くないと思えたからだ。

「姐さんの好きなものとかはどうでしょう。それに親父からの贈り物ってなったら凄く喜んでくれるんじゃないですか。」
「…好きなもんか。」
「そうですよ、好きなブランドのバッグとかアクセサリーとかは鉄板じゃないですか。」
「言うて、なまえちゃんはそないごちゃごちゃしたもん、よう買わんのや。せやから、好きかどうかも分からんしのぉ…。」
「それは難しいですね…。」
「俺もずうっと頭悩ましとんねん。」

確かに西田の知る限り、なまえと言う女性は派手な格好を好まず、シンプルな装いをする人だ。
それは装飾品も同様で、アクセサリー等も滅多に身に着けず、本当に控えめな格好でいる事が多い。
確かにこれは難しい問題であると察し、西田は密かに他の部下達にも意見を聞いてみようと考えた。

「ま、ええわ。西田、お前ははよ残りの仕事片付けとき。」
「はい。それじゃあ、失礼します。」

真島組事務所を後にし、西田は現場へと戻って行った。
一人きりになった事務所内でまた一つ溜息が浮かんだのは、真島しか知らない事だった。



***



「自分も女いるんですけど、やっぱりアクセサリーとかに目がなくて、この間も五万するネックレス買わされまして、」

「ウチのはブランドもんが好きで、バックに化粧品、服から靴まで好きなブランドが決まってるんで、もう本当に大変なんですよ…、」

「大抵のヤツはやっぱりそう言うの好きだよなぁ。俺もこの間別れた女が良いもん好きのヤツで、」

現場に戻ると早速西田は皆に質問を投げ掛けた。
上記の通り、ぼろぼろと好みの話が出てくるものの、皆それぞれタイプの違う話ばかりで西田は苦笑する。
自分達のような極道者と付き合う女達は少なからず派手好きな女が多く、それらをあまり好まない控えめな相手と言う方が珍しい。
声を掛けた組員も今の西田と同じように頭を悩ませ、今度はアイツに聞いてみよう、だとか、知り合いのキャバ嬢にも聞いてみるか、などの何かと協力的な声が上がった。
そうして地道な情報収集を繰り返していると、とある組員が何気なく見かけたネットの記事について手を挙げる。

「西田さん!これ、ちょっとこれ、見て下さいよ!」

その声に周りにいた組員達も駆け寄り、携帯電話の小さな四角を覗き見た。
画面に映し出されていたのは、男性から女性への贈り物、プレゼントに関するポイントをまとめた記事だった。
おお!と周りがどよめき、その記事を見つけた組員も手応えを感じたのか、画面を下へとスクロールさせ、内容を読み上げた。


まずは相手の好みを把握すること。
これは基本中の基本であり、相手の好みに合わせたプレゼントを贈ることで二人の仲はぐっと接近すると言うもの。
いや、もう最初からくっ付いとんねん、と誰かが突っ込みを入れた。
西田はそれを宥めつつ、更に読み進められる記事の内容に耳を傾ける。

次にプレゼントの品に特別感を持たせること。
例えば誕生日プレゼントであるなら、彼女の誕生石をあしらったジュエリーなどを贈ると、彼女の為の贈り物であると言う特別感が生まれ、より喜ばれると言うもの。
なるほどな、これいいアイデアだな、俺も覚えておくか、と他の組員もその情報の有益さに頷いている。
特別感、確かにそれはとても大切なものかもしれない、西田も頷く。

そして何より相手にプレゼントを贈ると言う気持ちを大切に、素直に伝えること。
物を贈ると言う行為には必ず相手の姿があるもの、その為、何を贈るか悩む時間は相手を想う時間と同じであり、それだけあなた自身が相手のことを大切に思っている証拠。
だからこそ、ただプレゼントを渡すだけでなく、その気持ちも少しだけ添えることで、あなたの彼女に対する想いも一緒に贈る。
想いの込められたあなたの行動が一番のプレゼントになると言うものだった。


「確かにこれが一番だよなぁ、」
「そうだな、やっぱ金額とかじゃねぇんだよ、」
「まぁ、これで親父が姐さんに何を贈るのか決まればいいよな、」
「にしても親父も珍しいことを考えるんすね、あの親父が贈りもんだなんて、」
「…俺がなんやねん、」
「ああ?だから珍しいっすよねって…、」

時が止まる。
今一番聞いてはいけない男の声が組員達の会話の中に紛れ込んだのだ。
ついうっかり珍しいと口にした奴は黒目を丸くし、冷や汗をかきながら、後ろを振り向いた。
そこに立っていたのは不機嫌そうな表情を貼り付け、真島建設のロゴが入ったヘルメットを被っている、蛇柄ジャケットの男。

「お、親父…!」
「西田がなんやコソコソと他の奴らとサボっとるから、社長の俺が直々に見に来たっちゅう訳なんやが。ほんで、お前ら仕事サボって何しとんねん。」

あ、いや、その、とその場に居た全員が口篭り、ゆっくりと真島との距離を取り始める。
しかし、先程失言をしてしまった組員にだけはそれを許さないと言った姿勢で彼の正面に居座り続けていた。

「ん?なんや、携帯いじっとったんか、」

真島は彼の手に握り締められた携帯を取り上げると、その画面を意図せず覗いた。
あっ…!と更にまずい声が逃げていく、真島の表情が更に険しくなったように見えたのだ。
蛇は今何を思っているのだろうか、静かな怒りに燃えているのならば今すぐここから逃げ出したい。
真島が再び彼に声を掛けたのはそれから数分後、あの記事を全て読んでからだった。
声を掛けられた彼は青ざめた顔で真島に返事を返す。

「…ほれ、余計なお節介せんとさっさと持ち場戻れや。」
「え…?あ、はい…!」

青ざめた彼は真島から携帯を受け取ると、一目散に自分の持ち場へと戻って行った。
その後ろ姿を見送りもせず、真島は辺りを見回し、今度は青いシャツを着ている彼を呼んだ。

「おう、西田!」
「は、はい!」
「……お前か、こないな事しとったんは、」
「すんません…。でも親父があまりにも悩んでるから、」
「ホンマに余計なお世話じゃ、こんのアホが!」

ばちんとヘルメット越しに革の平手が勢いよく振り降ろされ、その衝撃と痛みに悲鳴が上がる。

「しょうもない事考えとる暇があんなら、ちゃっちゃと建設進めんかい!」
「親父、アイツの携帯を見たからもう分かってるかと思いますが、贈り物は気持ちが一番ですからね…!」
「まだ言うとんのか!」

西田はそれだけを言い残すと、先程の彼と同じく一目散に駆け出した。
真島は西田のそれを良しとはせず、逃げて行く西田の後を全力で追いかけ回し、無事捕まえた暁にはもう一発ヘルメットにお見舞いする予定だ。



それから二週間後、真島建設の従業員達に突然休みの連絡が入る。
一連の流れを知っている者は何故その休みが出来たのかを察し、流れを知らない者は滅多にない休みが増えた事を喜んでいた。





「珍しいですね、突然お休みだなんて、」
「まぁ、そう言う日もあんねや。」
「じゃあ今日はゆっくり出来そうですか?」
「いや、今日はなまえちゃんと買いもんに行きたいんや。」
「お買い物…?何か急ぎで必要なもの、ありましたっけ?」
「ちぃと予約しとるとこがあんねん、せやからなまえちゃんにも来てもらお思てな。」
「ええ、そういう事なら、」

いつもなら一人きりの部屋に二人の声が楽しげに響いている。
真島は自身の企みが成功しそうだと内心愉しくて仕方なく、なまえは貴重な真島との休日を心から喜んでいた。

「楽しみにしといてや、なまえちゃん、」

はい、と頷くなまえの顔が更に綻ぶのは、これから数時間後に訪れるだろうル・マルシェにて。