真島宛ての荷物が届いた、夜分遅くにこれを届けに来てくれた配達員の彼にはお疲れ様ですと頭の下がる思いだ。
受け取ったのは小包が一つで品名はDVDと書かれている。
DVD、きっと真島のお得意なホラー映画のものだろう。
この家にも真島のコレクションとも言えるホラー映画のDVDがいくつも並べられており、なまえは今回もそうなのだろうと予想していた。
なまえはそのまま小包を手に、リビングのソファーに体を預けている真島へ声を掛けた。
荷物が届いたと知ると、真島はその到着を待ち侘びていたかのようになまえに駆け寄り、それを受け取る。

「やっと来たか、ずうっと待っとったでぇ…!」
「今回のはどんなホラー映画なんです?」
「これは……、そうやな、なまえちゃんも一緒に見たら分かるで、」
「ええ…?!……まさか今から見ようなんて言いませんよね?」
「その、まさかっちゅうやつや。それになまえちゃんも薄々は気付いとったやろ。」
「まあ、大体は……、吾朗さんの事だからそうですよね、」

せや、ほんならさっさと準備や。と真島は小包に手をかけ、なまえはとりあえず何か飲み物でも用意しようとキッチンへ向かう。
後ろからは乱暴な開封の儀が行われているようで、先程から段ボールの破れる音が絶えない。
何にすべきだろうか、冷蔵庫を覗いてみれば飲料水のペットボトル、紙パックの野菜ジュース、牛乳、後は缶ビールと缶チューハイがごろごろと横たわっているだけだった。
牛乳を温めてホットミルクを飲みながら映画を見たいと思ったが、映画の内容がホラー映画なだけにそれはまた今度にしようと思う。
なまえは無難にビールとチューハイを手に取り、その扉を閉めた。

リビングでは、テレビの前で開封を終えた真島が取り出したディスクをDVDプレーヤーへと飲ませていた。
ここでなまえは気分が出るだろうと、リビングの明かりを落とし、真島と自分の指定席であるソファーに寄り掛かり、テーブルに抱えていた缶を二本配置する。
遅れて真島もなまえの隣にやって来ると、いの一番に缶ビールに手を伸ばす。

「今からホラー映画だなんて、珍しいですね。」
「たまにはええやないか。折角こうやって物が届いたんや、一緒に見るくらいええやろ。」
「こうして二人で映画を見るなんて、なんだか久しぶりですね。」
「…そやな、今じゃ中々映画館にも連れてってやれんからのぉ、」
「あれ、気にしてくれてたんですか?」
「そりゃあ、なまえちゃんに寂しい思いさせとるくらい知っとるわ。なんせ俺はなまえちゃんの夫やからなァ。」

真島の何気なく言い放った言葉が胸を打つ、そんな事気にしなくていいのに、と素直じゃない強がりを一つ、でも嬉しいです、と照れ臭い本音を一つ置いていく。
照れ臭さに何も無い口元が嫌で誤魔化すようにチューハイを流し込み、テレビの方へと視線を逃がす。
制作会社のロゴが映され、暗転、そして、画面いっぱいにその映画のタイトルが浮かび上がる。
そのタイトルを目にしたなまえは不意に声を漏らした、隣にいる真島は一体どんな顔をしているだろうか。

その映画の正体はとても懐かしいものだった。
なまえはこの映画を知っている、あの日に見た映画だ。
謎のウイルスによって街の人々がゾンビになってしまう、真島と一緒に神室シアターで見たあの映画だった。

「吾朗さん、これって、」
「やっぱり覚えとったか、なまえちゃん。」
「当たり前じゃないですか。あの日、吾朗さんと一緒に見た映画です。」
「せや。懐かしいのぉ、またこうしてなまえちゃんとこの映画を見れるとは思わんかったやろなァ…。」

あの時の俺は、と付け加えた真島に、それは私も同じです、と続けた。
今となっては少しばかり埃を被ってしまった思い出だが、まだそれは色褪せず、胸の奥に大切にしまってある。
それは勿論、思い出だけでは無い。
あの日、真島に取ってもらったブンちゃん達は寝室の窓辺に飾ってあり、たまになまえがその内のどれか一つを抱えて眠ったりしていた。
しかし、そう言った行動を取るのはなまえだけではなく、真島もなまえを置いて家を出る時には、彼女の隣にブンちゃんを寝かせ、簡単な書き置きを残して行くこともあった。
あの日の思い出達は今もこうして二人を暖かく見守ってくれている。

「私は吾朗さんの……、真島さんのそう言う所が好きなんです。」
「もっかい惚れたか?お姉ちゃん、」
「…いつも惚れ直してばかりです、真島さんは?」
「そないな事聞くんはお姉ちゃんだけや。……知りたいか?」

ええ、是非、と頬が熱くなるのも気にせず、なまえは真島を昔と同じ気持ちで見つめる。
本当は分かっているけれど、じゃれ合って確かめたい。
なまえの『好き』に今更変わりはないと言う事、ここまで積み重ね、共に歩んで来た日々に寂しさはあれど後悔はないと言う事、こうして真島の隣に立てる未来を信じた自分は何も間違っていなかったと言う事。
真島の胸の内を読ませてほしい、見させてほしい、その抱えたものに自惚れ、その感情に溺れさせてほしい。


「なまえちゃん。…これが俺の答えや。」

以前、一度だけ問われた事がある。
俺はいつまで、お姉ちゃんって呼んだらええんや、と。
ただ一言、自分の名を呼んだ真島の返事が答えだと言うのなら、真島もあの時から何も変わっていないと言う事だ。
分かり切っていた、それしかない答えを恥ずかしげも無く、それを口にする事も今更面倒に思わず、名を呼んでくれた真島に思い切り口角を上げ、手にしていた缶チューハイもテーブルに置いて、その懐に飛び込む。
真島はなまえを受け止めると片手で背中を撫で、もう片方の手でビールを流し込んでいた。

「もう、本当に、吾朗さんは狡いです、」
「そのあからさまで、分かりやすい顔がええ。なまえちゃんらしくてな、その表情が。」
「……そう言うのが狡いんです、吾朗さんは、」
「ヒヒヒ…!狡い?それで結構や。俺の言葉一つでころころ変わるなまえちゃんを見るのが昔っからの楽しみやからなァ、」
「む、昔から…?」
「せや。昔の方が今より焦れったい関係やったからのぉ、あん時のなまえちゃんはよう楽しませてくれたで。」

少し前の自分達を懐かしむ瞳があった。
折角見始めた映画の事も忘れて、二人はぼんやりと過去をなぞっている。
全てはあの路地裏から始まり、再び会おうと約束を交わした埠頭で結末を迎えた。
どちらかが思い出を取り出せば、残りのどちらかがその時の感情、景色、温度、感触を取り出す。
忘れていた事、忘れなかった事、初めて知る事、前から知っていた事、なまえと真島のそれらが更に二人の結び付きを強くする。
口を開けば、不思議と愛おしさばかりが募り、目で追えば、不思議と安堵を覚え、手で触れれば、不思議と隣にいる当たり前の大切さに気付く。

「きっと、私はこれから先も吾朗さんに恋をするんだと思います。」
「好きにしたらええ、悪い気せぇへん。」
「それで、また吾朗さんにはころころと変わる私を見てもらえればいいなって思います。」
「…ほぉん、それは楽しみや。」

「吾朗さん、私を隣に置いてくれてありがとうございます。」


何度言っても言い足りない。
どれだけ綺麗な言葉を並べても足りない、どれだけ意味のある言葉を揃えても足りない。
その物足りなさを埋めるようになまえは顔を上げ、ビールの苦味が残る唇に触れる。
真島も流石にそれは予想外だったらしく、触れてすぐに離れた唇と微かに感触の残る自身のそれに驚きを隠せなかった。

「ふふっ、なんて顔してるんですか、」
「まさかなまえちゃんからキスされると思うてなかったんや、」
「こういう雰囲気の時はキスをするんですよ、」

そうなんか、と真島が言い終えた後、なまえは再び唇に苦味を感じていた。
遂に真島も手にしていたビール缶をチューハイの隣に置き、がら空きになった手を頭に添え、唇が長く触れ合う。
次第に後ろへと倒れていく体と押し倒す体が重なる。
途切れたキスの合間には、映画はまた今度にしよか、となまえを選ぶ声が聞こえ、なまえは真島を見上げて頷く。
真島の下に垂れる髪の隙間に、とても愉しそうな目を一つ見つける。
もう見慣れた筈のその目は何度見ても体温を上昇させ、胸の鼓動を早め、なまえの意識を真島へと集中させた。

「困った顔しとるで、なまえちゃん。」
「なんだか顔が熱くて。吾朗さんとこうするのなんて、もう慣れたとばっかり思ってたのに。…変ですね。」

睫毛が恥じらい、ときめきに揺れる。
真島はいつでもなまえを惹き付けて止まない。
くたびれて帰ってきた夜も、気怠い目覚めの朝も、なまえの前では滅多に見せる事の無い狂犬の一面も、他の誰にも見せる事の無い彼の優しさの全ても、時折垣間見える切なさの理由も。

「変やない、俺がええ男やったっちゅうだけの事や。」
「ええ、吾朗さんはいつでも格好良いですから。」
「なまえちゃんもそう思うやろ、」
「勿論です。今も昔も格好良いままです。」

もう、言わせないでください、と視線を逸らせば、頬に柔らかな感触とごわごわとした感触が伝わり、それらの正体が真島の口元に蓄えた髭と唇である事を知ると、なまえはその感触に安心感に包まれる。
しかし、なまえの言った事に嘘はなかった。
まるで戯れるように言葉を交わしていたが、なまえの言う通り、あの日から今日に至るまでの時間の中で真島の損なわれない格好良さと言うものを目の当たりにしてきた。
惚れた欲目かもしれない、けれど、実際に真島吾朗と言う男は一言では言い表せられない程に良い男なのだ。


「なまえちゃん、」

真島はようやくなまえの上から退くと、最初のようにソファーに座り、その真島の行動になまえも体を起こし、同様に座る。
なまえは、ソファーの背もたれに体を預ける真島の雰囲気が微かに変わったような気がしていた。

「俺ら、極道の明日はいつも暗闇の中や。毎日必死に手探りで掴み取っとる粗末なもんや。せやけどな、今じゃそんな粗末な毎日が守らなあかん、大事なもんになってもうた。」

真剣な声音だった。
真島の懐っこさが消え、静まるリビングに、なまえの耳に重く響いていく。

「なんでやろなァ、この世界に足を踏み入れた時にはこんな事ちっとも想像しとらんかった。隣になまえちゃんが居るのもな。」

長生きしとるとおもろい事が起きるもんなんやなァ、真島はしみじみと口にする。
真島の両肩にはなまえが想像するよりも遥かに多くの、そして重い何かが乗せられているのだろう。
今までも何度か、そう言った話をしてくれる時があった。
日常の何気無い会話のように淡々としており、何も包み隠さず、真島のありのままの言葉で語られる。

「なまえちゃんは、俺のせいでこれからも苦労する事になる。…すまん。せやけど、こればっかりはどうしようも無いんや。」

俺にはなまえちゃんを手放すっちゅう事が出来ひんかった。
真島の独白である、今になって語られる真島の抱えていたものになまえは手を伸ばす。
真島には背負わなければならないものがある、しかし、それはなまえも同じだった。
だから、二人で背負えるものがあるなら、それを半分に分けてしまえばいい。

「これは私が自分で選んだ未来です。先の事は、…やっぱり分からないけど、吾朗さんとなら、どんな苦労をしても明日を生きていけるような気がします。」

それだけを告げると、なまえは久しぶりにチューハイを手に取り、それを傾けた。
真島も遅れてビールを流し込み、横目でちらりとなまえを見て、なまえちゃんがええ女になってもうた、とぼやく。
前からです、と添えれば、せやったわ、と落ち着いた声音で返ってくる。


「ね、明日この映画見ましょうよ。」
「せやな。なまえちゃんに構っとったら、テレビ消す羽目になってもうたからな。」
「わ、私のせいですか…!?」
「そらそやろ。吾朗さん、キスして…?って先にやり出したんはなまえちゃんやないか。」
「そんな風に言ってません…!」
「でも、なまえちゃんから誘ってきたやないか。」

そ、そう言う意味じゃなくて…、と縮こまるなまえに、真島は愉しそうに口元を歪めて、残りのビールを飲み干していく。
俺もなまえちゃんで良かったわ、そんな素直な言葉を酔っていない真島が言える訳もなく、真島は空き缶を片手にキッチンへと向かった。
後ろでは縮こまったまま、ちびちびと残りの酒を飲んでいるなまえの姿がある。

『きっと、私はこれから先も吾朗さんに恋をするんだと思います。』

なまえのあの言葉にむず痒くなる、しかし。
俺も似たようなもんやで、なまえちゃん、と口を突いて出た言葉にリビングのなまえが真島を見た。
何か言いましたか?と訊ねるなまえに、いや、なんでもあらへん。とぶっきらぼうに、けれど、喜びの色が滲むのを抑えられないまま、真島は再びなまえの隣へと戻って行くのだった。