物騒、物騒、物騒。
狭苦しい空間にたくさんのそれらが並び、目の前にある机の上にさえ『物騒』が並んでいる。
隣にいる真島は子供のように目を輝かせては、その『物騒』を手にして、まじまじと品定めをしているようだった。
この、あまりにも物騒でしかない、寧ろ『物騒』しかない空間を楽しんでいるのは真島と真島組の事務所に態々赴き、数多くのそれらを運んできた上山と言う男だけだ。

なまえは正直、戸惑っていた。
目の前にずらりと並べられ、手に取ってもらえる時を心待ちにしている『物騒』達が見つめている。
なまえは今日、自分の身を守る強さを見つけに来た。

これは真島からの提案だった。
自分がいつも傍に居てやれる訳じゃない、だからこそ、自分の代わりになまえを守る何かが必要だと。
真島の意見は最もで、この日を迎えるまでに自分には何が良いのかを考えてきた筈なのに、いざ本物を前にしてしまうと、想像していなかった武器の恐ろしさと言うものに萎縮していた。
鞘から抜き出された鈍色の刃は部屋の明かりに鋭く光っており、女性でも簡単に扱えると教えてもらったスタンガンでさえ重い沈黙を放つ。
拳銃からも重圧を感じては、助けを求めるように真島を見た。

「まァ、こんだけ並んでたら選びようがないやろな。特にこういうもんとは無縁だったなまえちゃんなら尚更や。」
「何にするか決めてなかった訳じゃないんです。…ただ、自分が持つにはあまりにも怖くて、」
「なんか、ええもんないんか?上山ァ?」
「だ、だったら、こ、これなんかいいかも、です。」

上山がなまえに差し出したのは、どこにでも売っている百円ライター。
なまえはその見慣れたライターに恐る恐る手を伸ばしてみる。
そして、何気なくライターに指を掛けた瞬間、やめとき、と真島に奪われてしまった。

「やめとき、ってただのライターじゃないですか。これで自分の身を守れるかどうかは分かりませんが、ライターぐらい…、」

ビリッと肌に何かが走る、大きく赤い灼熱の熱波。
それはほんの一瞬の事で、なまえは何が起きたのかを理解出来ずにいた。
それ程にそのライターが放つ火炎の大きさは想定以上であり、自分があんな凶悪な火力を持つライターを手にしていたのかと思うと、ゾクリと背中に冷たいものが走った。

「俺の言うてる意味がわかったやろ、」
「な、なんでこんなライターが…?どこにでもある、普通の使い捨てライターじゃないんですか……?」
「コイツの持ってきたモンはそないヤワなモンとちゃう。コイツの手にかかれば、こんな粗末なライターでも立派な武器になんねや。」

せやから、次手ェ出す時は気ィつけんとあかんで、なまえちゃん。と真島は何食わぬ顔でライターを上山に突き返した。

「ま、でもコレはコレでええかもなァ。いつでも懐に隠し持っとける上に、この火力なら相手だってただじゃ済まへん筈や。」
「も、もっと、強い火力のやつ、あるけど、ど、どうする?」
「なまえちゃん、こう言うとるがどないしよか、」
「……もうちょっと自分だけで見ても、良いですか?」

わかった、と頷いた真島は再び上山の選りすぐりの武器に視線を移した。
どうやら今度は金属バットに釘付けになっている。
なまえはまだ驚き、高鳴る胸を押さえながら、真島と同様に武器に視線を戻した。


ギラリと光る鍔に鞘、冷静沈着であると言うように黒く光る銃口、長さは違えど切っ先は鋭いままの刃、硬さで殴り付けるのだと待ち構えている拳鍔。
まだ恐怖は拭えない、けれど、なまえは探し続けていた。
真島の不安を拭える程の、身を任せられる『強さ』を。

不意に彷徨う視線が部屋の片隅に置かれたそれを見つける。
それは黒、刃は鞘に収められ、鍔は無い。
ナイフでもなければ、なまえのよく知る刀でもない、ただ分かる事と言えば、それが真島の持つ物と似ているという事だけだった。
慎重に手を伸ばし、そっと触れてみる。
柄と鞘をしっかりと握り、静かに引き抜いてみれば、淡く光る刀身がなまえを射抜く。

「そ、それは、ずっと前から、置いてる。で、でも、普通のドスだから、あまり誰も、て、手に取ろうとしない、です…。」

上山の言葉がなまえの何かに触れた。
彼の元を訪れる人間は皆、彼が作製した特殊な商品に惹かれ、仕入れやすいナイフやドスなどの商品が売れ残ってしまうのだとか。
その中でもこのドスは長い事、誰の手にも渡らず、誰にも取ってもらえなかったと言う。
なまえは一つ、決心する。
いつの間にか強く握り締めていたそれを、傍に置いておきたいと。


「それがええんか。なまえちゃん。」
「はい。きっと私にはこういう普通のものが良いような気がして。」
「せやけど、何でドスなんや。なまえちゃんにはちぃと扱い辛いかもしれへんで。」

その、と言葉を濁すなまえに真島はそれ以上深くは聞かず、なまえちゃんがええなら、それにしよか。となまえの力む手からドスを預かる。
ドスを受け取った真島はなまえに席を外すように言い付け、自分はまだ上山に話があるのだと告げた。
なまえが頷き、その場を後にするのを見届けた真島は上山に一つ話を持ち掛け、上山は真島の話に首を縦に振った。
頼んだで、と強い念押しの言葉に上山は再び頷いた。



***



上山が真島組の事務所を訪れた日から二週間後、真島は包みを一つ持って帰ってきた。
そして、現在なまえは真島と面と向かった状態で、その包みを受け取った所である。

「吾朗さん、これは…?」
「開けてみぃ。こん中にはなまえちゃんの惚れたモンが入っとる。」

惚れたモン、たったその一言でこの風呂敷に包まれているものは、あの日、自分が選んだ物だと理解する。
丁寧に風呂敷の結び目を解いていく、するすると解けた先にあったのは、なまえの選んだドスだった。
すると、不意に黒々とした柄の部分に見慣れない物を見つける。
こんな装飾なんてあっただろうか、と首を傾げながら、柄の部分に宿る鉛色の蛇をそのままに手を伸ばす。

ここでなまえは違和感を覚える。
重い、妙にドスが重たく感じられる。
あの時もこうして手にしたけれど、ここまで重くはなかった。
では、一体何故。
こちらを見つめる真島の眼差しに気付く、真島にそう言われた訳では無いのに、なまえは柄の部分を握るとあの時と同じ様にゆっくりと引き抜いた。

違和感の正体を見る。
その刀身には見た事の無い紋様が刻まれていた。
なまえはこの紋様を知っている、波のように曲線で描かれる風と所々に散りばめられた桜の花を。
この紋様はあの人の体に彫られているものと同じだと知っていた。
これが真島の刺青の一つである桜散らしであり、そして、柄の部分に施された鉛のそれは真島の蛇であると。

「この紋様はどうしたんです、あの時にはなかった筈じゃ…、」
「俺が無理言うて都合してもらったんや。」
「どうして、です…?」

純粋な疑問だった。
何故、自分のものと同じ彫り物をこの刀身に入れたのか。

「こいつは俺の代わりや。」
「…吾朗さんの代わり?」
「せや。こいつの役目は俺が居らん時に、なまえちゃんを守り抜く事や。俺の代わりにな。」

なまえの手からドスを攫うと、革手袋の黒がドスの彫り物を撫でた。
慣れた手付きでドスに触れる真島はそれを慈しむかのように眺め、その合間合間でなまえに視線を戻す。


「俺はこのドスが切れんようになっても、刃が折れてしもうてもええと思うとる。ただ、俺の元までなまえちゃんを無事に連れてきてくれればええんや。なまえちゃんを必ず守る、その為の懐刀や。」

俺なら死んでもなまえちゃんを守れる、せやから、俺のモンを分けてやったんや。と真島は穏やかでありながら真剣味を帯びた表情でそう言った。
まァ、死なんでも俺はなまえちゃんを守れるけどなァ、と続けた所でなまえは拭い切れなかった恐怖心というものをここで初めて克服する事になる。

「怖いか?」

真島の問い掛けになまえは、いいえ、と答えた。
凛とした答えに真島は刃の収められたドスの柄を向ける。

「上出来や。なまえちゃん、こいつ受け取ったってや。」

なまえはもう何の躊躇いもなく、それを受け取った。
重い、とても重い、しかし、与えられた力強さとその美しさになまえは見蕩れている。
これを受け取るという事は、なまえはこのドスに自身の運命を託し、なまえはこのドスに与えられた運命を預かるという事だ。
それを再認識すると共になまえは強く思う。

「…私にもいつか、吾朗さんを守れる日が来るでしょうか、」

決して真島に与えられたこの強さを過信している訳では無い。
真島の言う通り、これが何かを守る為のものなら、なまえはそれを自分の為だけにではなく、真島の為にも使いたいと思ったのだ。
真島は冷静な顔で、なまえちゃんに俺の背中は預けられへん。と告げる。
なまえはそれを黙って聞いていた。

「せやけど、そうやなァ…。俺がホンマにピンチの時はなまえちゃんの力が必要になるかもしれへんな。」

そん時は、なまえちゃんが俺の奥の手になってくれるか。と、革手袋が優しくなまえの頭を撫でた。
出来ることなら危ない目には遭わせたくないんやが、となまえの頭上に降る声に潤んだ視界が一つ零れた。
ぼろぼろと視界が温かく千切れる、何泣いとんねん、と革を外した真島の手がなまえの頬を拭う。
相変わらず不器用に涙を攫うその指がいつもより優しく感じられて、余計に涙が止まらなかった。

「わ、私が、いざとなったら、吾朗さんのことを、」
「おう、」
「…守るんです。」
「出来るか?なまえちゃん、」
「怖くても、わたしは…、」
「わかった、わかった。せやから、もう泣くなや。」

ぼろぼろ落ちる涙と泣きじゃくる声。
背中を預けてもらえなくても良い、真島の為の何かを手に入れられただけで。
なまえの決心を聞いている真島の顔には嬉しさが滲む。

「なまえちゃんはホンマによう泣くわ。そんなんじゃ、ウチのが妙な気使って、面倒事増やすだけやで。」
「ご、ごめんなさ…、」
「謝らんでええ。おおきにな、なまえちゃん。」

その言葉で更になまえの涙が止まらなくなるのを真島は知らなかった。


あの日以来、なまえは真島から与えられたドスを肌身離さず持ち歩くようになった。
何があっても真島の元へ帰れるように、と込めた思いは祈りであり、誓いであり、運命でもある。
以前、真島から言われた涙脆い所に関しては、あまり泣きっ面を晒さない様に努めているのだが、未だにそれは上手くいかない。
涙脆い所が姐さんの良い所です、とフォローされては真島に、甘いなァ、なまえちゃんは、とからかわれる日々である。

桜散らしは、まだ日の目を見ていない。