軽快なステップ、口ずさんでいるのは聞いた事のない曲、キラキラと街の明かりに光るパステルカラーの衣装。神室町の闇には到底溶け込めないだろう、場違い、違和感さえも今だけは真面目に仕事をしていた。道行く人の好奇の視線、ひそひそと声の大きい話し声、人の波が面白いように割れて行く様に開いた口が塞がらない。なまえも周りと同じ様に波に混ざろうとしたのだが、その相手は既に捉えていた。困惑して立ち止まってしまったなまえの姿を。
「おっ、みょうじちゃんやないか!こないな所で奇遇やなァ、」
キラキラ、一々彼が動く度に衣装が微かな光を反射させる。眩しい、神室町のネオンよりも目に痛く感じる。
「ま、真島さん、奇遇ですね…、」
「みょうじちゃん、桐生ちゃん見いひんかったか?」
「桐生さんは見てないです、」
「なんや、つまらんのう…、」
おお?と考え込むように顎に触れる、髭を撫でながらなまえを見る。せや!と明るい声が聞こえたのはその後で、なまえはぴったりと合った視線に嫌な予感がしていた。
「みょうじちゃんがおるなら、丁度ええ!今から舞踏会行くでぇ〜!」
声高々と通りに響き渡るその一言になまえは、溢れて止まらない疑問符を吐き出すことが出来なかった。舞踏会、武闘会…、どちらの意味だろうか、などと考える時間は無く、まるでどこかのアイドルのような格好をした真島に手を引かれ、なまえはその場を後にした。なまえには真島の強引な誘いを断る勇気が無かった。
「真島さん、どこに行くつもりですか、」
好奇の眼差しが流れて行く。しかし、真島はそれを全く気にしていないようで、なまえばかり妙な恥ずかしさを抱えている。
「せやから、舞踏会言うてるやろが。」
「その、舞踏会って何なんです…?」
踊る方で合ってますか?と付け加えれば、あァ?踊る以外に何があんねん、と少し呆れたような声が聞こえてきた。もう一つの方は考え過ぎだったようだ、なまえは安堵に胸を撫で下ろす。しかし、その行先についてなまえには全く心当たりが無かった。真島の言う舞踏会が開かれるお城など、神室町には存在しない。童話のような話になまえは疑問符を次々と口にした。
「舞踏会ってどこでやってるんですか、」
「せやなァ、どこがええとかあったら言いや、」
「真島さんが連れてってくれるんじゃ……、」
「そうは言っても、みょうじちゃんの希望も聞かなアカンやろが、」
確かに真島の言っていることはわかる、けれど、連れて行くからには、勿論行く宛というものがあるのだと思っていた。更なる不安に襲われる。
「今日じゃなくて、他の日でも…、」
「何言うとんねん!そないな事言うてたら、あっという間に魔法が解けてまうで!」
「魔法…、」
舞踏会、魔法、たった二つではあるが、少しだけ真島の世界観が見えたような気がする。すると、不意に街の喧騒をすり抜けた、とある曲のフレーズが耳に届く。君に似合うガラスの靴を…、と途切れ途切れ聞こえた曲に、頭の中がすっきりと片付いていった。つまり、真島は童話で言うところの王子様的立ち位置におり、なまえはそのお相手的な立ち位置にいるのではないか。自分でもまさかとは思う、それでも真島の格好や立ち振る舞い、言動を見ていると嫌でも腑に落ちるのだ。
「確か、劇場前広場辺りにデボラっちゅうクラブがあったのぉ、」
「く、クラブ?!」
「そこなら遠慮なく踊れるやろ、」
「やめましょう!そんな所、行けません…!」
「他にええ場所もあらへんやろ、」
「いや、まあ、そうなんですけど…、」
…じゃない!となまえは真島に引かれている方の手を揺らした。足にもブレーキをかける。
「何がそんなにあかんねや、」
「だって、その、突然過ぎて…。舞踏会とか言われても私…、」
「わかった、わかったで、みょうじちゃん。」
うんうんと腕を組み、大きく頷く真島になまえは微かに希望を見出していた。この次の発言を聞くまでは、ちょっぴりおかしな格好をした真島の事を信じていたのだ。
「みょうじちゃんの言い分はようわかった。」
「…ま、真島さん、」
「なんたって舞踏会や、みょうじちゃんもそないな格好じゃあ踊られへんっちゅう事やな、」
会話のズレに再び違和感が訪れる。なまえは先程まで抱いていた期待感が抜けていくのを感じ、顔のど真ん中に大きな疑問符を浮かべた。格好の問題ではない、と言うことを主張する前に、真島は顔の造形がほぼクエスチョンマークになっているなまえを連れて、足どり軽やかに歩き出した。頭部の羽飾りを揺らす真島の行先など、なまえには知る由もなかった。
***
店頭のガラス一枚を隔てた向こう側には、真島の衣装に負けないくらいにキラキラと輝くドレスが並べられていた。あるものはマネキンを煌びやかに彩り、あるものは他のアイテムの魅力を引き出すように置かれ、またあるものは個を主張するようにそこに並んでいる。
目を奪われていた、なまえは自分でもそう思った。舞踏会に相応しい格好をと、真島に連れられた店はドレスの専門店だった。夜の蝶と呼ばれる輝かしい女性達が着ているあのドレスが何着も取り揃えられている。しかし、こう言っては何だが、なまえがあちこちに飛ばした視線の先にあるドレスは全て、手が出せない程に人を選ぶものばかりだった。例えばスカート丈の短いもの、反対に丈の長いもの、大きく、深く開かれた胸元のもの、大胆にも背中が全て露出しているものもあり、なまえは内心焦りながら真島の横顔を見た。
「ここならあるかもしれんのぉ、」
「むっ、無理です、絶対に似合いませんって…!」
「安心せえ。ここには前、世話になっとんねや、」
「真島さんが…?」
この店でドレスを買いに?男性である真島が?どんな目的で?片付いていた筈の頭がごちゃごちゃと散らかり始め、今にも頭の上で星が回転してしまいそうだった。
「まァ、物は相談や。中行くで。」
「い、いや、でも、真島さん、」
「ねぇ、こんな店の前で何してンの?」
店の前で話し込んでいる二人に、見知らぬ人影が複数近付いて来た。声のする方へ顔をやれば、そこにいたのは不気味な笑みを浮かべている男達が数人立っていた。残念なことにその笑顔は、なまえにとって好印象になり得ないものだった。にたにたとあまり爽やかではない笑顔の上に、よく神室町で見かけるようなこの男達は、俗に言うタチの悪い人物である。
「お姉さん、嫌がってんじゃん、」
「あァ?それ、俺に言うとんのか、」
「じゃあ他に誰がいんのよ、アンタだよ、アンタ。変な格好をしたアンタ。」
「変な格好言うたら、お前らも負けとらんでぇ?」
「真島さん…!」
「お姉さんもさぁ、そんな変なオッサンじゃなくて俺達と一緒に行こうよ、」
コイツなんてほっといてさぁ…、と一人の男がなまえの腕を掴もうとした瞬間だった。なまえの腕に触れるよりも早く、真島の裏拳が男の顔面に刺さっていた。顔から伝わる衝撃に上半身が仰け反っている男をそのままの勢いで薙ぎ払う。くるりと身軽なターンが決まった頃には、真島の足元に横たわる男の姿があった。
「あかんなァ〜!強引な口説き文句じゃシンデレラは落ちひんでぇ〜!」
まるで道端の小石を蹴るかのように、真島は足元にあった男の体を蹴り飛ばし、突然の出来事にたじろぐ男達の元へと帰してみせた。なまえはこういう時、どうすればいいのかを心得ている。すぐさま店内に身を隠し、顔だけを覗かせて真島とその男達の戦いの行く末を見守るのだ。
「ええか、シンデレラは王子様と恋に落ちるんや。」
てめぇ…!と逆上した男達が一斉に真島を囲み、襲い掛かる。真島はその大勢に囲まれようとも全く動じておらず、何なら愉しんでいるようにも見えた。まず、その場で再びターンを決めた、後ろから飛び掛かろうとしていた男の頬を回転の勢いで殴り付ける。吹き飛ばされた男に構ってられないと、相変わらず猪突猛進に突っ込んでくる正面の男にも華麗なターンを見せつけ、更には真上から拳の雨を降らせた。一度ならず二度、三度と振り下ろされる拳を叩き込み、その男は地面に沈んで行く。
「そんでな、王子様とシンデレラはどこで出会うか知っとるか?」
それがあの有名なお城の舞踏会や、と髭を蓄えた口元を吊り上げ、こちらもまた爽やかとは言えない笑みを浮かべた。真島特有の高笑いが物騒な静寂に包まれた通りに響く。流石にまずいと思ったのか、人数の減った男達は何度も仲間内を視線だけでやり取りし、逃げるチャンスを窺っているようだった。
「何しとんのや、足が止まっとるで〜!舞踏会言うたら、踊らなあかんのや!」
せやから、…ぼーっと突っ立っとらんと、はよ踊らんかい!このボケが!と、今度は真島の怒号が通り一帯を支配した。それに触発された男達は遂に自らの恐怖の引き金を引いてしまい、その場から急いで逃げて行った。
「待てや!忘れもんしとるでぇ!」
真島は駆け足で逃げて行く男達目掛けて、近くにあった手頃な腕を掴んで投げ飛ばした。怪力を持たない真島の腕では遠くなる背中にそれが届くことはなかった。中途半端に投げ飛ばされた男の体は少し遠くの方へと転がる。
「ったく、王子様からシンデレラ奪おうっちゅうんやったら、意地悪な継母か毒林檎の一つでも持ってこんかい、」
なまえは真島がこちらを振り向くまで、ただ息を呑みながら真島の踊るような喧嘩を見ていた。真島の滅茶苦茶な言動と途中で張り上げた怒号、容赦のない殴打に恐怖しながらも、逃げて行った男達の背中にどこか安心している自分がいた。周囲の安全を確認した後、なまえは店外へと恐る恐る出て行った。ぶつくさと何かを呟いている真島に駆け寄る。
「真島さん…!大丈夫ですか…?!」
「おう、この通りピンピンしとるわ、」
「よかった、です…。」
「…そないな顔せんでええ、みょうじちゃんのことはちゃあんと守ったるで。」
「な、なに言ってるんですか、」
微かに滲んでいく視界を真島に気付かれたのだろう。真島が珍しく優しげな言葉を投げ掛けてくれたのだ、なまえはその言葉が素直に、耳に、胸に溶けていくのを感じた。
「さァ、ドレス選びの続きと行こうやないか!」
「えっ?」
「これでもう邪魔モンはおらん。みょうじちゃんに似合うドレス探したるで〜!」
「いや、あの……!」
ちょ、ちょっと、真島さん?!となまえが驚いているのを良い事に、半ば強引に華やかで煌びやかな店内へと入って行った。この王子さまは拒否権というものを与えてはくれないらしい。
それから数時間後、劇場前広場付近にあるクラブデボラにて、どこかの古いアイドルのような出で立ちをした男と、それに負けない派手なドレスを着た女が目撃されたと言う。
| きみはシンデレラ、ぼくは王子様 |