「そんで、次はどないすんねん。」

 ドレス、網タイツにハイヒール、着実に真島の準備は進みつつあった。体だけを見れば、確かに可愛くはなっている、気がする。しかし、視線を上に、真島の顔へと戻すと、物凄い違和感を覚えてしまう。きっと服装は完成形に近いのだろう、だから、まだ手付かずの部分が浮いてしまう。今度は化粧っ気の無い顔をどうにかしようと、なまえは考えていた。


「…真島さん、今度はお化粧をしようかと、」
「おう、化粧か。」
「はい、なので、お髭剃りましょう。」
「それはあかん、」
「どうしてです、神室町一の可愛いキャバ嬢になりたいんじゃなかったんですか、」
「あかん、あかんねん、髭だけはあかん、」

 これは俺のアイデンティティーや!と、今まで何にでも乗り気だった真島が声を荒らげる。しかし、女性的な可愛いに髭はご法度であると告げても、真島は折れずに、髭は剃らん!と主張を続けた。

「そんなに俺の髭剃りたい言うんなら、俺を負かしてみぃ、みょうじちゃん。…俺は相当強いで、せやから、言うことを聞かせたいんなら、俺より強いっちゅうのを証明せな。」

 かなり真剣味を帯びた瞳で、ピンク色がこちらへと身を乗り出してくる。これは所謂『マジ』と言うもので、嫌という程に真島の威圧を肌に感じる。地雷を踏むのは賢明ではない、なまえは冷静の二文字を手繰り寄せた。

「わかりました、わかりました…。真島さんがそこまで言うなんて、滅多に無いですから、お髭は剃りません。」
「せや、その方がええ。」
「じゃあ、一つだけ教えてください。どうして駄目なんでしょう?」

 そりゃあ、と続けた真島は顎を撫でた。髭はいつも綺麗に整えられている。

「こんなええ素材を無闇矢鱈に弄ったらあかんやろが。俺は引き算やのうて、足し算で素材の良さを引き出して欲しいんや。」

 わかるやろ?と聞いてきた真島の話もある程度には理解出来た。理解出来る内容だけれど、その風貌に化粧を施すと言うのは、『可愛い』よりも『その手の人』に見えてしまう恐れがあった。分かるようで分からない理屈を飲み込み、兎にも角にも一度その肌に化粧を乗せてみることにした。

「じゃあ、このまま…髭は剃らずに、やってみましょう。」
「おう、これは完全にお姉ちゃんだけが頼りや。」
「…あの、メイクセットとかってあったりします?」
「…ん、なんやそれ、そないなモンないで、」
「え、」

 ここまでのドレスと靴、アクセサリーを揃えておきながら、まさか化粧道具が無いとは。もしかして、真島さんはそのままの、素材の持ち味を生かすつもりだったのだろうか。出来ることなら、真島の思い描いた最初の理想像を教えて貰いたい。純粋な好奇心だが、怖いもの見たさ、と言う言葉が似合うその感情を押し込めて、なまえは頭を抱えた。

「どうしましょう、今から買いに行きますか?」
「せやったら、ウチのに行かせたらええねや、」
「…詳しい方います?」
「詳しいも何も、店にあるモン全部買うたらええ話やないか、」
「いや、それはちょっと気が引けるので、」

 どうしようか、と頭にぼんやりと声が浮かぶ。何度この部屋を見渡しても、化粧道具は湧いて出てこない。頭を傾げ、困った事に空いている手を顎に持っていく。瞬きだけが落ち着いていて、なまえは目前にある疑問符をどう崩せばいいのか、考えていた。真島も沈黙を共にするが、退屈そうに見える。顎に置いた手を頬へと滑らせたその時だった。なまえの中の疑問符が点滅して光る電球に姿を変えた。


「あの、私ので良かったら使ってみます…?」
「それ俺が使うてもええんか、みょうじちゃんのなんやろ?」
「ええ、真島さんが嫌じゃなければ、ですけどね、」
「俺はええけど、なんやもったいない気がすんのう…。」
「真島さんを可愛くするためです、気にしないで下さい。」

 それじゃあ、まずは顔を洗ってきて下さい。と真島を見送り、なまえはソファーで置き去りにされていた鞄へと手を潜らせた。



***



 元々斜めに分けられていた前髪をピンで留めて、この時ばかりは眼帯も取ってもらって、前髪のかからないひんやりとしたその肌に化粧水を馴染ませていた。化粧水の滴る手のひらを、真島の肌に優しく撫でるように這わせていく。たまにぎゅっと軽く押し込む、そして力を抜き、より浸透するように肌へパッティングを施す。しかし、慣れている筈の手付きは、真島を目の前にしてしまうと、ぎこちなさの拭えない初心者のような手付きになっていた。
 緊張と不安、自分の顔とは違う勝手にどぎまぎしながら、慎重に段階を踏んでいく。洗顔、化粧水を済ませ、なまえは手の甲に下地クリームを押し出し、もう片方の指先でそれを少しずつ掬っては、真島の肌へと塗り広げている。頬を何度もなぞる指先と、四方八方に飛んでばっかりの真島の目線。


「退屈ですよね、」
「せやな。ここからは任せっきりになってまうからのぉ、」
「まさか、こうやって真島さんにお化粧してあげるなんて、思ってもなかったです。」
「俺もや。にしても、結構手間のかかるもんやなぁ…。さっきから肌に塗りたくってばっかや、」
「可愛いって難しいんです。なので、一緒に頑張りましょう。」
「…みょうじちゃんは、これを毎日やろ?ホンマ、お疲れさん。今日も可愛ええで。」

 やめてくださいよ、と予想外の言葉を、素直じゃない返し言葉で受け止める。お世辞ちゃうで、ホンマにそう思うとる。と伏し目がちになってしまったその瞼に、なまえは照れ隠しも兼ねて、自分の視線を逃がした。それでも順調に手の甲のクリームは減っていき、下地もあと少しで終わりそうだった。真島は退屈が長いものだから、何度も欠伸を噛み殺している。真島には申し訳ないが、下地の次はファンデーションが待っており、まだまだ退屈は終わりそうにない。

「みょうじちゃん、」
「はい、なんでしょう、」
「なんか今日は一段と可愛ええんちゃうか、」

 肌のトーンが明るい真島が不意に甘い言葉を呟いた。突然の褒め言葉になまえは多少の間を置いてから、大きな声を上げた。化粧を施している最中と言うこともあり、意識せずとも近かったその距離に、照れや恥ずかしさと言ったものが顔を覗かせる。飛び上がるように距離を取ったなまえを、真島はにやつく事もなく見つめていた。

「なんやろな、ほっぺがいつもより赤い気ぃすんねん。」
「あ、あんまり見ないでください…、」
「それもお化粧なんやろ?みょうじちゃんはえらい化粧上手やなァ、」
「そうかもしれないです。…ありがとうございます。」

 なんて心臓に悪いことを言う相手なんだと、現在不在の冷静を必死に探す。頬の熱を逃がす様に頭を左右に振り、ようやくファンデーションに手を伸ばした。少しずつ顔中に塗り広げていき、アイメイクの準備を進めていく。ビューラーでまつ毛を上げ、統一感を出すべく選んだピンクのアイシャドウを薄くぼかすように置き、はっきり目にアイラインを引く。そして、上向きのまつ毛に丁寧にマスカラを塗れば、華やかな、それでいてピンク色の可愛らしい目元がそこにあった。
 可愛い、と内心呪文のように繰り返し唱え、今度は頬にチークを置いてみる。ナチュラルな血色の良さに妙な感動を抱きつつ、最後にリップを引いた。あまり派手すぎない、けれど、きちんと主張のある暖色。それは勿論、ちょっと前に買って中々使えなかった未使用の新品。自前の折り畳みミラーを真島に手渡しては、鏡を見るように促した。

「見てみてください、どうでしょう。」
「…瞼の、このピンク、もっと濃く出来へんか?」
「出来ますよ、待っててください。」

 言われた通りにアイシャドウを少しずつ足してみる。明らかに主張が激しくなっていたが、真島が満足する事が一番だと細かに相談しながら、真島の理想へと近付けていった。今日、もう何度目になるか分からない鏡を覗く。よっしゃ、と言い放った真島の反応に好感触を覚える。


「自分で言うのもなんやけど、えらいべっぴんさんになってもうたわ…。」
「ふふ、そうですね。神室町一の可愛い女の子になってきてますよ。」
「あかんわぁ、ウチ…、自分に惚れてまうかも…、」

 女性的である柔らかな口調に、なまえは笑いを堪えていた。まだ男性的な部分の残る真島の姿が面白くて、仕方無かったのだ。

「ウチに惚れたらあかんで、みょうじちゃん。」
「はい、任せてください。」
「みょうじちゃんはいけずやのぉ、」
「そんな事ないですよ。」
「んもう、素直やないんやから。」

 メイクアップしたことにより、真島の中のスイッチが切り替わってしまったようで、お姉さんチックな真島がやたらと既に近い距離を更に縮めていく。

「わたし、一度やってみたい事があんねん。」
「それはまた今度にしましょう!さ、次は髪型ですよ…!何にしましょうかね…!」

 ホンマにいけずやわぁ…、と口元に手を当てる真島の姿に、なまえは一定の距離を置き、思い出したようにローテーブルに広げていた化粧道具をポーチに収めていた。真島が密かにウインクでハートを飛ばしている事など、気付きもせず。



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