いつもより長い睫毛が下を向いている。伏し目がちになっているのだろう、真島は目線を自分の胸元に捕らえたなまえに注いでいた。見上げた真島の表情がどこか色っぽくて、なまえはただただ見惚れている。

「真島さん…、」
「みょうじちゃんもお疲れやからのぉ、今からウチが優しくしたんねん。」

 大きくて骨張った手が頭に乗せられ、何度も優しく撫でてくる。腕の中に包まれる温かさとその優しげな手付きに、なまえは思わず顔を真島の硬い胸元へと埋めた。ドレスの生地だけが柔らかく頬に触れた、真島は相変わらず頭を撫でている。体を丸ごと預けて、まるで幼い子供のようだと思いながらも、目の前で待ち構える『彼女』には抗えなかった。あるはずの無い母性みたいなものを感じている、そんな気がしていた。

「もっと甘えろや。…わたしの為に頑張ってくれたんやから、思いっきり我儘言うてくれへんと、」

 割に合わへんやろ?と穏やかな声が降る、なまえはそれが心地良い。包まれる快楽があるとしたら、こう言う事なのだろうと忘れかけていた微睡みが帰ってくる。微睡みは瞬き数回で帰した、なまえはここで眠ってしまうのは勿体ないと思ったからだ。顔を上げて再び真島を見ると、滅多に見れない柔和な笑みがそこにあった。


「なんやねん、そないぼんやりした顔で、」
「本当に甘えて、いいんですか…?」
「ええ言うとるやろ、サービスしたる言うたしな、」
「じゃあ、あの、」

 照れているのか、恥ずかしがっているのかは分からない態度でなまえは細々と真島に耳打ちをした。金髪がさらりと揺れ、耳元に光るゴールドを見た。次の瞬間、二つの熱源がその身を寄せ合う。なまえは真島も自分と同じように体が熱いと言うことをここで知り、真島はなまえも同じ様な反応を示していたことをここで知った。先に腕を絡めたのは真島だった、なまえの『甘え』通りに腕で抱き寄せた。

「…こんなん、いつもと変わらへんやないか。」
「いいえ、この格好の真島さんにしてもらいたかったんです。」

 着せ替え人形みたいな格好をしている真島に、いつの間にか愛着の様なものが湧いていて、なまえは素材がどうであれ、前向きな感情を抱いていた。可愛いだとか、綺麗だとか、それらによく似たもので、言葉では上手く言い表せなかった。

「なんやろうなァ、今よう分からへんもん抱えとるわ、」
「…わからへんもん、ですか、」

 密着していた体が少しだけ離れる。真島はなまえの顔を正面から覗き込み、何かを訴えている眼差しを残しては困惑しているようだった。


「この格好が関係しとるかもしれへんが、…俺は今、みょうじちゃんを大事にしたい思っとる。」
「な、なんですか、急に、」
「せやから、わからん言うとるやろ。」

 なんや、俺の中の吾朗ちゃんとゴロ美ちゃんが喧嘩しとんねや。とチークなのか、赤らんでいるのか分からない頬でそう言い放った。なまえは真島の言いたい事が何となく分かった気がして、吾朗ちゃんでもゴロ美ちゃんのどちらでも良いと、一つ言葉を返す。

「…なんだか、いけない気分です、ね、」


 遠慮がちにぶつけた視線が交差する、沈黙はたったの数秒。吐息が触れたのはなまえの頬だけだった。予想を外したなまえはそこが熱くなるのを感じ、吐息の温かさを残して離れた真島を見れずにいる。温もりの薄れた頬を真島の指先が撫でた、今は口には出来へん、勘弁してや。と囁く。

「それはどっちですか…?真島さんですか、それとも、」
「どっちやと思う、」
「ゴロ美さん、ですか、」

 秘密や、と少しリップの擦れた唇が歪むのを見届け、体の火照りに何かを焦がしている。

「でも、場所があかんねん。こないな所じゃ落ち着いてゆっくり、甘えさせてやれんわァ、」
「…じゃあ、やめますか、」
「それはあかん。俺にはやりたい事があんねん、」

「あと何回ちゅーしたら、口紅って取れるんやろな?」


 口角を吊り上げた真島が、女性のものとはかけ離れた笑みを顔に貼り付けた。なまえが目を丸くする前に再び吐息が肌に触れる、首筋が熱を宿す。じゃれ合うようになまえも恐る恐る、唇を真島の胸元に寄せた。きっと、同じ吐息の熱さを知るだろう。反抗でも抵抗でもない、純粋に惹かれると言うのはなんて恐ろしい事だと身をもって思い知らされた。恥ずかしげも無く、こんな行為をして見せる、書いて字の如く。

「わたしも、知りたいです、」

 試してみますか?と問えば、聞くまでもないやろ、とすぐ返された言葉になまえは目を細めて笑っていた。真島も同じ様に笑みを引き摺ったまま、今度はなまえの揺れる胸元に吐息を落とした。



***



「…なんか増えてません?」

 あの日から数日経って、なまえは再び真島に呼び出しをくらっていた。なまえを出迎えくれたのは、あの日一緒に選んだ服装の真島だった。しかし、ドレスにはいつも着用している蛇柄がそっくりそのまま移植されており、更に選んだ覚えのないヘアアクセサリーも頭に乗せている。よくよく見れば、指先にもピンクが散らばっている。これは一体…?と首を傾げるなまえの様子を楽しんでいるようで、真島は正面を陣取り、なまえの鼻の頭をつんと人差し指で軽く触れた。


「ウチの可愛ええ姿、真っ先に見てもらいたかったんや。」

 語尾にハートが付いてもおかしくない口調で、簡単に言ってのけた真島になまえは項垂れた。言いたいことはたくさんあった。まず、その蛇柄はなんだと言うこと、次にネイルなんてどこでやって来たのかと言うこと、おまけに随分と可愛いヘアアクセサリーをつけていること。山ほどある疑問の勢いを宥め、一つ一つ飲み込んだ挙句に出てきた言葉は。


「…前より可愛くなりましたね、」
「せやろ〜?みょうじちゃんなら、そう言うてくれる思っとったんや、」
「でも、なんで言ってくれないんですか。私だって真島さんのために、色々選ぶの結構好きなのに、」
「そらぁ、驚かせたかったんや。サプライズ、言うたやないか。」
「サプライズ?桐生さんだけじゃなかったんですか?」
「んもう、質問攻めはあかんで、みょうじちゃん。」

 もっと知りたい言うんなら、ウチを落とさなあかんで。と吾朗ちゃんもゴロ美ちゃんも混じったような事を口走った真島に溜息が零れた。

「あかんなぁ、幸せが逃げてまう。」

 う〜ん、と可愛らしい仕草で、真島は腕を抱え、頬に手を寄せる。その間にもイヤリングやブレスレットは揺れ、華奢な音が聞こえてきた。せや!とあの金髪の上に小さな電球を浮かばせると、なまえの唇に真島の人差し指が降ってくる。上唇と下唇、そのどちらにも触れるように当てた指先に意識を奪われた瞬間。
 暖色の乗る、ふっくらとしたそれが重なった。手繰り寄せられた意識が真っ白に弾け、時間でさえも止まる。それを無視出来たのは、いつもと変わらない鼓動とそれをやってのけた本人だけ。分け与えられた暖色に苦味を覚えると、真島は親指で靡くように暖色を拭ってしまった。


「お口チャックせな、あかんやろ、」

 閉じるということを意識しない口元は微かに開き、まずは一回呼吸をする。真島の表情は何一つ変わっていない、この時ばかりは悔しさも顔を出さなかった。

「サービスもサプライズも練習が大事や思うとる。せやから、付き合うてくれや、ウチの為に。」

 にぃっと笑う真島の笑みに良からぬものを感じ、今にもここから逃げ出したかったのだが、慣れというものは恐ろしいと思い知った。違和感を違和感と感じなくなってきていたのだ。そんな真島の姿に妙な感情が湧いてきて、なまえは開口一番に駄目です!と言い放った。突然の大声に真島は驚いた顔で瞬きをしている。


「…サービスってなんです、桐生さんに一体どこまでするつもりですか…!」
「な、なんやねん、急に…、」
「サプライズって何をするつもりなんです…?!」

 駄目ですよ、今みたいなことをしちゃ、となまえは自分より背丈の高い真島を力の限りに抱き締めた。ヒールを履いた真島に足の長さがいつもより足りない。なまえの顔は真島の胸元にあり、抱き締めると言うよりかはしがみついているように見える。


「…ゴロ美さん、桐生さんは男性なんですよ、」
「いや、俺も男やで、」
「…多分、桐生さんは引くと思います。私もそうでしたから。」
「なんのカミングアウトやねん、」
「…でも、好きになっちゃいました。」
「ほんまか、」
「真島さんよりもゴロ美さんの方が好き、です…。」
「なんやて…?!お前、何言うとんねん!ゴロ美ちゃんも吾朗ちゃんも俺やぞ?!」


 真島の表情が曇っていく。なまえはそれを知らない、正面は胸元で塞がれている。ひたすらに『あかん』の文字が増え、真島は我ながらにこの美貌が恐ろしいと顔を真っ青にしている事も、なまえは知らない。真島が打ち負かすべきは桐生一馬ではなく、今自分がなりきっているゴロ美なのかもしれないと、なまえの旋毛を見下ろしながらそう思った。



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