『あと何回ちゅーしたら、口紅って取れるんやろな?』


 真島の何気ない一言が今、なまえの目の前で実行されようとしていた。部屋の照明は無い、既に空気を読んでいたのか、いつの間にか消灯しており、外の明かりが差し込む薄暗い部屋のソファーに二人、体を重ねる様にして何やら会話をしている。

「ま、真島さん…、あの…、」
「さっきから気になって気になって、しゃあないんや。せやから、みょうじちゃんに付き合ってもらお思て。」

 頼むわ、それに俺はみょうじちゃんやないとあかん。耳元がくすぐったくなるような小さく低い声で囁かれる。なまえはそれだけで、お互いに重なる様に触れ合う体の箇所が熱を帯びていくのを実感していた。
 足は絡まり、肌と肌は触れ合い、互いの温度がゆっくりと溶け合う。暗闇の中でもそのピンクの目の痛さは変わらない、真島は更に体を密着させた。硬い胸板と柔らかな胸がぶつかる、たったそれだけでなまえの頬は熱くなり、ピンク色の空想が思考を埋めたせいで、目が回ってしまいそうになる。

「始めよか、みょうじちゃん。」

 そう呟いて間もなく、柔らかなものが唇に触れた。暗闇で影が重なる、なまえを覆うような影の中で小さなリップ音が聞こえてくる。まず初めは唇だった。その次は耳朶、更にその次は首筋、そして今度は胸元の鎖骨へ、真島はその熱い唇で曲線状になまえの肌をなぞる。目の前がぼんやりと熱っぽくて、うっかり口の隙間から声と吐息が零れてしまいそうになるのを堪えた。
 その様子に気付いたのか、真島は再び唇を重ねた。されるがままの体とぼやけた頭では、自然と唇に感覚が集中してしまう、下腹部がじわりと熱を帯びる。体が発する熱でぞくぞくと震え、仄かな切なさになまえは自然と真島の唇を奪っていた。薬品のような苦味が口に広がる、口移しのリップの味だった。

「…えらい積極的やないか、嫌いやないで。」

 一度、たった一度、腹部を撫でられた。ぞくりと気持ちのいい何かが肌の上を走る、なまえは遂にそれしか考えられなくなるほど、盲目になっていた。真島は暗闇に目が慣れてしまったのだろう、なまえの顔を見つめた後に、せや、おもろい事思い付いたわ、と口にする。なまえは疑問符を返した、真島はそれに口角を上げて答える。

「今度はみょうじちゃんの番や。俺…、ウチの事、思いっ切り好きなようにしてええで。」


 どくん、密かに鼓動が反応する。ただの高鳴りではない、真島の言葉につられて、まるで胸の奥から良からぬものを連れてきてしまったかのように、従順な欲望が流れ出てくる。好きにしていいと人の欲を煽り、真島は、ほな、場所チェンジや、と今まで下だったなまえを自分の上に跨がせ、真島はソファーに背中を預けた。体勢が変わった所で、二人の体温はそれを中和出来ずにいた。
 どちらもその体が熱源であり、溢れた熱の行き場を探している。なまえが全くアプローチをして来ないことが面白くない真島は、ため息混じりの吐息を吐き捨て、空いている右手をなまえの臀部の膨らみに叩き付けた。それほど強くはない、しかし、聞こえの良い音と小さな悲鳴、更に尻を叩かれたと言う事実がなまえの羞恥心を掻き立てる。


「…うじうじしとらんと、はよせんかい。それともなんや、みょうじちゃんは意気地無しなんか、」

 真島の言葉になまえは、長い髪を耳に掛け、舌先をちろりと覗かせて、まず初めに真島の唇を奪った。ちゅっと唇が触れ合っただけなのに、真島はなまえの後頭部を押さえ、それを深く貪るように舌先を絡ませた。真島の上でなまえの体が揺れる、深い口付けから逃れられない。微かに漏れる喘ぎと吐息、頭にまで響いてくる淫猥な水音に、今自分が欲に盲目であると気付かされた。
 なまえも抗う事はせず、真島に弄ばれる口内の感触や熱、水音さえも我がものとして受け止め、唇が離れ離れになる頃には躊躇と言う言葉を自ら破棄していた。それからのなまえはゴロ美の思惑通り、自分の欲求に酷く素直になった。

 唇の次に舌を這わせたのは、首筋だった。自分のものより線の太い首筋を舌先でなぞり、時折口付けを落とす。不意に真島の表情が見たくなって、ちらりと盗み見れば、真島もまた欲情に表情が曇っていた。その切なそうとも取れる表情に堪らなく欲求を逆撫でされたようで、なまえは真島のドレスのジッパーを摘んだ。一摘みしたそれをゆっくりと下へ下ろしていく、胸部を過ぎ、腹部へとスライドさせられる様を二人は見つめていた。胸の谷間から臍まで新たに露出された僅かな隙間の肌が、二人を更に欲情させる。

「…みょうじちゃんはやらしいことも知っとんのやなァ、」
「ま、真島さん、あの、」

 なんや、と真島が返せば、なまえは体を重ねるように密着させ、耳元で一つ我儘を囁いた。真島は最初驚いていたものの、快楽に呑まれていた今ではそれを拒否する理由が無いと再度、好きにせえとなまえに促した。真島の緩くなった胸元のドレスを左右に剥ぐ。
引き締まった胸部が晒され、こちらを睨む蛇と目が合う。なまえは真島の胸元に顔を寄せると、赤い舌が肌の上を這った。
 桜を吸う、蛇と口付けを交わす、自分のものとは違う筋肉質な膨らみである胸に吸い付く。決して歯を立てず、柔らかな唇の肉と熱く湿る舌だけで、ひたすらに自分自身の欲を満たしているなまえの姿に、真島は妙な興奮を覚える。


「可愛らしいやないの、そんなにウチのが好きなんか、」

 取って付けたような女口調に、なまえは驚き、顔を上げた。熱に曇った瞳と濡れる唇、一瞬の内に無防備な表情をしてみせるなまえに、真島は再びなまえを組み敷くことにする。形勢逆転、ひっくり返されたようになまえが今度はソファーに背中を預け、足の間に割って入るように真島はそこを陣取る。お互いに衣服越しに熱を感じた、真島の猛るような欲を、なまえの満たされたいと願う欲を、たった数秒見つめ合っただけで理解する。
 真島は左右に剥がれたドレスをそのまま侍らかせ、今度はなまえの衣服に手を掛けた。まずはシャツを胸元まで捲り上げ、胸元を露出させる。次にスカートのホックを外し、腰を浮かせ、素早く取り去ると床下に放り投げた。中途半端な着衣姿に恥じらいが顔を覗かせたが、すぐにそれは顔を引っ込める事になる。


「…ウチもなァ、みょうじちゃんのが好きなんやわ、」

 真島が手を伸ばしたのは、綺麗に収められたなまえの乳房だった。ブラジャーを胸元にずらせば、柔らかく弾む膨らみが露出され、真島はそれらに手を添えたかと思えば、今度は数分前のなまえのように唇を寄せた。ピンクが散りばめられた指先は柔らかさに沈む、感触を確かめるように、なまえの反応を窺うように、それを撫でたり、指を這わせたりしている。
 その与えられる微弱な気持ち良さが一旦、身を潜めた。痛みを伴いはしないが、やけに皮膚に強く吸い付く感触。まだ数秒間続けられるだろうこの行為の意味を、待ち時間に引っ張り出す。

 『独占』を植え付けてくれている、これは真島の好きそうな行為だと思った。リップ音の後の余韻さえも長く残らない、その切なさに胸が焦がれる。きっとそれが顔にも出てしまっていたのだろう、真島はなまえの輪郭に手を添わせ、親指で頬を軽く撫でた後、唇に自分の同じものを重ねた。貪欲なものでは無い、口付けを物足りないとは思わなかった。
 一瞬の切なさを吸い取ってくれるような優しいもので、吐息を千切りたくはない。しかし、真島にも焦がれる思いがあるのだと、いつの間にか下腹部に伸ばされた手から、そう察する。荒々しく這いずり回るくせに、下着に触れる時は優しげである。

「…真島さんも、好きに、してください。」
「ホンマにみょうじちゃんはタチ悪いのぅ、」

 そんな誘い文句どこで覚えてきたんや、と意地悪さと愉しさを混ぜたような笑みで、酷く熱を帯びる自身を取り出すと、爪先でクロッチを引っ掛け、なまえの湿った陰部を晒した。好戦的な目をした彼、彼女は、じわりと湿るそこへと自身を宛てがい、ほんの少し腰を動かして中へとそれを埋めていく。
 熱を熱が押し広げる感覚、背筋を震わせる感触に、なまえは体が脱力しながらも、その快楽を必死に受け止めていると知った。ゆっくりと挿入していく真島の手はなまえの腰を支えるように置かれ、なまえはと言えば、お互いの結合部に意識を向けてしまい、視覚的な性の暴力に盲目になっていた。

 二人の呻きに似た弱々しい声や喘ぎが部屋に響く。淫らだと感じる結合部の水気を含んだ音も、誰に阻まれるでも無く、ありのままに響いた。なまえの口から一音漏れる、体の内側にやって来た熱量をようやく全て受け止められたのだ。

「…ま、真島、さ、」
「無理して喋らんでええ、…まだ俺を煽る気なんか、」
「ちが…、そんなんじゃ…、」
「なら、お利口さんに黙っとき、」

 これからがええとこや、と前置きした真島は、密着させていた腰を動かし始めた。濡れた肉壁のそれと擦れる音が卑猥で、羞恥心を煽っているのにも関わらず、体は、頭はそれが快楽であると、都合のいい言葉を並べて、感覚を麻痺させる。熱が刺激へと変わり、体の至る所へ走り抜けて行く感覚に、口元がだらしなく緩んでいく。汗ばむ体も、一定のリズムで揺れる乳房も、自然と力んでいる腰に置かれた真島の手も、正面にいる欲に素直な真島の姿も、全て快楽の一部だった。

 より奥へと深くを突いてくる真島が、どこか愛おしい。なまえは更に熱を放つ感覚がして、真島を見れば、少しだけ表情を変えた彼がいたものだから、ああ、同じだと安堵する。しかし、揺さぶられる体と、その度に駆けずり回る刺激を、受け止め続けるのは困難であると、体は別の何かを背筋に走らせた。
 意図せず体が硬直していく、真島から与えられる刺激から逃げ出したいと思うようになっていた。懇願するように腰に置き去りの手を解こうとするが、容易には解けない。次第に過剰になる快楽がなまえの感度を上げていき、終いにはその体を大きく跳ねさせ、震わせ、なまえの体に蓄えられていた昂りを弾けさせた。感覚が絶頂に支配される、体が脱力していく様を真島は終始見ていた。その瞳にさえもぞくりとしたものを感じる、性的興奮は止まらない。


「…気持ち良さそうやったが、どや、みょうじちゃん?」

 言葉を返せない、絶頂後はただ瞬きと呼吸だけしか手につけられない。あとは体に反響し続ける快楽を全て飲み込む、それだけだった。

「ええ顔やなァ、…阿呆みたいに唆られるわ、」

 まだ絶頂に達していない真島は、なまえのくたくたに脱力した様が気に入ったようで、背中に両手を回すと、今日何度目かの位置替えを行う。再び真島が下になり、なまえは上手く力の入らない体だと言うのに真島に跨る体勢にさせられた。行き過ぎた快楽がなまえの奥で、呼び起こされる。今までより深くにまで達した、その硬い熱のせいだろう。思ったよりだらしなくなっていた口から喘ぎが零れる、真島は愉しそうだ。
 さっさと終わらせたる、だらだらやっとっても興醒めするだけや、そう独り言のように呟いてから、真島は跨るなまえの下腹部に触れる。皮膚という薄皮一枚の下に、自分のものとそれで満たされた中身が詰まっているのだと思うだけで、じっとりと汗ばむ、柔らかな腹部が愛らしく感じた。なまえは自分の腹部を愛おしそうに見つめる真島の目線が、またあの母性を思い出させる。体の芯が疼く、その性に甘え、甘やかされ、快楽がどろどろに溶け出るまで虜にして欲しいと。真島の腰が数分ぶりに動き始めた、突くと言うよりゆっくりと広げられるような感触に襲われ、再び快感が神経を伝って暴れ始める。

 もう真島自身も歯止めが効かなくなってきたのだろう、焦れったい快楽に痺れを切らし、先程から次第にその動きが激しくなっていく。激しければ激しいほど、なまえの声はぼろぼろと零れ落ち、既に満たされている体は、明らかに過剰な快楽に耐えかねていた。下から突き上げられる間隔が短くなり、その行為に荒々しさを感じ、揺れる視界の中で真島を見る。眉間に深く皺を寄せ、瞳を閉じ、唇を噛み締め、乱れた呼吸を繰り返している真島の姿があった。
 貪欲に求めた快楽は無事、真島の所へと訪れたようで、不意に腰の動きが止まる。恥部を濡らすのは白濁の熱、欲を吐き出す直前に中から引き抜かれたそれは甘い余韻から抜け出せずに、未だに欲を吐いてはなまえを汚した。その欲に触発される性欲を持て余しつつも、真島が全てを終えるまで待っていようと思った。


 荒い呼吸を整えるのには時間が必要だった、なまえももう自分の体を起こしていられないと、真島の体の上に横たわり、それを共にしている。中途半端に残された衣服の煩わしさも、お互いを汚す白濁や汗の気持ち悪さにも気にせず、真っ先に真島の唇がなまえの額に触れた。ここで真島は真っ白に弾けた頭で思い出す、例の疑問を。
 ちらりと横目で見てみるものの、なまえの額は綺麗なままで、結局のところ、この疑問に対する回答は見つけられなかったのだ。苦味の無くなった唇を歪ませ、真島は甘ったるく感じ始めた余韻の中、なまえの鼓動を感じながら、心地良い疲労に瞳を閉じた。面倒な後始末は、もう少しだけ先延ばしにしたい気分で、なまえはと言えば、同じように瞼を閉ざして微かに寝息を立てていた。



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