客の入りも上々、問題行動を起こす客もそれを良しと甘やかすキャストもいない。ボーイの数も足りている。今夜も良い額の金が店に入ることだろう。キャバレーグランドの支配人、真島吾朗はスタッフルームで金勘定に勤しんでいた。


 理由はたった一つ。自分の身柄を預かる立場の人間が極道関係者で、組織に口を利いてもらおうとその男の元で堅気として、この稼業に力を入れている。真島の目的もたった一つ。もう一度、組織に戻り、一人しかいない兄弟の帰りを待つこと。例えそれが自身に殺意を抱いていようとも。
 真島がキャバレーの支配人になってからと言うもの、店の稼ぎは安定していた。真島の立ち振る舞いに周りは夜の帝王と持て囃していたが、そのような肩書きを得ても、どんなに莫大な稼ぎがあろうとも、あの男に認められなければ意味が無い。真島にとってそれこそが今を生きる理由であり、組に復帰出来るただ一つの手段だった。

 自分の身元を引き受けたのは、親父である嶋野太と代紋違いの兄弟である、近江連合の佐川という男だった。そして今日突然ではあるが、その佐川が金を回収しに来る。連絡は数時間前に手短なものだった。佐川の気まぐれとさえ思える連絡に、真島は苛つきを覚えながらも必死に金を揃えていた。このやり取りは既に何度も行っている。だが、佐川の要求する額はどんどん大きくなっていき、それを収めても次の無謀な金額を提示し、真島が稼いだ金を回収していくだけ。終わりが見えない、いつになったら戻れるのかという焦燥感に内心燻っている。


「よぉ、真島ちゃん。お、早速やってんじゃん」

 不意に心臓が高鳴る。驚きを隠せないまま、真島はスタッフルームの入口を見た。すると、そこには飄々とした表情で佇んでいる男の姿があった。白髪混じりで値の張るスーツを着こなした、どこか気の良さそうな男。

「佐川はん、次の回収は来月っちゅう話しやったやろ」
「わりぃな。俺も催促するつもりはなかったんだけどよ、ちょっとお上に良いとこ見せておこうと思ってな」
「自分の為っちゅうことか、」
「はは、何言ってんの、真島ちゃん。良いとこってのは見せておいた方がいいに決まってんの。その方が後々、真島ちゃんにとっても良い方向に転ぶかもしれねぇだろ」
「……嶋野の親父にも話つけてくれるんやろな」
「そりゃあ、俺の方から真島ちゃんのこと、アピールさせてもらうつもりだよ」

 ま、兄弟の都合にもよるけどな。とあっけらかんとした顔で平気で言い放つ男、佐川に真島はいつも怒りを抱いていた。金を毟り取るだけ取って、滅多にこちらの要求には応えない。いや、応えるつもりがないのだと明け透けに感じられる。かつての自分もあの男と同じだったからこそ、燻る心境は煽られていた。一刻も早く組織に戻りたい真島の足止めをしているのが、この佐川という男なのだから。

「……する気がないくせによう言うわ」
「なんだよ、俺が嘘ついてるって言いたいわけ?」
「もし、ホンマに佐川はんが上に口利いてくれとるんやったら、なんで俺はまだこないなことを続けとるんや」
「そりゃあ、お上も暇なわけじゃねぇんだ。そこはさ、真島ちゃんも極道の出なんだから分かるでしょ?」

 神経を逆撫でされ、真島は口を閉ざす。ここで言い合ったところで時間の無駄だというのは、目に見えて分かっていた。ま、そうカリカリすんなよ、いい仕事じゃねぇか、キャバレーの支配人もよ。と、知ったような口を聞く佐川はこういう男だ。真島は黙り込んだまま、手元の金を相手にしていた。真島にとっては、佐川を相手にするより、金を数えている方が何倍もマシだった。

 相手にされないと知った佐川は、奥のソファーに腰を下ろすと懐を漁った。真島は密かに佐川に目を向け、佐川の手に握られているのが煙草だと気付くと、金勘定の手を止め、近くの置きライターでその先端に火を灯す。悪いね、忙しいのに。と佐川の軽い一言を聞き流し、真島は火がついたのを見届けると自分の机に戻って行った。

「そういや、真島ちゃんって普段何してんだよ」
「ああ?何もしとらんわ、しょうもないこと聞いてどないすんねん」
「まあ、そう言うなって。仕事頑張んのも結構だけどよ、たまには息抜きでもしねぇと人間死んじまうぜ?」
「息抜きしとる暇があんなら、俺はきっちり稼いで、すぐにでも組に戻らなあかんのや」
「でも、それで過労死してたら元も子もねぇな。ははは」
「……で、何が言いたいんや、佐川はんは。まどろっこしいことばっか言うてへんで、さっさと話したらどうや」
「コミニュケーションじゃないの、真島ちゃん」

 ったく、噛み付いてばっかでしょうがねぇなあ。と漏らす佐川が一々癪に障る。煙草に口をつけ、煙を吐き出す。その間には金を数える紙の擦れた音が鳴るばかり。数秒の沈黙の後にやって来たのは、やはり佐川の気まぐれだった。

「なあ、真島ちゃん。真島ちゃんってさ、女に興味あんの?」
「そんなくだらん話がしたくて、長い前置きをしとったんか」
「で、真島ちゃんは興味あんの?女に」
「知るか」
「知るかってさぁ……、」
「別にどうでもええ。今の俺には女なんぞを相手にしとる暇はない」
「じゃあさ、ちょっと真島ちゃんに会ってもらいたいヤツがいるんだけど」

 何が、『じゃあさ、』なのだろうか。今までの話の流れを無視するように佐川は一方的に話を始めた。その話に嫌々ながら耳を傾けていると、どうやら佐川は持て余した自分の女の面倒を真島に任せたいという内容だった。

「待てや、佐川はん……!何で俺が女の面倒を、」
「なあ、こういう面倒な仕事ほど上の評価が良いって、真島ちゃんも分かってるだろ」
「佐川はんの評価が上がれば、俺は組に戻れるんか」
「特別に話の席を設けてやってもいいけど、」
「……その言葉、ほんまやろな」
「でも、それは真島ちゃんがちゃんと面倒見切れたらの話だからさ。そう焦んなくていいよ」
「俺は忘れへんからな、佐川はんのその言葉」
「じゃあ、この後にでも付き合ってもらおうか」

 真島ちゃんの金勘定が終わってから。と煙草を吹かす佐川の考えが読めずとも、真島はどろどろとした感情を吐き出すことなく、その場をやり過ごすしかなかった。


***


 佐川の要求金額は無事に賄えた。代わりに来月、約束した日に更に同額の要求を押し付けられたが、これもこなすしかないのが真島の役割である。面倒な予定ばかり先に入れられ、真島は佐川と共に訪れた先でも苛立ちを隠せなかった。
 二人がやって来たのは、蒼天堀のとあるマンション。その内の一室を佐川は自分の女に買い与えたらしい。二人を乗せた車がマンションの正面で止まると、真島は佐川にとあるものを渡された。それはマンションの部屋の鍵で、正直に受け取ってしまった真島は訳が分からなかった。

「ああ?なんや、鍵だけ渡して」
「こっから先は真島ちゃんの仕事だから」
「佐川はんの女の部屋に俺一人で行けっちゅうことか」
「そ。俺、これから金持っていかねぇといけねぇから、後は真島ちゃんに任せた」

 その鍵、当分は真島ちゃんに預けとくから、なくすなよ?と佐川の言葉を最後に、真島は車を降りた。いや、降ろされたに近い。閉ざされたドアの窓からは呑気に手を振っている佐川の姿が見え、密かに舌打ちを逃がした。マンションの最上階に住む女、しかもただの女じゃない。あの、佐川の女だ。一体どんな相手なのだろうかと僅かに興味が湧いたものの、それより面倒臭さが先行してため息を吐きたくなった。