「へぇ。それで真島ちゃんは俺に報告も兼ねて、余計な世話焼いてくれてんのか」

 プライベートでも仕事熱心じゃないの。あ、プライベートでもねぇか。と佐川は軽い笑みを浮かべて真島を見た。自分の店の質素なスタッフルームで真島が佐川に告げたのは、自分の女に会いに行ってやれという親切なお節介だった。真島はなまえと初めて会った夜が忘れられずにいた。同じ粗末な首輪を嵌められていること、それでも彼女は佐川の帰りを待っていること、本当はどこにでもいる純朴な人柄の女性であること。

「俺だって忙しくなけりゃあ、アイツの元には行ってやりてぇんだぜ?ホントだよ、ホント」
「こないなとこで酒飲む暇はあんのにか、」
「まあまあ、そんなつれないこと言うなよ、真島ちゃん。何、アイツの肩持つわけ?」
「……俺はカタギの女捕まえて、ぞんざいに扱っとるヤツの気が知れんだけや」
「別に俺が捕まえたわけじゃねぇよ。アレだ、出会っちまったんだよ」

 運命、ってヤツだ。誰でも好きだろ、運命っつう言葉。佐川は意に介さないといった様子で懐から取り出した煙草を咥えると、次を待っていた。こんな時、極道に身を置いていた真島は嫌になった。例え、気に触る相手であろうと、自分の身柄を預かっている佐川のことは無下には出来ない。溜息を飲み込み、備え付けのライターで寂しげな煙草に火を添える。

「まあ、アイツはいい女だよ。でもよ、これは俺となまえの問題なの。真島ちゃんが首突っ込むような話じゃねぇの、」
「なら、部屋の鍵を渡す必要なかったやろが」
「ああ?そりゃあ、会えねえって分かってんだから、俺なりに気ィ使ってやったんだよ」

 女はすぐ寂しいって口喧しくなるだろ?アイツは違うけどな。と勝手を知る顔でそう口にする佐川に苛立ちは募る。佐川が彼女の優しさを盾に、のらりくらりと躱していると真島には分かったからだ。懐にある煙草には手を伸ばすくせに、同じように懐にしまい込んでいた彼女の部屋の鍵には手を伸ばさなかった。何が違う、何故彼女はたった一本のそれに劣ってしまうのか。

「まぁた真島ちゃんは甘いこと考えてる」
「なんやと、」
「やっぱ真島ちゃんに行かせて正解だったな、そんな簡単に心開いちゃって」
「んなわけあるか、」

 煙草の余白はまだ長い。しかし、佐川は持て余したそれを捻じ消すと、じゃあ、今日も俺の代わりにアイツに会っといて。と言い残し、スタッフルームを後にした。一人きりになった部屋には、佐川が吸っていた煙草の残り香が不快感と共に鼻につき、真島は抱えた苛立ちを飲み込めずに溜息をついた。
 今夜もまた佐川は彼女の元へ行くことはないのだと言い付けられたのだ。どんな顔をして会いに行けばいい。真面目に取り合ってくれるといいですけど。と笑った顔を見ているが故に、真島は行かなければなかった。なまえが愛しい男を待つ、あのマンションの一室に。


***


「ふふ、だから言ったのに。真面目に取り合ってくれるといいですけど、って」

 真島はなまえが見せた笑顔に驚いていた。自分から約束した手前、真島には少なからず罪悪感があった。話を持ちかけるところまでは上手くいったが、結果としてなまえの望み通りには行かなかった。だから、開口一番にすまんと頭を下げたものの、なまえからは全く気にしていないような笑顔を返されたのだ。

「でも、ありがとうございます。まさか本当に話をしてくれるなんて」
「いや、礼を言われるようなことは、」
「自分の親分にこんなこと言えないじゃない」
「せやな。しかも、親のイロの話なんぞ、怖くて出来ひん」
「だから、嬉しかったの。ありがとう、真島さん」

 真島を受け入れる一言は二度目のなまえの部屋で。最愛の男の姿はない。代わりにあるのは、一張羅のタキシードを着崩した極道風の男。なまえはそれでも明るく振る舞えていたし、何よりその振る舞いのどこにも偽りはなかった。だからこそ、真島は驚きを隠せなかった。最愛の男に会えない嘆きを受け止め、居た堪れない顔を網膜に刻み、引き摺って帰らねばならないと思い込んでいたからだ。

「でも、真島さんも勇気があるんですね。自分の親にそんなプライベートなこと聞くなんて、」
「なっ?!ちゃうで、俺はそんなんじゃ……!」
「……え、同じ組の人じゃないんですか?」
「こう見えてもカタギや、」
「あ、ごめんなさい、私、つい……、」
「つい、なんやねん」

 真島さんもてっきり、そういう人なんだと。と次第に声がか細くなっていくなまえに、真島は懐にしまってある名刺の一枚を手渡す。恐る恐るそれを受け取ったなまえは驚きに目を丸くしていた。

「……どや、これが俺がカタギやっちゅう証明や」
「真島さんはキャバレーの支配人なんですね」
「ま、そのオーナーがたまたま佐川はんやっただけや」
「そうだったんですね」

 私情を挟んでも仕方ないと真島は深くまで話さず、適度に話をぼかしながらなまえに改めて自分が何者かを明かしていった。自分は佐川司がオーナーを務めるキャバレーの支配人であり、それ故に何かと雑用や無理難題を押し付けられていること。後は話せる範囲でのその他諸々。
 なまえは真島の話に興味津々なようで、一心に耳を傾けている。そして時々、些細な疑問を投げかけては返ってきた回答にうんうんと頷いてはとても楽しげに話を聞いていた。

 そんなにおもろいか?と真島が問えば、とても。となまえはすぐに答えた。佐川にこの部屋を与えられてからはマンションで過ごすことが多く、仮に外に出掛けても付き添いだと言って、常に傍には構成員がおり、どこに居ても窮屈な思いをしてばかりだったと苦笑いを浮かべた。しかし、佐川のことを考えると仕方ないのだとも笑っていた。

「ホンマに佐川はんには勿体ないわ、」
「本当にね、ふふ。司さんにも聞かせてあげたいくらい」

 なまえが怒りを感じさせない笑顔を見せて初めて、真島は自分が既に他人の事情に深入りしていると気付いた。元極道の人間でありながら、甘いことを考えていると言い切った佐川の言葉が蘇り、確かにそうであると納得させられた。不憫なヤクザの女に肩入れをしている元極道の男。安い映画でもあるまいに、と客観視すれば、少しだけ気が晴れた。
 本当にここは見てくれのいい、綺麗な檻だと思った。首輪をぶら下げた者同士が傷を舐め合うのに丁度いい場所だと。