そこから内なる感情が目まぐるしく二人の間になだれ込む。きっかけは抱擁を終えたなまえがシャワーを浴びるべく寝室を出ようとした時だった。不意に離れていく体を、腕を掴まれた。温もりのある骨張った手の感触に振り返れば、何も言わずに黙り込んだ真島が立っており、その瞳の色を見た瞬間にまだ自分達の傷は癒えていないのだと知った。いや、本当は分かっていた。こうなると分かっていて、真島をこの胸に抱き止めたのだと。
切なさが噛み合った時、理性というものは何の役にも立たない。溢れる切なさを止めることに必死で、未来を、明日を見る余裕が無い。壁に追い詰められ、自分より大きな男の影に覆われ、切ない瞳を見ている内に情が心を染め上げていく。まるで使い捨てられたかのような自分にも出来ることがあるのだろうか。彼の為にしてやれることがあるのだろうか。独り善がりな考えであるとは自負しているが、実際切ない瞳を前にして他に何が出来るのかなど分かりはしない。
「……ここで拒まな、綺麗な体に傷がつくで」
「なら、どうして帰らなかったんですか」
「俺は ──── 」
何かを言う前に、重ねてしまった。届かないからと背伸びをしてまで、それに触れると今度は強く抱き締められた。息が続くまで攫われ続け、足元にはいつの間にか真島のジャケットが落ちている。裸足で踏みつけてしまうことも気にせず、まずは壁にもたれ掛かり、二度目、三度目と繰り返していく。次第に辛くなる姿勢を今度は床の上に変えて続きに耽っていた。
か細い手で真島のボタンを開けていくと、見慣れぬものが目に飛び込んできた。とても鮮やかな色が施された胸部に目が離せない。すると、あんまじろじろと見るもんちゃうわ。と釘を刺され、次は真島の手がなまえの皮膚を這っていく。冷えた肌の上を心地よい温もりのそれが触れていくのは、身体が僅かに震えるほどの心地良さを孕んでいた。ぞくりと肌が粟立つ感覚、反射的にぴくりと跳ねた身体。溶鉱炉のように身体の内側にどろどろとした熱が今にも溢れ出さんとしている。
太ももを撫で、臀部をなぞり、下腹部のなだらかな丘に触れる。身体の表面の冷たさがより感度を上げていき、なまえはされるがままになっていた。骨張った指が女々しく濡れたそこに触れると、その指先が沈む感覚を覚える。この身体の内側を、膣壁を優しく掻くように刺激する指に喘ぎが口を伝って出ていった。淫猥に響き始めた水音に羞恥を抱くものの、実際は視覚と聴覚に訴えかけるこの快楽から逃れられない。
しかし、それは真島も同様で、自分の指先が生暖かく柔らかい肉の渦に触れてから、余裕のない表情ばかりをしている。時には喘ぎを啄み、時には肌を蹂躙する。なまえが一度絶頂に体を震わせると、どこか切羽詰まったような瞳で見下ろすのだ。快楽に理性を蝕まれたなまえは、拙い口調で真島の名を呼んだ。最後に大きな水音が鳴り、肉の渦から引き抜かれた指先を恋しく思う暇もなく、次がやって来て肉壁を押し広げていく。まるで徐々に拡張されているようで、けれど、より深くに埋もれていく熱に背筋が喜びに震えているようで。
「ま、じま、さん」
「背中、痛いとこないか」
「だい、じょうぶ、」
「……すまん、もうちょい力抜けへんか」
身体に持続的に走る快楽の波はなまえの肉を定期的に硬直させた。それは内も外も同じで、結合部の肉壁さえも僅かに収縮している。
「あ、ご、ごめん、なさい。いま、うまく出来なくて……」
「なら、ええ。このまま、動くで」
決して責めている訳では無いと、口元に笑みを浮かべ、なまえの頬を撫でる。そして、こくりと頷いたなまえの臀部に手を置き、ゆっくりと動き始めた。より深くで繋がる音が響く。内蔵に、肉に、骨に、耳に。肌の弾ける音も、加速的に熱を帯びる下腹部も、真島の垂れ下がる長い髪も、何もかもが愛おしいと思えた。たぷん、と体ごと揺さぶられるのが気持ち良い。互いに息を切らしながら、目の前の体を貪っているのが気持ち良い。だらしなく口を開けば唇で塞がれ、手を伸ばせば大きな手が握り返してくれる。
形あるものが全て溶け切って、混ざり合い、もうどこからどこが自分で、どこが相手なのか区別もつかない。より深みを増していく快楽と夜の闇に二人の息づかいだけが響いた。
たった一度だけ、なまえは真島の左目に触れた。眼帯の上から優しく指で撫でると、この男がここに居る理由のような気がした。自分の知らない事情。知りたいわけじゃなかった、ただ少しでもその傷を癒せたらという気持ちだけだった。指先を彼の後頭部に這わせ、眼帯の結び目に触れる。拒まれないのを良いことに結び目を解き、眼帯の下の左目を見た。ぴたりと閉ざされた瞼にはどこにも痛ましい傷は無い。だが、失ってしまった理由がいつか報われるようにと、なまえは左瞼にそっと自分の唇を押し当てた。
これで彼の目が戻ってくるわけじゃない。胸には切なさが残る。しかし、真島に見つめられ、肌に触れられ、唇を重ねると切なさは薄れていく。だから、互いが切なさに呑まれてしまわぬよう、何度も口づけを重ねた。切なさだけでなく、奪いたいと思った時も。腹部の心地よい圧迫感は短い間隔でやって来る。既に一度達しているなまえにとっては、その短い間隔でも二度目を垣間見ることは可能だった。迫られ、内壁を愛撫され、限界は既にそこまで来ていた。真島の顔つきもより険しいものに変わっており、まるで何かを急かすような動きになまえは全てを委ねることにした。そして遂に二人の元に快楽の激しい波がやってくると、両者は体を強ばらせて快楽の後にある静かな白い波間に沈んで行った。