品田には一番自分らしくいられる場所がある。それは錦栄町のバッティングセンターだ。今日は別に財布事情が苦しいからというやましい気持ちでここに来たわけではない。気分だった、少しだけ昔のようにバッターボックスに立ちたい、そんな気分だったのだ。錦栄バッティングセンター、上級コース。自分の真正面には白のホームベース、金属バットは日の光に輝き、バットのグリップが馴染むように何度もその感触を確かめる。軽く素振りを二、三回ほど済ませ、僅かに腰を落として構える。
遠くのディスプレイには自分と同じように構える投手の姿があった。その投手の微々たる動きを見逃さない、例え相手が何万何千回と同じモーションをする映像であっても。打球音が響く静寂の中、視線がぶつかる。一拍置き、投手は振り被ると球を投げた。品田の目は確実にその球を捉えていた、捉えていたのだが、敢えて一球目はバットを振らず、その白がグラウンドを駆け抜ける姿を見送っていた。
「ふ〜ん、こんな感じねぇ……」
たった一球、されど一球。一度見送っただけで、品田はその球から様々な情報を読み取る。しかし、品田は惜しいと思った。なんせ相手は機械、設定された通りの速さで、設定された球種を投げるのだ。自分を捉えている映像の投手は再び振り被り始める。品田はようやく本腰を入れたかのように深呼吸を一つ、鼓動は落ち着いたまま、瞬きも決して乱れない。
「……それじゃあ、そろそろ良いところ見せますか!」
投手の彼は同じペースで、同じ速度の球を投げた。二球目の白は解き放たれ、品田へと勢い良く向かってくる。品田は一つ確信していた。二球目は、この球は必ず打てる球だと。一瞬の間に距離を縮めていく球に狙いを定め、手にしていたバットを振り抜いた。
静寂は爽快な打球音によって切り裂かれた。跳ね返された球が日の光と重なり、高くそびえる緑ネットの壁に掲げられた的にヒットする。それが意味することはたった一つ。
「っしゃあ!」
握り締めたグリップの感触、腕に伝わった打球時の衝撃、的確にそこへ向かって行った球の放物線、耳を劈く打球音、何もかもが気持ちのいい余韻となって、品田の中で響き続けた。しかし、余韻にばかり浸っていられない。まだあの投手は十八球も球を残しているのだ。ならば、それら全て打ってやらないとあの彼に悪い。品田はもう一度バットを構える。視線は二度目の衝突を迎え、先にその動きを捉えていたのは───。
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