鏡の中の自分はまるで別人のように見えた。綺麗に施されたメイクも、丁寧に縫われたステージ衣装も、どれもキラキラとしていて、言葉で上手く言い表せないほどに素敵で、女の子の夢をぎゅっと詰め込んだような自分が鏡の前に座っている。正直、不安に潰れそうな心がある。まだやってすらいない失敗に怯えている。漂う緊張感に指先は震えていた。鼓動がうるさく、体が熱くなっていくのを感じる。しかし、いつまでもこのままじゃいられないと頭では分かっていた。

「わたしの夢は、アイドルになること」

 自分以外、誰もいない楽屋で一人呟く。自分の夢を口にしてみると、鏡の中の自分が思った以上に不安な顔をしていたことに気付いた。

「ふふ、わたしったら、なんて顔をしてるんだろう。これじゃあ、わたしはアイドルです、なんて、みんなの前で言えないよね」

 自然と笑みが溢れた。勿論、鏡の中の自分も可笑しいと笑っている。カチューシャのレースがふんわりと揺れ、大好きな衣装に包まれている喜びが胸を染めた。衣装だけじゃない、大好きだと思えるものはいつでもすぐ傍にあるのだと思い出す。いつもボイストレーニングをしてくれる彼女も、ダンス指導をしてくれる彼も、自身のマネジメントをしてくれる彼も、沖縄という地で自分を見つけ出してくれた、あの人も。

「アイドルとして、わたしに良くしてくれる人達の為に。そして、こんなわたしでも好きだと応援してくれる人達の為にも、緊張なんてしてられないでしょ?」

 ねえ、もう大丈夫?黒く伸びた睫毛は綺麗に上を向いており、その瞳は鏡の自分を真っ直ぐに見つめた。もう大丈夫。と自信に溢れた笑みが返ってくる。今日この日まで積み重ねてきた努力の時間に敵うものなどない。大丈夫、私には大切な夢がある。

 不意に楽屋のドアをノックする音が聞こえ、もうすぐ出番であると告げられる。カウントダウンはもう数秒前。緊張も不安も、失敗を恐れる自分ももういない。椅子から立ち上がれば、スカートは柔らかく靡いた。今、この瞬間からそれは始まる。見る人に希望や夢を与え、きらめくような笑顔と優しい歌声を届ける、憧れという言葉を形にした存在。澤村遥はアイドルである。前を向くその眼差しは強く、凛としていた。


***


 初めて彼女を画面越しに見た日には胸のキラめきが暴れて仕方なかった。アイドルはみんな可愛い。そう言った漠然とした気持ちを持っていた自分が、この胸にときめきを覚える程に澤村遥は圧倒的にアイドルだった。

 今までもたくさんのアイドルがこの画面の向こうで笑顔を見せてくれた。綺麗、可愛い、あどけない、大人っぽい。それぞれの良さにいつでも胸は甘く弾けた。どうしてこんな可愛い子がいるのだろう、と不思議になってしまうほど、画面の向こうには可愛い子達が並ぶ。そして彼女達が懸命に歌い、踊り、話し、笑顔になるだけで惹かれてしまったこの胸は彼女達に夢を見るようになった。
 それなのに、彼女は何かが違う。可愛さにステータスを全振りしたかのようなステージ衣装、まさに正統派アイドルのそれだ。だとしても、今まで見てきた子達とは何かが違う。何か強い想いを秘めた瞳から目が離せない。歌詞に想いを乗せた歌に耳を傾けている。時折見せる柔和な笑みに心は大きく揺さぶられた。

 澤村遥。どこの事務所に所属している子だろう。今までに出しているCDは何枚ほどあるだろうか。次に行われるファンイベントやライブの予定を調べて、ファンレターも書こう。

 まるで恋をしているかのような感覚だった。勿論、言葉通りの意味はない。それでも、彼女に恋をしているのだと思う。好きという言葉に一々恋愛感情の有無を問うことは浅はかなような気がして。
 心が惹かれたから、憧れたから、彼女の懸命な姿を見ていたいから、応援したいから。理由はたくさんある。その個人的理由をストレートに伝えられるのが、好きという言葉なんじゃないかと思う。難しい言葉はあまり知らない。丁寧さは知っていても、自分の思いを上手く伝えられる言葉を知らない。なら、恥ずかしくても、拙くても好きだと伝えよう。どうか彼女の未来が好きに満ち溢れたものになりますように。

 私は澤村遥に大きな夢を見ている。



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