「秋山さぁん、お願いですから〜!ねぇ、秋山さん……!」
「だから、俺は負け戦しに行くのは嫌なんだってば」
「秋山さぁん……!そこをなんとか!」
「もうやめとけや、品田。秋山もだめや言うてるやろ」

 不意にドアの開く音がした、それと同時に来客の知らせを告げるベルの音も。品田、秋山、冴島の三人は一斉に開かれたドアの方を見た。ニューセレナの入口に立っていたのはグレーのスーツとワインレッドのシャツを着こなす男、桐生一馬だった。カウンターに佇む、今やエプロン姿が馴染みある伊達が安堵の溜め息を漏らした。どうやら、今のこの状況はあまりいいものではなく、寧ろここへ訪れた桐生でさえも同じ面倒事に巻き込もうとしているように思えた。

「今日はやけに騒がしいな。一体何があったんだ、伊達さん」
「おう、桐生か。悪ぃな、今こいつらが揉めててな」
「揉めてる?……どういうことなんだ、冴島」
「どうもこうもあらへん、事の発端は品田や」

 冴島は顎でいつの間にか項垂れている品田を指すと、品田はしょぼくれた顔で暗い溜め息を吐き、その隣にいた秋山もつられて溜め息を零す。

「品田さんがね、突然合コンに行きたいって言い出したんですよ。それも本当に突然で、挙句の果てには俺に頭下げ始めちゃって困ってたんです」
「合コン?別にいいじゃねぇか、秋山。お前なら合コンの一つや二つ簡単にセッティング出来るんじゃねぇのか?」
「いや、まあ、はっきり言ってツテはあります。でも、俺と品田さん、あと他に適当なヤツ揃えたとしても、分が悪いんですよ。これじゃあ多分、結果は惨敗でお持ち帰りどころか、女の子の連絡先さえも聞けないかもしれない」

 だから、俺は断ってるんです。と更に小さくなっていく品田を見て言い放った。しかし、桐生には何か引っ掛かる所があり、秋山、品田、冴島の三人を何度も順番に見回していた。

「どうしたんです?桐生さん、そんなジロジロと」
「秋山。お前、負け戦は嫌だと言っていたな」
「ええ、まあ、そうですけど」
「だったら、その合コン俺も行こう」

 ええ?!と驚いてみせる秋山を他所に、桐生は得意げ且つ自信満々に続けた。

「俺には経験がある。前にも一度そういった場に行くことがあってな、その時も俺は場の雰囲気に呑まれることなく、合コンを最後まで乗り切れたんだ」
「なんや、桐生……!お前、合コンに行ったことあったんか?!」
「冴島はムショぐらしが長かったからな。そう行った機会もなかったろ。だから、どうだ?この四人で合コンに行ってみるってのは」
「あ〜!それ、いいじゃないですか!下手に適当なヤツ揃えるより断然勝ち目ありますよ!ね、秋山さん!」

 突然勢いを取り戻した品田は秋山の肩を両手で掴むと、前後にぐらぐらと雑に揺らしている。秋山はその手を払うと、小さく息を逃がした後に問い掛けた。その合コンの結果はどんなものだったのか、と。桐生は沈黙に口を閉ざす。秋山はその沈黙に結果を察する。冴島は桐生と秋山による無言のやり取りを黙って見ている。品田は未だ目を輝かせて、湧いて出た希望を握り締めている。

「……桐生さん」
「いや、俺は完璧なフォローをしていた。ただ相手の女に男がいるなんて知らなかったんだ」
「……それ、どういうシチュエーションっすか」
「それはあかんな。俺でもわかるで」
「違う。俺が自ら合コンを開いたんじゃない。他の奴らに頼まれて行っただけだ」
「それで桐生さんが助け舟を出した、と?」

 あの、桐生さん、と秋山は酷く真剣な顔をして、桐生だけでなく、品田、冴島、なんなら伊達にさえも言い聞かせるように話し出した。

「いいですか?合コンって言うのは、男女が自分のモテ力を最大限に活かして、性別の垣根を越えて交流を深める場所なんです。だから、そんな戦場みたいな所に数合わせで行く、適当なヤツを揃えて行くこと自体が間違ってるんです」
「……くっ、」
「まぁ、頼まれたら弱いっちゅう、桐生の気持ちも分からんでもない」
「ええ、冴島さんの言うこともわかります。でも桐生さん、あなたは優しすぎるんです。合コンでそんな優しさは命取りになる」
「じゃ、じゃあ、俺達はどうすりゃいいんすか……」
「合コンに行きたいなら、まずはモテを知り、自分のモテ力を磨くのが手っ取り早い」

 ふぅむ、と冴島が顎に手を添える、秋山の言葉に納得する部分があったようで、似たような人間性である桐生も自然と頷いていた。

「……つまりは準備を整えなあかんっちゅうことやな?戦場に行くのに武器の一つも持たんと行くのは、無駄死にしに行くのと同じことやと」
「そうです、モテで武装をした女の子に勝てるのは同じくモテで武装した男だけ。だからこそ、全ての準備が整った時、俺達は初めて合コンに行ける」
「なるほどな。しかし、モテを磨くというのはどうすればいいんだ?」
「モテってつまり自分の魅力みたいなものでしょ?だったら、自分の自信がある所や良い所を伸ばしていけば、いいんじゃないすか!?」
「おっ、珍しく的を射た発言するじゃない。そう、自分の得意な事や自慢出来る事、それらがモテに繋がるんです」

 いつの間にか重苦しい沈黙にすり替わっていた部屋で、一人不敵な笑みを浮かべる男がいた。それはまるで必勝法を手にしたギャンブラーのように曇りのない笑みだった。

「それなら、俺は既に用意を終えていると言ってもいい」
「ええ?!」
「それはどういう事や、桐生!」
「話してもらえませんか?桐生さん」
いいだろう、と余裕たっぷりに桐生は己の持つ合コン必勝法を三人にさらけ出した。
「モテのさしすせそ、だ」
「モテのさしすせそ……?」

 三人が声を合わせて首を傾げる。とある者はそれはなんだと聞きたそうに疑問符を頭の上に浮かべ、とある者は苦い顔をしていた。

「俺は以前、モテる話術を教えてもらってな。それがモテのさしすせそだ。しかも、実際にそれを実践した奴が街で女を侍らかしてたって目撃談もあったんだ」
「す、すごい……!桐生さん、それ俺にも教えてください……!」
「フッ……。まあ、そう慌てるな品田。いいか、まず一つ目の『さ』は……」
「……探したよ、じゃないですか?」
「秋山、どうしてそれを……」
「なんで、秋山がモテのさしすせそを知っとるんや?」

 次に言い放った秋山の言葉が、桐生の自信を粉砕するのに時間は掛からなかった。モテのさしすせそ、それは一時モテを求める男子の必須の心得だった。しかし、時代は移ろうもので、変わっていくのは時代や街並みだけじゃない。モテの常識も同じように新しいものへと書き換えられた。つまり、桐生が持ち出したモテのさしすせそは既に息絶えていたのだ。桐生は呆然とそんな馬鹿な……と俯いては悔しそうに握り拳を作る。

「じゃあ、俺からいい情報をあげます。今のモテは『3K』です」
「3K……?秋山さん、それってなんすか?」
「3K、それは三つの言葉の頭文字に由来するモテの条件だ。高身長、高学歴、高収入。この言葉の頭からとって、3Kってわけ」
「なんやそれ、なんでそないなもんがモテに繋がるんや」
「俺らに当てはまるのって、この高身長だけじゃないっすか〜……」
「ほんまやで。しかも俺は現役の極道で、桐生もそやった。そないな男がモテに当てはまるわけないやろ」
「でも、ヤクザのシノギって結構凄い金額のお金が動くって聞いた事あるんすけど」
「それはええシノギにありついたヤツだけや。そう言うヤツは頭もよう切れる、せやからデカい金が動くシノギが出来んねん」
「やっぱり頭の良い奴が得をするんすね……、ってこの3K、まんま秋山さんじゃないですか?!」

 品田の一言に冴島と桐生も一人飄々としている秋山を捉えた。秋山はと言えば、あ〜……、バレちゃいました?とどこか気まずそうに、しかし、溢れる別格感を隠しきれないような笑みで口元を緩めていた。

「なんなんすか!そんなん、秋山さんの一人勝ちになっちゃうじゃないですか!」
「だから、皆で準備を整えてから合コンに行こうって言ってるでしょ……」
「うう……、なんか辛くなってきた……」
「……いや、そう落ち込むことも無いで、品田」

 え?と冴島の方を見た品田は冴島、そして桐生から何か力強いものを感じていた。なんだろうか、この大地を揺るがすような力強さは。二人の姿を見ていると、不思議と自分にもその力強さが湧いてくるように思えた。

「冴島、お前気づいたのか」
「ああ、その様子やと桐生も同じようやな」
「お二人とも、何か良い案でも?」
「時代は変わっていく。そう言ったよな、秋山」
「ええ、そうですけど」
「だったら、俺らで新しい3Kっちゅうのを作ればええ」
「冴島の言う通りだ。だから、品田。お前もお前なりの3Kを見つけて、自分の強みにするんだ」


 それは正に革命的な瞬間だった。二人の言葉にはモテの常識をぶち壊そうとする、確固たる決意が滲んでいる。高身長、高学歴、高収入、これらを上書き出来る3Kとは一体何なのだろう。まず我先にと口を開いたのは桐生だった。

「他の奴に負けねぇ、自分の長所。それは……」

 ゴクリと秋山と品田が喉を鳴らし、冴島も険しい面持ちのまま、桐生の次を待っている。

「一撃で相手を落とせる高い攻撃力。例え鉄パイプで殴られてもビクともしねぇ高い防御力。そして、どんな無茶なおねだりをされようが、長いムショ暮らしを強いられようが、大勢の敵に囲まれようが、それを耐え抜き、切り抜けられる、高い……、いや、強い精神力。これが俺の3Kだ!」

 まるで雷に打たれたような衝撃だった。確かにその点においては桐生に勝る者はいない、しかし勘違いをしている。意味を履き違えている。その要素が一体どのようにしてモテに繋がると言うのだろうか。秋山は酷く混乱した。すんなりとは桐生の言い分を理解出来ないだろう状況下でただ一人、桐生に物申す者がいた。

「桐生、その要素を兼ね備えとるのはお前だけやない。俺もそうや」
「フッ……、そうだったな。つまり俺のライバルは冴島、お前と言うことか」
「そのようやな。……桐生、お前との合コン楽しみや」
「い、いや、二人ともちょっと待ってください…!それのどこがモテに繋がるんです……?!もうちょっと真剣に考えてくださいよ……!」
「これでも結構真剣に考えたんだがな……、」
「あ!それなら俺にも良いとこありますよ!」
「ちょ、ちょっと……!今そう言うのいいから……!」
「俺の場合はそう言った要素じゃないすけど、俺はまず足腰が強いっす!やっぱりプロ目指してたんで、勿論今でも毎日トレーニングは欠かしてなくて……、」
「せやったら、俺も負けへんで。俺は雪山の歩き方をマスターしとる。ただの登山や思うとると足元すくわれる、それが雪山や。足の使い方が肝なんや」

 冴島さん、中々やりますね……!と何かに火がついた品田。一体何がダメだったんだ、と思い悩む桐生。意外と自分には得意な事があるのだと再認識する冴島。収拾のつかなくなった状況から逃げるように秋山は、一人黙々とグラスを磨く伊達を前にカウンターにもたれかかった。

「……こんなんじゃ、いつまで経っても合コンなんか行けないよ」
「いい加減店閉めてぇんだけどよ、まだ終わりそうにねぇのか?」
「すみませんね、多分今日は長いですよ。あの人達の事だから……」
「ったく、お前もめんどくせぇ事してねぇで、アイツ呼んでやれば簡単に収まる話だろうが」
「アイツ……?アイツって誰ですか?」
「アイツだよ、俺んとこの後輩のアイツだ」
「ああ、あの人ね。確かにあの人が居れば、皆納得してくれるでしょうね」

 この神室町には良くも悪くもイケメンと呼ばれる人物がいる。気だるそうでいて、ギャンブル好きで、顔が良く、正義感も強い、そんな男が。しかし、思うのだ。

「……谷村さん、合コン呼んだら来てくれるのかなぁ。もし仮にOKもらっても、谷村さんの一人勝ち、なんて事も有り得なくないんだよなぁ……」

 不安が過ぎる。って言うか、俺本当に合コンセッティングしなきゃいけないわけ?と秋山は未だ後ろで盛り上がっている男三人を見て思うのだった。


***


「……で、なんで俺がこんな夜中にここに呼ばれなきゃいけなかったんですか」
「ほら、谷村さんの先輩もあんなにヒートアップしちゃってさ」

 秋山に言われるがままに自分の先輩である伊達を見た。店のグラスを片手に、周りに桐生、冴島、品田を並べて、恋愛の何たるかについて語っていた。

「あれ、結構酔ってますよね……。俺が世話してやんないといけないじゃないですか」
「まあまあ、いつもは伊達さんにお世話になってるんでしょう?たまにはいいじゃないですか」
「まさか、本当に先輩の介抱の為だけに、俺が呼ばれた訳じゃないですよね」
「本当はさ、彼らに今のモテを教えてあげたかったんだけど。見てよ、今じゃただの恋愛相談みたいになっちゃって」
「なんであのブラウンのジャケットを着てるヤツ、泣いてんですか」
「ま、彼にも色々あったって事じゃないですかね」
「はあ、で、アイツ誰なんですか?」

 あ、そうだそうだ、すっかり忘れてた、と秋山は泣き咽ぶ品田にこちらへ来るよう声を掛けた。



| 合コンに行こう |


back