明日が憂鬱だと言う顔をしていたから、その理由を聞いてみた。彼女は眉を下げて困ったような笑顔を貼り付けた後、ちょっぴりの弱音を吐き出した。明日の仕事が憂鬱であるとそう告げられた時は、やっぱり彼女は分かりやすい人間で、俺はそんな彼女のことをよく分かっている人間だった。少し得意げで、少し優越感のようなものを感じながら、未だ困った顔を剥がせない彼女に、どうしたい?と訪ねた。出来る事なら、彼女の口から可愛らしいワガママが一つや二つくらい出て来て、俺はめいっぱいそのワガママを聞いて甘えさせてあげたいと企んでいた。
「俺に出来ること限定だからね。俺のこの体ひとつで出来るようなこと。いい?」
はい、と頷く彼女の頭に手を添え、髪を撫で、顔のラインに沿うように内側に流れる毛先を指で弄ぶ。
「大丈夫。俺、今まで色んなこと体験して来てるから、きみのワガママに嫌な顔なんてしないよ。滅多にないきみのワガママが聞けるんだ、寧ろ光栄なことだと思うよ」
まるで初めて褒めてもらえた仔犬のように、目を輝かせ、表情をぱあっと明るくさせた彼女の手を握る。待ちたいと言う意思表示だった。控えめな彼女が一体どんなワガママを言ってくれるのか、楽しみであるという意味も含めて。ぎゅっと握れば、同じようにぎゅっと握り返される。自分のものより小さく、細く、柔らかな手をしている。悩む顔を密かに見つめて、手の感触をたくさん楽しんで、ただ待っている。たまに不意打ちでキスのひとつでもしてあげようか、とも思うが、今はそうしたい気持ちを抑え、彼女の事を待った。
「…どうだろう、何かあったかい。俺に叶えられそうなこと」
照れくさそうな、恥ずかしそうな顔で頷く。よしよし、それじゃあ教えてくれる?と促せば、彼女は俺の耳元に口を寄せ、手を添えながらこう言った。今日も明日も秋山さんと一緒にいたいです、とワガママじゃないワガママを口にした。
「はは、それは確かに俺の体ひとつで叶えられることだ。でも、いいの?美味しいご飯が食べたいとか、素敵な所に行ってデートしたいとか、じゃなくて」
あ、と彼女は何度も俺の顔を見ては今になって慌てているようだった。そう言った考えに及ばないところも彼女らしいと微笑んだ後、大丈夫と繋いだ手を揺らした。
「大丈夫。だって今日も明日も俺と一緒にいたいんでしょ?だったら、明日仕事から帰ってきたらさ、美味しいお店のご飯食べて、夜景を見に行こう。ミレニアムタワーの一番上で。これくらい欲張ってもバチは当たらないよ」
それも俺に出来ることだしね、と続ければ、彼女はさっきまでの憂鬱そうな顔も、困ったような顔も、悩ましい顔も、照れくさそうな顔も剥がして、幸せそうな顔を覗かせていた。その素直な顔を見てしまうともっと甘やかしてあげたいと思う。それから先は悪い癖のようなもので、つい不要なところまで過剰に満たしてしまいそうになる。それじゃあ、俺の特別感がなくなっちゃうからね、とその感情に蓋をし、堪えると何事もなかったかのように、彼女の温かな手を握り締めた。
「明日のデート、楽しみにしてて」
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